【 八話 】
泣いていたと言われて、私はしっかりと異母妹を見た。
とてもみっともない顔になっているだろうけれど、異母妹が揶揄する事で泣いたと思われたくなかったのです。
婚約破棄をされて、傷ついている私が見たかったのでしょう。
話しを聞いてくれと言った彼は、私達が足を止めても、先程の様には言葉を発しようとはしない。異母妹やお友達を見てる。やはり、揶揄うだけだったのでしょう。そう私が思ったのは当たり前の事です。
「皆、いつの間にか居なくなってるんですもの、探したわ。エリーゼお姉様が気になって仕方無かったのね。探してる間、隠れんぼをしてるみたいと思ってたけど、最後の一人を見つけたついでに、いいものが見れたわ」
異母妹の何時も通りの笑みが、私に向けられている。
だけれども、そんな異母妹の言葉にクリスが笑った。何時もみたいな優しい笑みでは無くて、皮肉を含んだ感じ。思わずじっと見つめてしまいます。鋭い眼光が、何時も穏やかだったクリスの顔に浮かぶ。私の知らなかった一面を見た様でドキッとしました。恐いか恐く無いかで言えば、これっぽっちも恐くはありません。相変わらず、私を抱き締める腕の中は温かいのですから。
「昨日。門前で、馬車を止めたのはどっち?」
問われて、私は右とクリスに教えます。
ぴったりと寄り添う私達に、睨みつける険しい目が向けられてますが、クリスと一緒なのです。恐くなんてありません。
「本当は、話しなんてさせたくもないけど…。これから暫く、何かあったらって心配するのも考えものだし。用があるなら、今、にしてくれないか? 因みに、そっちの彼は、エリーゼを好きなんだそうだけど…」
「えっ?」と、「何だって?」が異母妹の後ろの二人の口から出た。異母妹は、訝しげな顔で彼を見ました。
そんな事、思いもしなかったでしょ?
「こんな時に、好きだなんてエリーゼお姉様に言ったら、勘違いしてしまって可哀想じゃない」
「お前。それ、本気で言ったのか?」
彼に向かって異母妹達が話し掛けます。
どうでもいいのですけど、私は早くここから離れたいのです。
私を笑う打ち合わせは、私の居ない所でお願いします。
そう思ってクリスを見上げますが、クリスの私を見る穏やかな瞳がそこにあるだけでした。
クリスの言う通り、これから何かあっても嫌ですし、私だけで彼等と向き合うのも確かに嫌です。嫌なものは嫌というだけです。でも、クリスはここで話をつけたいのでしょう。
諦めてクリスの胸に顔を埋めました。
「こ、ここ最近は、意地悪い事をしてたけど、母親同士が仲が良かったんだから、こんな事になったら俺が貰ってやるしかないだろ!」
「お、お前。何言い出してんだよ」
そうです。何という事を言い出すのでしょうか? それに、先程とは使う言葉も違います。貴方に貰われたら、私が可哀想です。
「待て! それなら俺が先だ! エリーゼ。昨日俺は、結婚してやるって言いたかったんだ! 行く宛てが無くて、年寄りの後妻になるよりいいだろ?」
「ねえ。エリーゼお姉様に何を言ってるの? 冗談でしょ?」
「本気だ! 黙っててくれよ。エリーゼ。さっきも言ったけど、ずっと好きだったんだ。俺との事を考えてくれよ!」
「何言ってるんだよ。申し込もうとした順番なら、俺が先だ!」
随分と饒舌に騒がしいです。
私の心に届く言葉は、彼等にはありません。私が不愉快な気持ちになるだけです。随分前に、私の言葉が届かなかった時から、言葉の、心の遣り取りなんて出来なくなっていたのですから。
「エリーゼ?」
言い合うのを、聞くのも嫌だと思っていると、クリスが問う声が聞こえます。
異母妹が、皆馬鹿な事を言い出したと怒っていますが、違う意味で、私も怒りだしたいみたいです。
「ああ言ってるけど、どうする?」
クリスの言葉に、彼等が注目します。
クリス。私の言いたい事なんて一つです。
「何方も嫌です。今更、ありえません」
「そんなっ! エリーゼ、悲しませたりしたのは悪かったけど、君の近くに居たかっただけなんだ!」
私は聞きたくなくて、いっそうクリスの腕の内側へと入り込もうとしました。
私の名を呼び、近かずこうとした彼等は、公爵家の護衛に止められた様です。離せと騒ぐ声が。それさえも私には不要のものです。この場から消えてくれないだろうかと考えます。
「確かに、エリーゼと兄さんの婚約は解消になったけど、公爵家と切れた訳では無いんだ。それを、忘れないで貰いたいな」
そう言うと、耳元でクリスの声がしました。
顔を上げたら、両の手で頬を押さえられいっそう上を向かされました。ゆっくりと降りてくる唇が私の唇と触れ合います。
「クリ、ス?」
何かが口の中に入り込みました。歯列をなぞり、舌と上顎に触れるそれに、震えるような痺れが生まれます。
声にならない声でクリスを呼びます。
クリスも声にならない声で、私を呼んでいるのが分かります。
苦しくて、それでも心が震えるほど嬉しくて、心がクリスに伝わる様にと背伸びをしてクリスに答えます。それにクリスの動きが止まりました。唇だけが微かに触れ合う場所でクリスの吐息。そっとつぶっていた目を開けたら、嬉しそうに目を細めたクリスが居る。
「嫌じゃ無かった?」
「大好きよ、クリス」
そう答えて、離れていくクリスの顔を見詰めていると、私の唇を人差し指でなでながら、チロりと出た赤い舌で自分の唇を舐めていた。
その赤に、親密な口付けを交わしていたのだと、遅ればせながら実感してしまいます。本当に、遅ればせながらですけど…。
「うっかり既成事実なんかでエリーゼを傷付けられたくないから言っておくけど、兄さんとの解消は随分前から決まってたんだよ」
「じゃあ…」
「エリーゼの今後を心配して貰わなくても、全然問題無いんだ。エリーゼと僕が、公爵家と伯爵家の何方に入るかってだけが決まってなかったんだよ」
「そんなっ! 何で隠す様にしてたんだよっ!」
「それこそ家の事情? どんな事情でも、君達には関係無いよね」
クリスは侍女を呼んで、私を預けました。
「エリーゼ。連れて帰るから、その仕度をして待ってて」
クリスが言うなら、大人しく従います。
ほんの少しだけ離れる寂しさは我慢しましょう。
ですが、何故クリスが? やはり、昨日の事を心配して来てくれたのでしょう。…来てくれて、嬉しいのです。本当に、嬉しいのです。
今話もお読み頂きありがとうございました。




