キルデス篇(上)
キルデス篇 全3話
夕食を呼びに来たのは、人でもなく魔物でもない。それは、依頼の手紙と同様に突然現れ、独りでに着いた招待状だった。純白の封筒には、シンプルなアラベスクのエンボスが飾られている。封はされていない。中には、封筒と同様に純白のカードが入っていた。
この白は、ただの純白ではない。人の手では再現出来ないと思われる白さだ。薄ら寒くそら恐ろしい白さなのだ。
封筒はまだいい。4通各々に4人の名前が手書きで一人一人書いてある。インクの紺が、それを書いた血の通った生物を連想させる。ところが、中に入っていたカードは4人とも同一で、無地の四角い紙だけだった。
文面などと言うものは無い。内容以前に文字すら無い。それなのに、何故だか夕食への招待状だと解るのだ。
依頼の手紙に導かれてこの家に辿り着いたように、4人は招待カードに誘われて食堂に到着した。他と同じ植物文様がある木彫りの扉を開けると、きらびやかなディナーホールが現れた。
高い天井から下がる、クリスタルを贅沢に揺らすシャンデリアが、緑色をした小鳥の柄を規則正しく繰り返すアイボリーの壁紙を照らす。絨毯は柔らかく足に馴染み、細長いテーブルはどっしりと安定感がある。
腰を下ろせば、クッションの無い木彫りの椅子が、驚く程に心地よい。触れば確かに堅い木製品であるのに、座り心地は柔らかく感じる。立ち上がりたくなくなるほどだ。
紳士は既に座っていた。4人が席につくと、飲み物が配られた。ふわふわと漂って来た肉厚のガラス製ゴブレットに、同じように浮いている透明なガラスのピッチャーから、レモン風味の水が注がれる。
「丸猫とは何でしょうか」
挨拶も抜きに、カイがいきなり問う。紳士は嫌な顔もせず、
「私のペットです」
と答える。紳士が答えてくれたので、マウアがリクエストする。
「見た目がわかる物はありますか?」
すると、テーブルの上空に半透明の毛玉が出現した。紳士は特に何かの動作もせず、音もたてなかった。毛玉に漂う魔法の気配で、4人にはそれが紳士の魔法によって見えているのだと解った。
毛玉は灰色の球形で、毛質は堅そうだった。ごわごわと絡みあっている。球の上部には、猫科に特有の三角形をした耳がある。耳にも灰色の剛毛が生えているが、耳の形がわかる程度には短い。
耳の少し下辺りの毛が、わずかに持ち上がる。見えない手がごわごわの毛を掻き分けているようだ。毛の下からは、金色に光る猫眼が現れた。猫目は縦に2対並んでいる。
手足と尻尾はないようだ。口と鼻も見当たらない。何を餌にしてどうやって食べているのか不明だ。だが、生き物ではあるらしい。