越境篇(上)
よろしくお願いします。
岩山を歩く4人の若者が居る。
真昼の太陽はじりじりと照りつけ、剥き出しの岩を容赦無く焼く。素手で触れば火傷をしそうである。
水場もなく、木陰もなく、僅かばかりの低木と草が生えるのみだ。
それだと言うのに、4人の若者は涼しい顔で進んでいく。
先頭の少年は、山羊のように身軽だ。まるで、岩山で生まれ育ったかのように迷い無くヒョイヒョイと登る。
所々に突き出た尖った小枝も、総て器用に避けている。
「ちょっとー。カイー。離れないでよー」
淡々と歩く少女が、のんびりと意見する。この少女は、汗ひとつかかず掠り傷さえ無い。先をゆく少年のような身軽さとは違うが、のんびりと着実に歩を進めている。枝を避ける素振りも見せずに、悠然と登っている。
そのすぐ後ろの少女も、静かにペースを保っている。少々足元が危なっかしいが、顔色ひとつ変えない。
よく見ると、熱い岩に時々剥き出しの手をついたり、とび出した枝先で頬を切ったりしている。しかし、赤く火傷をしているように見えても一瞬で治る。僅かな切り傷も、直ぐに消える。捻ったらしき足首は、何事も無かったかのように、新しい1歩を踏み出す。
「ホント、カイは急ぎすぎ」
ガシガシとやや乱暴に登る、殿の少年は、やや年嵩のようだ。首にかけたタオルで汗をぬぐいながらも、安定した足取りをみせる。背には長槍を背負っている。他の3人と違って、怪我防止用の手袋もしている。
岩を縫って行く4人は、やがて細かい石に覆われた尾根に出る。彼等は列を崩さず、狭い稜線を黙々と行く。少し開けた所に着くと、ようやく立ち止まり腰を下ろす。
少年2人は、板のような物を取り出して座る。少女2人は、ギザギザの小石にそのまま座っている。痛くも無い様子だ。皆、思い思いに水や砂糖の塊を口にする。
「ギギーッ」
突然、上空で鳴き声が上がる。今まで影も形も無かった巨大な鳥が、4人目掛けて急降下してくるのだ。
その嘴は毒々しい紫色で、長い。眼はギラギラと赤く光り、羽根は赤黒く禍々しい。
巨大な鈎爪は嘴と同じ紫で、毛の無い緑の脚に続いている。
鳥はまず、一行の中で一番弱そうな少女に獰猛な爪を伸ばす。同時に、上昇のために拡げる翼で、その隣に座っているもう一人の少女を打とうとする。
しかし、その翼は不自然に曲げられ、巨大な鳥が大きくバランスを崩す。その弾みで、恐ろしい鉤爪は狙いを外す。
鳥が掴み損ねた少女の頭が、掠った爪で大きく抉られる。
が、抉られる側から、傷は塞がって行く。少女は表情を変えない。
そのまま上空へ飛び去る怪鳥に、槍の少年が反応する。しっかりと構えた長槍を、真っ直ぐに鳥の喉へと突き込む。
断末魔が谷に木霊する。
身軽なカイは、耳に手を当て顔を顰める。少女2人は平然としている。
「お前ら、ズルイよなー」
緑と紫の不気味なマーブル模様の、半透明な石に変化して行く怪鳥を見ながら、槍の少年が言う。
「うーん、でも。私は、避けられないからなあ。」
大怪我が一瞬で治った少女が、苦笑する。
「エドムントが居なかったら、連れてかれちゃったかも」
「私は、防いじゃうから大丈夫だよ。いいでしょう」
もう一人の少女が自慢げに言う。
「ああ、マウアが一番楽かもな」
カイが羨ましそうに言う。
「力は無いだろ、重いものは持てないよな」
「まあ、そうだけどさ。」
マウアは得意気だった顔を、ふいと反らす。
カイは、鳥だった石をリュックに放り込んで、ニッと笑う。
「あと半道、さっさといこうぜ」
槍を背に納めたエドムントが声をかけると、4人はまた歩き出す。
並びは変わらず。何でも避ける身軽なカイを先頭にして、総てを防ぐマウア、常に完全回復しているヴェルデ、と続き、殿を勤めるのは、貫き凪ぎ払う槍遣いのエドムントだった。
マウア 壁
カイ 回
エドムント 槍を持って立つ男
ヴェルデ 緑。安全。