第七回 道楽時代
1
服部浪子と宮崎福子が前回に噂していたとおり、ついに篠原浜子の許婚者である篠原勤がヨーロッパから日本に帰国した。
彼の帰国を祝う宴はついに篠原の洋館で開かれることがなかった。
なぜなら、洋館の主である篠原通方子爵が、いよいよ重態となったからだ。
第一回でも浜子から胃弱と言われていたことを思いだしてほしい。
見舞い客の多さに、取次ぎの書生も「こう忙しくてはたまらん」と悲鳴をあげていた。
二人曳きの車が朝夕に出入りする。
風月堂の菓子折や肴籠などを手にして書生や車夫が引き切りなしに門前に訪れる。
家の中を大勢の人たちが動き回っている。
2
篠原勤は日本に帰国して以来、感じるところがあり、懊悩として心楽しむことがなかった。
机に向かえば、ただ神経の作用のみが激しくなって、ますます思い乱れる妄想ばかり頭に浮かぶ。
どうすることもできない。
散歩が適当な治療方法だと思うのだが、養父(篠原通方子爵)の病気中には周囲の目もあるので、気ままに外出することもはばかられる。
この日は通方の病状が少し良いということで、みんな気が緩んでいた。
邸内のあちらこちらで響く笑い声も、なかなかにかんしゃく玉の破裂する原因になりそうだった。
ともすれば天井と睨めっこをする。
苦りに苦りて言葉なし。
嗚呼、この神経というものはおそろしいものだ!
ある時には、鬼神妖怪が目の当りに襲ってくるかと思えば、また、別の時には、嬋娟たる手弱女が側に立っているように思う。
幻覚は千変万化に移り行く。
本当に物思いをすると、現実もまた一場の夢のように感じられる。
3
原作では、篠原勤が何を物思いしているのか次回(第八回)までわからない。
先回りして説明してしまうと、篠原勤は当時の洋風社交における女性の扱い方について納得できなかった。
篠原勤の意見によれば、社交の道具として、女性が守られるべき弱き者を演じさせられているのは、人間の尊厳を踏みにじっている。
西洋社会においては人間の尊厳が大切に守られるべきだとされているのに、これは違うのではないか、と。
その肚勤む。
色々と篠原勤は真面目に考える。
ただ、西欧流の女尊主義を人間の尊厳を踏みにじるだけのものと決めつけるのも早計だ。
守られるべき女性を演じることで男同士の紛争を未然に防ぐ役割を果たすことに誇りを持つ立派な女性もいるのだから。
詳しい解説は第八回にゆずる。
女尊主義に対する篠原勤の見方は一面的ではある。
とはいえ、彼が見るところ、義妹で婚約者である浜子は女尊主義の悪い部分にばかり影響を受けていた。
社交の道具として扱われるうちに浜子は人間の尊厳をなくしてしまったのではないか?
そんなことに篠原勤は頭を悩ませていた。
4
しばらくして少し夢がさめたような心地をおぼえて、勤はあくびをした。
やおら立ちあがって障子を開ける。
勤は庭へ出た。
花壇のまわりをあてもなく三周ほどした後、わざと浜子の部屋のあたりをさけて、門の方へおもむろに向かう。
途中に馬丁部屋の前を通ることになった。
しゃべり声が聞こえてきた。
身分の低い者たちの話をあまり聞かないので、勤は珍しく思った。
部屋の外の壁際まで近づく。
* *
「この間は、おいら本当に胸糞が悪くっての」
と言ったのは、勤が知らない声だ。
後の発言の内容でわかるが、この声の主は流しの人力車の車夫である。
篠原邸まで山中を乗せてきて、山中の帰りを待って、顔見知りの馬丁の部屋で休んでいたのだ。
「どうしたのだ?」
と反応した声は、勤も知っている。
その声の主は、篠原家のお抱えの馬丁である。
車夫は言う。
「どうしたってこうしたって。
おめえの前だがノウ、おめえのとこの跳ねっ返り(浜子)がの、例の後家(お貞)の家に来やがって、今来ている山中という奴を誘い出して向島までお忍びという寸法で、一緒に出かけたと思いねえ。
最初はおいらア正直だから奇態に思った。後家と乙な仲だという噂があるのに、相手が違っているのは変だなと思っているとな、花時分とは違って人通りも少ねえだろう?
すると、野郎め、お跳ねさんの車に相乗りと出かけて、『テケレッパだろう(不健全な場所に入りそう)』じゃあねえか?
仕方がねえ。
泣く子と地頭だ。
馬鹿な面しておいらは空車を曳いて後から行くと、(山中と浜子は)奥の植半(木母寺境内の健全な掛茶屋)へ行ってお昼飯ヨ」
花見の時分と違って他人の目がないと思い、━━おそらく浜子が呼んだのだろう━━山中は浜子が乗っていた人力車に乗り込んだ。
最初に山中を乗せていた話し手の車夫の人力車は空車になるが、最初に向島までという約束だったので、彼は向島まで空車を曳いていくことにした。
この話は続く。
「あんまり忌々しいから、(口止め料として)せめて円助(一円)もせしめてやろうと思ったら、(山中が)如才なく先へ廻って半助(五十銭)よ。
馬鹿にしやがる。
半助ぐらいでお黙りこぼしがあるものかだ。おめえの前だがおいらは腹が立ってしょうがなかった」
なるほど、と馬丁は了解する。
「道理でこの間は(浜子が)珍しく日本服で出かけると思ったぜ」
「親指(篠原通方子爵)は知らねえのか?」
知っていれば止めろ、と車夫は言いたげであった。
なーに、と馬丁は答える。
「知れっこなしよ。どいつもこいつも、金口輪をはめられて、内緒内緒サ」
* *
二人の会話を聞いていて、勤は眉のあたりに幾度も稲光を走らせた。
5
今回に苦悩する篠原勤によって悪役としての浜子の厚かましい厭らしさがようやく読者にダイレクトに伝わってくる。
第一回の浪子は浜子を軽く手玉にとってみせた。
第二回の山中正とお貞も両者の甘々ぶりに浜子の入り込む隙を感じさせなかった。
第三回の篠原家のメイドたちも元気に浜子のことを笑い飛ばす。
第五回の宮崎一郎は浜子の不品行の噂を信じようとしなかった。
第六回の福子も四つ年上の浜子のことをおナマさん(生意気女)呼ばわり。
誰も被害者役として満足に機能していたと言えない。
今回の篠原勤に至って初めて世間に認められる普通の被害者らしい態度を取る被害者が登場した。
6
怒りに耐えかねて篠原勤はその場を離れようとする。
思い返して、なおも二人の会話の続きを聞くことにした。
* *
馬丁の声。
「だがな、考えてみれば珍しくもねえやつよ。俺っちが行くところはみんな位のいいうち(篠原子爵家と交流を持つ上流家庭)だが、大概は何かしら難癖つきだ」
車夫は、
「一体それが西洋がっているやつに多いじゃあねえか?」
と言う。
すると、馬丁は否定した。
「そういうわけじゃねえと思うよ。
うちのお姫様みたいなのは、『こんばんは』とサテンの帯か何かをぶらさげた腰っぺたをチャボ(にわとり)の尻のようにおっ立てやがって、すましている。
しかし、洋風の上っ面に難癖をつけるのは、うまくねえ。
服装やお辞儀みたいなものは、向こうの国に行けば、あたりまえだ。
それで、おかしくなるのならば、あちらの国はおかしな奴ばかりで国が無茶苦茶になっているはずよ」
「ヒヤヒヤ、おめえ、こいつはまた、えらく語るねえ」
車夫は茶々を入れる。
かまわず馬丁は話を続ける。
「この家に召し抱えられている俺っちも普段から西洋風の暮らしをしているが、俺っちのことをおかしいと思うかい?」
語るも道理。
洋風の生活を否定すれば目の前にいる馬丁のことも否定することになる。それはさすがに失礼だ。
車夫は謝った。
「おめえはおかしくねえ。おいらも余計なことを言っちまったかな?」
馬丁は気にした様子を見せない。
そして、
「この間、『今の時代は道楽時代だ』という話を聞いたよ。
女といちゃつきたい時は西洋風を持ち出すし、権妻(二番目の妻)を置きたい時には昔風を持ちだすし、『片で埒口ありゃあしねえ(一方だけでは物足りない)』と。
都合がよすぎるヨ。
そういう連中は、人のことを小馬鹿にしていやがるんだ。
遊ぶための金を最初から持っていない俺っちやお前さんみたいなのには、道楽時代とか言っても、あてになりゃあしねえが」
* *
勝手口の方から、
「山中さんのお立ちですよ」
という声が響く。
車夫が外に出てくることを予想し、勤は急いでその場を離れることにした。
7
道楽時代。
この言葉は、篠原浜子のイメージにしっくりくる。
小説『藪の鶯』において、三人の少女たち━━篠原浜子、松島秀子、服部浪子━━は、本来の自分と違う別の自分の姿を他人に見せようとする。
まず、浜子以外の二人の話をしたい。
松島秀子は「桃夭学校の環境で学問に邁進したい」という夢を抱いて家名を大切にする古風な孝女を装う。
服部浪子は「良縁を求める」という目的をもって国家主義的女子教育に沿う温順な女性を計画的に演じる。
二人は全力で芝居をしている。
第三回で、父親の三回忌を機会として利用することを秀子が考えたとき、「ここまでやれば宮崎一郎に弟の勉強を見てもらえる」と信じただろう。
逆に言えば、そこまで過激な手段を取らなければ他人の心をなかなか動かせないことを秀子は承知している。
第六回で、一心一倒の生き方を選ぶ松子を浪子が褒めるとき、世間と自分の能力で戦う姿勢への肯定がある。
生き方は違えども、浪子も自分の能力で世間と戦い、その厳しさをわかっている。
秀子も浪子も、自分の嘘を見抜くかもしれない危険な相手を想定して、破滅の確率を少しでも下げるべく、創意工夫を重ねている。
本気の嘘には他人に対する敬意がある。
篠原浜子はどうか?
浜子は「簡単に男の気を惹きたい」と思って最新の西洋事情に詳しい知的な進歩派女性を気取る。
ほんの上辺だけを真似れば感心してもらえると浜子は無邪気に信じている。
軽く調べれば底がすぐに割れる程度の嘘を簡単につくのは、他人に対する敬意が欠けているからだ。