ベルーガの憂鬱
ベルーガは待っていた。
いつもは待たせる方だ。依頼を受け、依頼人の元へと赴く。しかし、今日は立場が逆だ。ベルーガは待っていた。
誰かに依頼をしているという訳ではない。募集だ。それに応募してくる者を、ただ待っていた。
スタンバイするのが、少し早すぎたか。指定した時刻にまで針が動いていくのを、ただ眺めているのがもどかしい。
「……はぁ」
いつになく緊張しているのが、自分でも分かった。待つという慣れない作業ばかりが原因ではない。これから会う人物に対する期待と、その人物が自分をどのように評価するのかの不安。ドキドキと高鳴る胸を押さえ、髪を整える。
大きく深呼吸した時、針が定時を指した。──いよいよだ。
扉が開いた。ズカズカと入ってきた足音、そして、見覚えのある姿を見て、ベルーガは拍子抜けした。と同時に、期待を裏切られた怒りが爆発する。
「なんでオメーが来るんだよ!」
八つ当たりなのは分かっている。しかし、傭兵仲間として数々の戦場を共に駆け抜けた、乱雑な髪の大男に、言葉をぶつけずにはいられなかった。
「……それはこっちのセリフだ!なんでテメェがここにいるんだよ!」
怒り心頭の大男──レグスは、手にしたチラシをベルーガに示した。
「腕に自信のある奴募集とあるじゃねえか! 仕事の依頼だと思うだろ普通!」
「こ、これは……」
ベルーガは言い淀んだ。
「わ、私の花婿は、私よりも腕が立つ事が最低条件だからな」
「ケッ! 花婿募集だと!?」
レグスは床を蹴って踵を返した。
「ンなもん興味あるか!」
その言葉が、ベルーガの逆鱗に触れた。
「テメェ……、ブッ殺す!」
大剣を振り抜き、レグスの後頭部に真っ直ぐに振り下ろす。
「乙女心を傷付ける奴は、死刑だッ!」
「うわっ!!」
ギリギリのところで身をかわし、レグスは扉に走った。
「逃げるぞ、オルスティン!」
扉の脇に立っていた少年の腕を引いて、レグスは部屋を飛び出して行った。
「……はぁ」
ベルーガはため息を吐いて肩を落とした。こんなんだから、大抵の男はベルーガに近付こうともしない。
「もっとこう、骨のある奴はいないのかねぇ」
「それならば、ワタクシがここに居りマァス」
顔を上げると、戸口に一人の男が立っていた。白いタキシードの胸元から、鍛えられた胸筋を覗かせ、キザなステッキを片手に、踊るような足取りで部屋に入ってきた。
「……誰?」
「ワタクシはジョヴァンニ。貴族の大金持ちデェス。
これからの時代、力などは無力。強さとはすなわち、金と権力、それに……」
ジョヴァンニはステップを踏みつつベルーガに流し目を送った。
「魅力なのデェス」
「……はぁ?」
「今晩、ワタクシの屋敷に素敵なレディを集めて、婚活パーティーを行うんですがね……」
「…………」
「お嬢様も、いかがでショウタイム!」
ベルーガは戸惑った。まさに、ベルーガの求めるチャンスなのだが、この胡散臭い男の言う事を、信用していいのか?
「……花婿候補は、何人来るんだ?」
「おや? それは不思議な質問ですね。花婿は、このワ・タ・ク・シ、ですよ」
「……は?」
「ワタクシの愛に射止められる花嫁を探すためのパーティーなのです」
「…………」
ベルーガは眉をひそめた。何を言っているんだこいつは?
しかし、婚活パーティーという雰囲気を体験するのも悪くはない。だが、それには条件がある。
ベルーガはジョヴァンニに微笑みかけた。
「ならば、腕試しをしようじゃないか。あたしの攻撃を受け止められれば、お招きにあずかるよ」
ベルーガは大剣を振りかぶった。そしてジョヴァンニの頭上に振り下ろす。──もちろん、本気ではない。しかしジョヴァンニは避けもせず、剣の腹を頭で受け止めた。ゴンッと鈍い音がする。
「……や、やりマスネ……」
「いや、避けるだろ普通」
試しに、剣を横に薙ぐ。すると今度は、腰にまともに受けて横にふっ飛んだ。
「……はぁ??」
あんな適当な攻撃でも避けないとは。何を考えている?
「次は本気でいくよ!」
「望むところデェス!」
下から振り上げた一閃は、ジョヴァンニの股間を直撃した。
「いやん♡」
「今のは避けられただろ! なんでわざわざ当たりに来る?」
「女性の攻撃性は、すなわち愛の裏返し。ワタクシは全部受け止めマァス♡」
……こいつ、ドMか?
ならば丁度いい。溜まっていた鬱憤を晴らそうじゃないか。
ベルーガの大剣は、ジョヴァンニめがけて唸りを上げた。
「キャー♡」
「効きますネェ♡」
「ウグッ、そこはダメデェス♡」
ボコボコに打ちのめしてやったが、ジョヴァンニは、破れたタキシードから肩を出して床に転がり、恍惚の笑みを浮かべている。
ベルーガは思った。
──もしかして、こいつ、ある意味最強なのでは? あたしが求める強さとは、実はこういう事、なのか……?
いやいやいや。ベルーガは首を振った。考えてはダメだ。あたしの求めるものはそこじゃない! そこだと思いたくない!
ベルーガは大剣を収めた。そして、
「やっぱ、花婿は戦場で探す。じゃあな」
と、部屋を後にした。
……しばらくして。
「やっぱり、怒らせたままはまずいよな……」
戻って来たレグスが、恐る恐る部屋を覗いた。
すると、ズタボロになった男が、天井に向かって叫んでいた。
「あぁ、麗しきワタクシの花嫁。どうか、戻って来てくだサァイ」
「…………」
レグスの後ろで、オルスティンが呟いた。
「何だあれは?」
「俺たちには救えねぇモンだ。──行くぜ」
二人が去った部屋に、再び声が響いた。
「ワタクシの花嫁えぇぇッッ!!」