【 三話 】
いきなり手を掴まれて、思わず振り払ってしまいました。
急な事だったので、驚き過ぎた心臓は早鐘を打つようです。ここへ座った時以上に気分が悪くなりました。
私が振り払えたのはその手だけ。動じる事無く側に立たれたままで、身が竦みます。
子供の頃は、肩を並べてもどんぐりの背比べだったものが、頭一つ分上を見上げなければなりません。座っている私は、もっと上を見上げる事となります。
お兄様を見る様に見上げても、お兄様の様に優しい眼差しは返って来ない。とても皮肉に歪んだ顔で私を見下ろす彼に、どうしようもなく開いてしまった心の距離を感じます。
この様な視線で見られる程、私が、何をしたと言うのでしょうか?
異母妹を取り囲む彼等は、元々は、私の幼馴染達でした。
その事を思うと、尚更近付いて欲しくないのです。
「可哀想だから踊ってやろうと思ったのに、随分だな」
随分なのは貴方です。
ダンスに誘うのに、いきなり手を掴む方の行いがよろしいと思っているのでしょうか? ただの乱暴者です。その様な事をされて、彼と踊ろうとするご令嬢は居ないと思います。
再び伸ばされた手を、身を引いて、改めて避けます。
迷惑だと思っていると分かってくださいませんでしょうか? 分かっていたらしないものでしょうが、分かっていてされるのでたちが悪いとしか言えません。
くすくすはははと、私を見て笑いだしています。
嫌がる私を見て喜んでいるのです。この場では、私だけが浮かべる表情が違うのでしょう。
失笑を誘う劇でも観ているかの様。こちらを見る皆様が異母妹達を見る目も、また違います。
愛人の娘が愛人に囲まれてと、敢えて言います。ドレスだけでなく身を飾る宝飾品も、この場に立つのに必要な伝手も、全て彼等が異母妹に与えているものです。まともな方達の目で見たら、褒められたものではないのでしょう。
彼等は二番目か三番目。跡取りには、余程の事が無ければなれません。その彼等が、それぞれお相手のお嬢様を見付けて結婚まで至るには、難しい問題があるでしょう。それ程彼等の行いは軽率過ぎるのです。
絡まれて、嫌な思いはすれど、私には関係の無い事です。
異母妹にしても、父が亡くなった辺りからお姉様と呼んで近付いて来ますが、それ以前は、口も聞いた事もなかったのです。
彼等以上に迷惑でしかありません。
どんな思惑があるにせよ、私は心を波立たせる事無く静かにしていたい。ただそれだけ。私にはかまって欲しく無いのです。
「エリーゼ!」
お兄様に似た、でも、少し高い声が私を呼びます。
彼等の動きがとまります。
「クリス!」
安心のできる彼の名を呼んだ声が、弾んだものになっていたと自分でも分かります。
立ち上がろうとしますが、あまりにも目の前に立たれているので、私は上手に立ち上がれません。一歩でも下がってくれないと、体が触れる事になってしまうのです。
「兄さんも、どうせエリーゼを休ませるのなら、母さん達の所まで連れて行けばいいのに」
そう言いながら、体を滑り込ませる様にして、私と彼等の間に入ります。
ほっとした私は、差し出されたその手を取って、やっと立ち上がれたのです。
お兄様よりも幼さを残したクリスですが、繋がれた手から、頼もしさを感じます。
クリスは彼等に話し掛ける事も無く、私を連れ出してくれました。
嫡子でなくても、クリスは公爵子息です。囲んだ者達とは身分が違います。
私も、離れるにあたって言葉を紡ぐ事は致しません。
言葉を交わしても、虚しいだけというのが理由です。
無視を…。私達が相手にしなくても、私達の背に向かって投げ掛けられた言葉と声は、荒さを含んだものでした。
今話もお読み頂きありがとうございました。




