越境篇(中)
道はやがて下って行き、左右に木々も迫ってくる。薄暗い山道は、積もった枯葉に隠された木の根や岩で歩きにくい。
何処かで不気味に鳴き交わすのは、先程の毒々しい怪鳥とはまた違った、魔なる鳥達。
カサカサと頭上の木の葉を鳴らすのは、どぎついピンク色をした瞳を持つ蛇。
炎を吐くリスには、黄色く湾曲した牙がある。枝を渡り追跡してくる、恐ろしく長い手を持つ猿は、濃紺の剛毛を毒針にして次々飛ばす。
宿り木はウネウネと大木の枝を伝って走り、割れたアケビが牙を剥く。山ビルも蜂も巨大だった。色はどぎつく、大きさのわりに動きが速い。
群で襲ってくるものは、エドムントが槍の風で吹き飛ばす。どんなに枝や草が絡み合って、人が動ける範囲を狭くしていようとも、エドムントの槍は適切に切り裂き、凪ぎ払う。
やがて一行は渓流にでる。水は茶色く、つんと鼻につく臭いがする。ただの濁流ではない。人に害なす生き物を育む、魔の水である。
時折、角や爪のある怪魚が跳ねる。強酸を吐く小魚の群れには、エドムントの槍が起こした風をお見舞いする。一斉に強酸を吐き出そうと飛びかかってきた小魚達が、成す術もなく吹き飛ばされて行く。
吹き飛ばさずとも他の3人は大丈夫なのだが、エドムント本人だけは回避も防御も回復も無い。彼は、身の丈に余る長い槍を操り自分のために凪ぎ払う。
水色の棘がある蔓草がもの凄い速さで襲って来ると、先程の巨大な怪鳥のようにヴェルデを狙う。
すかさず、エドムントが蔓草を細切れにする。ヴェルデは小柄で狙われやすい。常時回復するとはいえ、蔓で持ち上げられたら、なかなか降りられないので困る。
「ありがとう」
「うん」
短い言葉を交わし、4人はまた進む。忙しなく登り降りする山道は、遂に拓けた街道に出た。
上空を旋回する鴉の羽根は、太陽をギラギラと反射する。その黒々とした羽は、まるで鋼で出来ているかのようだ。彼等は、こちらから仕掛けなければ攻撃して来ない。そこで4人は、鴉を無視して進む。
道の両脇は森である。木々の根元に生えたキノコが、毒の胞子を飛ばす。羊歯が、包み込もうと巨大な葉を倒して来る。その葉は、よく研がれた剃刀のような硬質の刃で縁取られている。エドムントはやはり自分のために切り倒し、道の脇へと押しやりながら進む。
街道は、濁流を跨ぐ橋を越えて続く。川をわたると、森からも岩山からも離れて草原を横切る一本道が、遠く白い壁へと導いて行く。
キルデスの街だ。4人の住む山向こうの寒村へと、依頼の手紙を出した紳士が居る街である。
4人の故郷は人界の果て、ここより先は魔境である。キルデスは、魔境の始まりと言っていい。4人は今まで来たことがない。
案内もなく、地図もなく、10代後半のたった4人で、危なげなく辿り着く。依頼主から送られた手紙が、連れてきてくれたのだ。