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第一回 鹿鳴館


   1


 江戸時代末期に日本が欧米列強諸国と結んだ不平等条約を改正するためには、日本の文明開化をアピールすることが有効と思われた。

 本格的な西洋建築の迎賓館(外国人接待所)を建設するべく、明治政府は英国の若手建築家ジョセイア・コンドルに依頼した。

 余談であるが、コンドルは工部大学校において三宅花圃の従姉である片山鑑子の夫を教えた。また、日本画において河鍋暁斎に弟子入りして三宅花圃と同門である。

 当時のコンドルはまだ二十代で冒険したい年頃。

 彼は、ありきたりの西洋建築では満足することなく、西洋と日本との中間としてインド・イスラム風エキゾチックな意匠を用意した。

 広大な敷地に池を配し、煉瓦造りの本館がそびえる。

 一階と二階をアーケードベランダとし、ベランダのアーチを支える二階の柱は、徳利のようにくびれ、手すりにアラビア模様の透かし彫りが施される。

 そして、明治十六年に建設されたのが鹿鳴館なのである。


   2


 鹿鳴館の新年会の宴。

 インド・イスラム風エキゾチックな建物の二階ホールでは、きらびやかな夜会服で紳士淑女が踊る。

 その周囲で、大礼服姿の日本人が僧服風の西洋人や辮髪の中国人と歓談している。

 壁際の椅子には和服を着た政府高官の奥方たちが腰掛け、貴賓席には雛人形のような平安時代風の衣装の宮廷女性たちの姿も見える。

 混沌としか言いようのない奇怪な風景は、後に、国辱的建物として鹿鳴館が取り壊される理由になった。

 しかし、鹿鳴館の宴に参加する女性の中には、その妖しい解放感を好んだ者もいた。

 篠原子爵の一人娘である篠原浜子もその一人だ。

 官立東京高等女学校(後のお茶の水女子大学附属高等学校)の生徒。

 年齢は十八歳。

 鼻が高く眉は秀で、目は少し細い。

 健康を害する危険もある鉛入りの白粉を内々に用いているようで、とても色白い。

 頭は襟足より揖保尻巻きに巻き上げて、天辺に銀杏返しのごとく束ねる。

 深めに切っている前髪は、とぐろを巻いて赤味を帯びる。

 白茶の西洋仕立ての洋服にビーズが多くさがっているものを着て、少し苦しそうには見えるけれどもコルセットをきつく締め、腹部はちぎれそうに細い。

 つとめて反身になる気味がある。

 篠原浜子には、婚約者がいた。

 幼い頃から一人娘である浜子と結婚させるべく篠原子爵が養子にした篠原勤である。

 第一回の時点では、篠原勤はヨーロッパに長期留学中であり、それをよいことに浜子は鹿鳴館で連夜の夜遊びを続けている。

 人を人と思わぬ傲慢な態度で周囲に迷惑をかける。

 しかし、本気で怒った相手と戦争するだけのはらを据えていない。

 篠原浜子は、その肝は甘い子なのだ。


   3


 二階ホールにおいて、篠原浜子の話し相手をつとめるのは、奏任官の娘、服部浪子だ。

 年齢は十六歳。

 色は白く、目は大きく、紅の唇を固く閉じても怖い印象はない。

 頬のあたりに自ら愛敬があって、人の愛をひく風情がある。

 今夜の浪子は桃色の琥珀の洋服を着ている。

 洋服を着馴れているようだが、控え目でまたひとしおの趣。

 浪子は、官立の女学校ではなく、当時の女性にとっての最大規模の私立学校だった跡見塾(現在の跡見学園)に在籍している。

 跡見塾は、百人を超す塾生を擁していた。当時の私塾の塾生数が二十人から三十人程度ということからすれば、相当に大きい。

 油断と隙を戒める跡見塾において浪子は優等生として知られていた。

 とんでもない策略家タイプ。

 古代中国の歴史書・兵書に通じているところが浪子の言動の端々に現れる。

 結婚を意識する年頃になって彼女は気がついた。

 国家主義的女子教育が理想とする温順な女性を演じると、当時の結婚市場においてウケがよい。

 よし、猫をかぶろう。

 彼女が結婚相手として狙いを定めたのは、跡見塾における友人である宮崎福子の兄、宮崎一郎であった。

 第一回から登場する宮崎一郎は、容姿・学歴・職業・財産・性格・年齢といったあらゆる面でスペックが高い。

 性格はとても真面目でひとを信じやすい。見や、先、一応。宮崎一郎は放っておけば変な女にだまされそう。

 どうせ誰かにだまされるのならば、その誰かは私でいいだろう。

 浪子は、宮崎の攻略活動の一環として、篠原浜子と親しくしている。

 篠原浜子は篠原勤の婚約者で、篠原勤は宮崎一郎の友人。

 宮崎の口から「婚約者である篠原くんが長期留学中で寂しい浜子さんの話し相手になってあげてほしい」とお願いされれば一も二もない。

 快く引き受ければ、浪子が温順な女性であるように、宮崎の目には映る。

 優雅なのは見せかけだけで、浪子は全力で婚活に勝利することを目指している。

 ハッタリ恋泥棒。

 服部浪子の浪は、泥棒を意味する白浪に由来するものであろう。

 推理の根拠はある。

 三宅花圃の随筆によれば、小説『藪の鶯』を書く数年前に自分と友人たちをモデルにした芝居『五人女』を書いていたという。

 題名からすれば、明らかに歌舞伎『白浪五人男(青砥稿花紅彩画)』を下敷きにしている(芝居のために家からこっそり刀を持ち出したそうだ) 。


   4


 篠原浜子と服部浪子のところに斎藤という男が寄ってきた。

 磊落に大声で笑いながら、

「二人のladies(淑女たち)は、partner(相方)ばかりお好きなようですな? 僕なんぞと踊っては、夜会に来たようなお心持ちが遊ばさぬというのだから」

 と声をかけてきた。

 嘘、嘘ばかり、と浪子は応じる。

「そうではございませんけれども? あなたと踊るとやたらにお引っ張り回し遊ばすものですから。あの目がまわるようでございますので、お断りを申し上げたのですワ」


   5


 齋藤という男を起点とする人間関係の設定は複雑である。

 原作をかなり読まなければ把握することは容易ではない。

 これを読者のために整理をしておこう。


 (一)斉藤の妹である松子は浪子の友人であり、齋藤は宮崎福子の想い人である。


 齋藤の妹である松子も跡見塾に在籍している。

 松子を通じて、宮崎福子は、齋藤のことを知り、斉藤に好意を持っている。

 そして、それを浪子も知っている。


 (二)齋藤は篠原浜子の婚約者である篠原勤と友人である。


 篠原勤と齋藤が大学時代から友人であることは第八回で示される。


 (三)齋藤は浪子の想い人である宮崎一郎の友人である。


 浪子と宮崎一郎の結婚話を共通の知人である齋藤が具体化したことが、第十一回で宮崎一郎の口から語られる。


 (四)齋藤は東京高等女学校で篠原浜子に理科を教えている。


 篠原浜子と山中正の関係が噂になったとき、第五回で篠原勤の友人でもある宮崎一郎は篠原浜子の校内における評判について齋藤に尋ねる。

 また、東京府立中学校の教師も齋藤は兼任しており、そこで、松島葦男を教える。葦男は、第十二回で篠原勤と結婚する松島秀子の弟にあたる。

 第十一回で宮崎一郎が篠原勤に秀子との交際をけしかけたのは、第五回の齋藤と葦男のやりとりも一因と見られる。


 情報屋としての齋藤に三宅花圃は設定を詰め込みすぎた感がある。

 しかし、もしも、齋藤の設定を複数の登場人物に分割していれば、当時の書籍の一冊分に収まらなかっただろう。

 当時の日本文学における写実主義小説は、「針小棒大ではなく箸小棒大」を説き、多少のご都合主義を認めていた。


   6


 斎藤が立ち去った後、浪子はたずねた。

「今の御方のことをご存じ?」

「あの方は斎藤さんとおっしゃって、宅へもいらっしゃいました」

 と、浜子。

「さようでございましたか?

 私はこの間のお稽古(鹿鳴館における舞踏講習会)の時にお名前を初めて知りましたよ? (友人の兄であるため)もとからよくお見かけする方でしたが。

 何ですか? 少し軽卒なお方ねえ? そうしてお笑い声などが馬鹿に大きくございまして変な方ですねえ?」

 ━━少し軽卒━━

 ━━変な方━━

 浪子は宮崎一郎を目当てに鹿鳴館に来ている。

 他の男など眼中になく、齋藤に誘われても迷惑なだけ。

 それに気づかず、浜子は、

「あの方(斎藤)は、学問もおあり遊ばして、なかなか磊落らいらくなよい方でございますよ」

 と言う。

 ━━なかなか磊落なよい方━━

 斎藤は、浜子にとって婚約者にして義兄である篠原勤の友人である。

 ここで浜子が斎藤のことを弁護したことは別に悪くない。

 しかし、浪子はカチンと来た。

 浜子のような尻軽女がいるから齋藤みたいな軽薄な男が声をかけてくる、と。

 おもむろに浪子は、

「篠原さん、あなたのお義兄様のお帰りが近づきましたねえ?」

 と言った。

 ━━あなたのお義兄さま━━

 浜子の婚約者にして義兄である篠原勤はヨーロッパに長期留学している。

 その間に浜子は鹿鳴館での男遊びにいそしんでいる。

 もっと婚約者である篠原勤のことを大切にしたらどうですか、と。

 史記の韓非老子列伝において説かれた諫言の手法。

 身分の高い相手に忠告したければ、具体的事情を知る者だけに真意が伝わり、そうでない人には単なる平凡な会話に聞こえるように言葉を選ぶべきである。

 たとえ相手が腹を立てても、自分は何も知らないふりをして「そんなことを言ったつもりはございません」と簡単に言い逃れることができる。

 浜子は、

「夏頃に『帰る』と言ってまいりましたけれど、私は嫌ですワ。面倒くさくって」

 と言った。

 ━━面倒くさくって━━

 鹿鳴館で男遊びをするにあたって婚約者の存在は浜子にとって邪魔になっている。

 浪子は続けた。

「なぜでしょう? あなたお楽しみでしょうにねえ? そうして学校のお下読みや何かしておいただき遊ばすにようございましょう?」

 ━━学校のお下読みや何か━━

 学生の立場を弁えて、鹿鳴館における舞踏を控えなさい、と。

 浜子は苛立った。

「私はもう学校へ参りません。あの父が胃弱で当節は大層弱りましたし、母は御存じのわからず屋ですから、家事も半ば私が指揮いたしますので忙しくって」

 ━━もう学校へ参りません━━

 ━━あの父が胃弱で当節は大層弱りました━━

 ━━家事も半ば私が指揮いたします━━

 勉強しない理由として、父親の病気を使う。

 そして、私は実質上の篠原子爵家の女当主でございますのよ、と浜子はプレッシャーをかけて相手の口を封じようとする。

 浪子は気づかないふりをする。

「英語のお勉強はどう遊ばしました? おやめではございますまい? でも、あなたぐらい英会話がお出来になればよろしゅうございますネ」

 ━━英語のお勉強━━

 西洋のことに詳しい女性を演じたい浜子は英語を得意科目としている。

 浜子に鹿鳴館での不行跡を止めさせるため、浪子は浜子を英語の勉強の方向に誘導しようとする。

 プライドをくすぐられた浜子は、

「私は充分英語を勉強したい気ですから。あの、御存じでしょう? この頃では、山中というあの人は学力もありますから頼んできてもらいます」

 と答えた。

 ━━山中というあの人━━

 山中正。

 後に浜子に人生を滅茶苦茶にされて復讐を実行する人物である。

 すぐ次回に説明することになるので、今回は説明しない。

 さらに、浜子は、

「随分忙しゅうございますよ。毎日毎日英語の稽古もいたしますし、うちのことや何かなかなか大変でございますが、どんなに忙しゅうございましても、きっと舞踏には参りますわ」

 と続けた。

 ━━どんなに忙しゅうございましても、きっと舞踏には参りますわ━━

 参らなくても結構。

 浜子みたいな華族のお姫さまが鹿鳴館で派手に男漁りをすれば、他の婚活中の娘たちが迷惑をすることになる。

 みんなの共同の釣り場を爆弾漁法で荒らすような真似はご遠慮いただきたい。

 浪子はしつこい。

「お父様のお体の具合が悪いのでしたら、舞踏をしてはいらっしゃられますまい?」

 ━━お父様のお体の具合が悪い━━

 お父様のお病気を理由にして、学校をやめるというのに、鹿鳴館での舞踏をやめないことは矛盾していませんかネ?

「私もうちでも交際の一つだと申して舞踏を勧められます。

 けれども、どうもまだ気味の悪いような心持ちがいたしまして、それに学校の方が忙しくございますから、滅多に鹿鳴館に参りましたことがございません」

 ━━滅多に鹿鳴館に参りましたことはございません━━

 ひょっとして、浜子さんは鹿鳴館に行かなければ死ぬという変な病気にでも罹っていらっしゃるのですかネ?

 チクチク皮肉を込める。

 事情を知らない周囲の目からは、浪子は普通に世間話をしているだけのように見える。

 怒れば浜子にとって不利である。

 それでも我慢できなかった。

「なぜ、あなたそんなにお気がすすまないでしょう?

 私は宅にいてくさくさしても、鹿鳴館へ参りますと、急に元気になりますよ。

 西洋では舞踏をしない人のことをwall-flower(壁の花)と呼んで馬鹿にするそうですが、あなたもそのお仲間ですか?」


   7


 大広間で舞踏している人々の方に浜子は視線を向けた。そして、浜子は宮崎一郎が来ていることを発見した。

 喜んで、

「おやおや、宮崎さんが久しぶりできていらっしゃいますヨ。あの方は御器量もよし。何でもお出来になりますってね? 御器量のよいも人柄を値打ちするもので、御立派にみえますネ」

 宮崎は、斎藤と同じく篠原勤の友人で、篠原宅にも親しく出入りしていた。

 ついでに、浜子の眼鏡にかなう美男子でもあった。

 ━━御器量もよし━━

 浜子は宮崎と踊っている女性に注目する。

 品定め。

「たいそう背の低い。嫌な格好の洋服ですこと。日本人は背が低くってみすぼらしい上に、鷺がドジョウを踏むようなふうをして。あれですから気をつけないと困ります」

 ━━鷺がドジョウを踏むようなふうをして━━

 鹿鳴館で舞踏する女性の洋服は、裾が異様に長い夜会用のロングドレスである。

 ステップと裾さばきが上手くなければ、裾が足に絡まってしまうことがある。

 要するに、宮崎のパートナーである女性のステップが未熟だと浜子は笑っているのであった。

「私は普段から洋服でおりますが、私のdressの裾が床に置いてあるものを引っ掛ける、と母が申します。ですから『西洋では下へものは置きません。置くほうが悪い』といつも喧嘩をいたしますワ」

 ━━dressの裾が床に置いてあるものを引っ掛ける━━

 声をあげそうになって、浪子は口元を扇子で押さえる。

 この時代、欧米において、上流階級の女性は、家庭においてほとんど動くことがない。

 比較的に短いスカートをはいた労働階級のメイドに自分の世話をさせていた。

 ━━いつも喧嘩をいたします━━

 ずいぶん不十分な知識をもとにして浜子は母親を攻撃している。

 困ったものだ。

 浪子は話をさえぎった。

「あなたはご格好がよろしゅうございますから、よろしゅうございますよ。宮崎さんと申さば、お妹さん(宮崎福子)は、私の学校中でも御器量が一番よいという評判でございます」

 母親への悪口を言い足りない浜子は不服そうな表情を浮かべる。

「あの方のsister(妹さん)は、目が大きすぎて怖い感じがいたしませんか? ものもよく出来ますか?」

 にこやかに浪子は笑顔をつくって、

「今年、十四におなりあそばしたのですが、お年に似合わず何でもよくお出来になります」

 と言った。

 

   8


 会話の主導権を握りたい浜子は話題を自分の得意分野に移す。

「あなたはご普段もお洋服ですか?」

 いいえ、と浪子は首を振る。

「普段に着ないものですから、軽便な着こなし方がわからないので。

 お洋服は、だいたいの方がよそ行きの特別なものとしてお召しになさられるみたいです。

 そのせいでございましょうか、『田中屋のものがいい』とか、『白木屋のものがいい』とか、ただ華美にばかり流れます。

 私のようなものには競争についていけません。

 お洋服を着るのならば、私は普段からもっと気軽に着たいと存じます。

 けれども、学校(浪子が在籍する跡見塾)も日本造りでござりますから、思うように参りません」

 ━━普段に着ないものですから、軽便な着こなし方がわからないので━━

 内心に浪子はあきれている。

 日常生活に支障がないものを着た方がよいのではないでしょうか、と。


   9


 この時代(一八八〇年代)の西洋の上流階級の女性は、普段から身体を圧迫するコルセットをつけて、ロングドレスを床に引きずっていた。

 イギリスでは改良服運動が行われているとはいえ、オートクチュールのパリ・モードに押されてすぐ下火になっている。

 つまり、当時の上流階級向けの洋服では、日本の女学生にとって日常生活に支障を来たすことになる。

 服装が女性にとって日常生活に支障がないかどうか?

 日本の官立の女学校において、当初は男袴が制服として指定された。

 しかし、女性が男性用の服装をするのはどうかということが問題になった。

 そこで、跡見塾は機能性とファッション性を両立させる女袴を考案した。この女袴が後に官立女学校においても採用されることになる。

 明治日本における女学生向けの制服の歴史。

 跡見塾で女袴を着用している服部浪子が「軽便な着こなし」を指摘したことは、当時の跡見塾の生徒の制服に対する意識の高さを反映している。


   10


 浪子と浜子の会話をさえぎるように、斎藤が再びやってきた。

 そして、

「じゃあ、浜子さん、一曲、願いましょう」

 と言った。

 先程と違って齋藤は宮崎も連れてきていた。

 浪子と浜子。

 二人の女が会話しているところを男が一人で誘うのは具合が悪いことも多い。

 余った一人の女が不満を持つことになってしまう。

 相手の気持ちを考えて自分の行動を修正しようという誠情を持ち合わせる点では、斎藤はなかなか偉いところがある。

 さらに(浪子にとって)感心なことに、齋藤は浜子を舞踏に誘い、浪子の話し相手として宮崎を置いていった。

「Miss服部、しばらくぶりです」

「宮崎さん、どう遊ばしました?」

 はやる心を抑えながら、浪子は淑女の微笑を浮かべた。

「少し不快で、気晴らしに鹿鳴館に参りました」

 鹿鳴館の新年の宴に宮崎が参加する予定であることを、浪子は前もって福子の口から聞きだしていた。

 福子は宮崎の妹である。

「いつも妹がお世話になります。あなたが学校でお世話してくださるので、この頃では日曜も寄宿舎から家に帰りたくないと申しています」

「何、少しも行き届きません」

 これは浪子の本心。

 もっとお世話してあげなければいけません。福子さんは使える駒ですもの。ここから玉をどう詰めるか、私の腕の見せどころでございます。

 無邪気に宮崎は笑った。

「では久しぶりに、一曲、願いましょうか?」

「どうか」

 お願いします、と最後まで言わず、浪子は短く言葉を切る。

 想う相手から舞踏を誘われても浅ましくガッつくような真似をしない。

 初々しく恥じらう風情を見せる。


   11


 今回、ほとんど浪子が無双した観がある。

 世知辛い浪子はきちんと自分の退路を確保しつつ甘ったれた道楽娘である浜子を一方的にやりこめる。

 それでも、篠原浜子こそ小説『藪の鶯』の悪役なのである。

 病気の父親と婚約者を放り出して鹿鳴館における夜遊びに夢中で、母親のことを馬鹿にし、他人の悪口を人前で平然と言う。

 篠原浜子の愚かさは悪役として長所となる。

 強敵と書いて友と読む関係に発展する可能性が一切なく、浜子に迷惑をかけられた場合にはただ悔しさばかりが残るというのがよい。



  

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