第十一回 滝の川
1
仲秋の頃。
「ちとお掛けなさい。一服あがっていらっしゃい」
茶屋女の声が響く。
こなたの角には放し亀を売っている。
「万年働く亀の子。菊杯の亀の子を選んでちょうだい」
明治時代の滝の川には、仲秋の頃になると、捕まえられた亀を川に放して功徳を積む習慣があった。
亀の恩返しを浦島太郎よろしく期待したのである。
売り物にされる亀は、買う客がいたから業者に捕まえられた。
亀からすれば、いい迷惑だったろう。
恩返しなどしてたまるものか。
滝の川の夕暮れ。
暗くなって人々もようやく散っていく。
散っていくと言えば、この季節には紅葉も散っていくわけだが、紅葉の陰の掛け茶屋の床机(長椅子)に、篠原勤と宮崎一郎が座っていた。
「篠原くん、少し向こうの方へブラブラしちゃどうだ?
君は尊大人のお亡くなりなさってからは、めっきりどうも体が弱ったようで、気が引き立たぬからいけない」
宮崎は語る。
「それは気のすまないところもあろうが、どうにも終わったことなら仕方がないサ。
浜子さんも断然に悟って、実に今は後悔のようだ。
僕も昨日横浜に用があったからお訪ね申したら、実に面目ないといって涙ぐんでの話も、実に真正のクリスチャンになりきってしまって、もとのような様子はすっかりなくなったヨ」
━━真正のクリスチャン━━
キリスト教は、神の前の平等を説く。
人を人と思わない態度をとってきた浜子にとっては良い薬だろう。
倫理的に生まれ変わるように望む。
篠原は溜め息をつく。
「あれは全く妹が悪い。当人も実に心得違いをしたと後悔をして大人しくしている。それでも、母に公然と会いに来るわけにもゆかず。考えると実に不憫さ」
それはもっともだけれど━━君は、養父母の義理を思っているからだが━━、と宮崎は続けた。
「君がそう塞いでいて肺病にでもなってはなお不孝です。
こんなことを言うとおかしいが、僕もずいぶん気の小さい方で、少しくだらんことが気になると、居ても立ってもいられないようだった。
しかし、斎藤が無理やりに母に勧めて、あの服部の浪子を妻にしてから、うちへ帰っても考えるようなことはないのさ。
何か読書でもしていて気の尽きる時には、琴を弾かせたり、茶を入れさせたり、少しは文学の相談もしたり、よほど気の晴れることがある」
━━服部の浪子を妻に━━
服部浪子と宮崎一郎は結婚した。
「君なんぞは御養母もああいう風だし、気を遣ってばかりになるのも、もっともです。干渉するようだが、僕が世話をしようから、篠原勤子爵夫人をつくりたまえ」
新婚生活を楽しむ宮崎は、最近やたらに、独身の友人たちに結婚を勧めてまわっている。
いい気なものだ。
これには篠原も苦笑する。
「実に、あの浜子の一件の時分は激して、あれ(浜子)に優る妻をとも思ったよ。
しかし、今では、ただ(浜子のことが)気の毒だ、不憫だ、ということばかり頭にあって、ちっともそんなことは考えられない。ああ、話が理に落ちたじゃあないか?」
2
宮崎は篠原を散策に誘った。
「さあ、行こう」
夕暮れ時。
川沿いの紅葉を見て歩く。
地面に落ちてある紙片を宮崎は拾い上げた。
「ヤアヤア、何だか書きちらかしてある。発句かネ?」
読み上げる。
「紅葉みにくる人もみな赤い顔」
多くの人は別に紅葉を見たいわけでなく、紅葉にかこつけて酒を飲みたいだけ。
紅葉が赤いだけでなく、酔っ払いたちの顔も赤い。
同感と言えば同感。
どうせこの俳句をつくった者もその口なのだろう。
あはは、と宮崎は明るく笑った。
「くだらないことを。こういうところ(庶民の遊び場)で風流に和歌を詠むようなのは今時にいないネ?」
篠原は、地面に落ちている別の紙片に目を留めた。俳句が書かれているとは思えないほど字数が多い。
「待ち給え。あそこに落ちているのは和歌のようだ。おや鉛筆でも綺麗にかいてあるよ」
読み上げる。
「いたずらに散りやはつらん紅葉もまことの色をみる人のなみ」
解釈。
奥山の紅葉がその本当の美しい色も誰にも知られず無意味に散ってしまうのであろうように、この誠実な私が本物の才能を持っているのにかかわらず、それは誰にも知られず無意味に終わってしまうのであろう。
おいおい。
びっくりして篠原は感想を述べる。
「変に慷慨な歌だね、どんな人が書いたのか知らんが」
━━変に慷慨な歌━━
明治二十年前後の歌壇においては、和歌には「おさな心」を詠み込むべきであるという桂園派が主流であった。
その考え方からすれば、「慷慨の念」を詠み込むのは控えた方がよい。
洋癖家の篠原通方の家で育ったのにもかかわらず、篠原勤は和歌についても造詣があった。
「歌はいいね。実に高尚ないいものだ」
━━高尚ないいもの━━
詠み込まれた想いは別として、技巧の点を篠原は評価する。
この歌は「見るひともなくて散りぬる奥山の紅葉は夜の錦なりけり」という古今集における紀貫之の歌を本歌取りしている。
こんな教養の有る男が世に出ることができず慷慨の念を抱いているのか?
詠み人について宮崎も興味を持った。
近くに居た茶店の婆さんに尋ねる。
「お婆さん、これはどんな人が書いたのか知らないだろうね? 人が多い中だから」
「どれでございます?」
「これだ」
「それは、多分、いま十五ばかりの男の子と、一緒に休んでおいでなさったお嬢さんのでございましょう」
あっさりと茶店の婆さんは答えた。
「え、女……」
篠原は思わず絶句した。
書かれている内容から屈強な男を想像してしまっていた。
紙片を見返す。
「なるほど女の手のようだ」
その鉛筆文字からは、女性らしい柔らかさが感じられた。
ヤラレタ、と篠原は笑った。
「これは貫之風だ」
━━貫之風━━
本歌が紀貫之のものである上に、歌の内容から詠み手の性別を誤解させるというのも紀貫之の土佐日記を連想させる。
3
篠原は歌論を語る。
「歌というものは実に美術の一つでなければならないものサ。
この頃、気晴らしのように歌のことを言う西洋家もいるそうだが、実にそういうものじゃあない。そして、歌を詠みつけると、簡単に意味の深い文章が書けてくるし、幾分か気が高尚になる」
当時に主流だった桂園派は、伝統的な技巧を全否定したわけではないので、古典の和歌とそれに関連する知識を覚えることを奨励する。
頭の中に小さな図書館があれば、文章作成の技術は高くなる。
篠原は、
「和歌を授業科目にしてもいいのさ」
とまで言う。
宮崎と話しながら橋を渡って向こう岸に差しかかる。
すると、一人の男の子が声をあげて騒いだ。
「姉さん、姉さん、宮崎さんが」
4
宮崎一郎。
この時の松島秀子にとって顔をあわせたくない相手だった。
彼から影響を受けて、葦男が「官員なんてくだらない」と言い出している。
葦男が高級官員になってくれなければ、秀子は桃夭学校に戻れず、人生計画が崩れてしまう。
腹立ちは山々。
しかし、宮崎は自分たちが住んでいる長屋の大家である。
秀子としても無視するわけにはいかない。
「しばらく、お目にかかることができませんでした」
「いいところでお目にかかった。お二人きりかネ?」
と、宮崎。
横から葦男が口を挟んだ。
「姉があまり家にばかりいますから。すすめて同道いたしました」。
馬鹿な弟である。
葦男が官員になりたくないと駄々をこねるから、秀子は気落ちして、家に籠もることが多くなっている。
鬱々とした気分の秀子に対して宮崎は連れの男を紹介してきた。
「それはいいご保養だ。
篠原くん、僕がよく話していた、松島の秀子さんです。
お秀さん、この方は、久しく五年間も洋行をなさってこの度に英国で技芸士の栄号を得て帰国なさった僕の親友で、篠原さんとおっしゃるお方です。ちょっとお近づきに」
言われるままに、秀子は近くに進み寄った。
お見知りおかれても……。
口の中で小さく毒づいてから、篠原勤を見上げる。
篠原は、眉秀で鼻高く、口もと尋常にして愛嬌がある。海外に留学までしたと聞けば、その学問のほどが推し量られて、いよいよ気高く見える。
一目惚れしたということではないのだが、篠原の様子が高尚であり、学術のほどが伺われて、どうにも秀子は緊張してしまった。
5
篠原も宮崎から秀子の話を聞かされていた。
家名を大切にして弟を勉強させる感心な武家娘。
一人で大家である宮崎家に出向き、家賃を負けさせる押しの強いところもある。
ところがどうだ?
実際に会ってみると、予想の他のおとなしさ。
雪のように白い顔は少し恥じらって、頬のあたりに淡紅を帯びている。
髪は束髪に束ねている、
裾のさばき方も普通の衣服は、少し地味過ぎる七ツ下りの縞縮緬。
紫繻子と友禅入りのかんこ縮緬(少し縮み方が少ない縮緬)の腹合せの帯を締めている。
絹入りの黒い羽織を着る身なりは上品だ。
篠原は日ごろ欝々として楽しまなかったが、この活ける花を見て、紅葉を見て気分転換の騒ぎではなくなった。
秀子と同様に緊張して言葉を失ってしまう。
6
葦男が、
「立ち話も何ですから、あちらに座りましょう」
と近くの茶屋の床机(長椅子)を示した。
宮崎は腰を掛ける。
「篠原くんもお掛けなさいな」
ぼんやりしながら篠原も腰を下ろした。
すると、宮崎は秀子に向かってたずねる。
「お秀さん、あのあっちの紅葉の下に落ちていましたが。この歌はもしかしてあなたのお詠ではござりませんか?」
「おや、まあ、どうして?」
恥じらう風情を秀子は見せた。
宮崎は言う。
「実に今までこのくらいに和歌のお出来なさることは知らなかったが、あなたなどは実に教育も充分あるし、家庭の教えは自ら修めておいでなさるから、こうしておいでなさるは実に何ですけれど、人にも知られんで散らしてしまうようなことはない。千里の馬も伯楽がどうとやらといいます。ねえ、篠原くん?」
「実にそうさ」
よく篠原は聞いていなかった。
「何でも潜んでいる方が奥ゆかしい」
世間に埋もれる松島秀子は、彼の元婚約者の浜子にも負けず劣らずの美形である上、家庭的で和歌の教養もあった。
彼女のことをもっと知りたいと篠原は願った。
7
━━千里の馬も伯楽がどうとやら━━
よい人と結婚すれば世に浮かび上がる好機があると宮崎は秀子を励ました。ついでに、秀子に篠原との交際を勧めようとした。
すると、
━━何でも潜んでいる方が奥ゆかしい━━
と篠原は言う。
これは秀子に対する篠原の感想でしかない。
一目惚れは結構だが、会話が成立しないのは困りもの。
宮崎は、
「それはそうだ。しかし、あまり自分で自分を賎しいものだ、何も出来ないものだ、と卑下し過ぎてもいけない」
と意見する。
篠原は魂が抜けたような状態になっている。
返事なし。
仕方がないので、宮崎は、秀子に向かって話を振る。
「幾分か自分の気を高尚にもっていて、そうして自負せず、生意気にならないようにするのが学問の力さ。ねえ、お秀さん?」
8
宮崎が葦男に余計なことを吹き込んだおかげで、桃夭学校に戻りたい秀子の夢が潰えてしまいそうになっていた。
自分が学問に向かう道を閉ざそうとする当の本人から学問の力と言われれば、秀子だって腹が立つ。
冷ややかな口調で、
「誠にそうでござりましょうね。私も学問を致して道理とやらが知りたくございますけれど」
宮崎は戸惑いながら、
「いや、どうも欲の深いお秀さんだ……」
と言って絶句した。
宮崎に対する自分の怒りは理不尽であることは秀子もわかっていた。
会話が途切れたのは幸い。
秀子は言った。
「お話を伺っておりましたうちに、いつか日が暮れかかりました。私どもはお先へご免をいただきます。葦男さん参りましょう」
「そうですか? なるほど、あまり遅くなるは、若い人にはよくありますまい」
宮崎は空を見上げた。
秋の日は釣瓶落とし。
周囲はすっかり暗くなっている。
「さようなら。ちょっと遊びにおいでなさい。
そして、この篠原くんの家にもちっと上がって、西洋風俗や学問のお高論をお伺いなさい。今度、お連れ申しましょう」
「どうか願いしとうございます。誠に失礼を致しました。さようなら」
適当に社交辞令を述べて、秀子は葦男の手を引いてその場を急いで立ち去った。
9
「さようなら」
篠原はまだ呆けたような表情を浮かべている。
その視線は秀子の背中を追っていた。
こいつはどうしたものかと宮崎は考える。
秀子も最初に篠原を見たとき、引き込まれたような表情を浮かべていた。
この佳人才子の出会いこそ、月下氷人の仲立ちで好縁となるのではないか?
双方が愛おしいと思う心を色にも出さず別れ行く。
そばで見ていて面白かった。
「どうです? お気に入ったようですネ? 君のお説にかなっている婦人でしょう? 僕は他にあのくらい感心なのはあるまいと信ずるよ」
宮崎は篠原のことをつついてみた。
「え? そうさねえ……」
「そう冷淡になるのが気に入った証拠だ。どうです? 伯楽になっては?」
と、宮崎は続ける。
しばらく篠原は口をもごもごさせた。
溜め息。
「どうして、向こうの気位が高いから……」
わかりやすい男だ。
伯楽になりたいと言ってもお秀さんが承知してくれるだろうか、と心配している。
10
この『藪の鶯』の元ネタである曽我兄弟の仇討ちでも、曽我五郎は処刑され、化粧坂の少将は尼になった。
権力者に対する復讐には再復讐の危険がある。
山中の復讐を合法的にして官憲の手が及ぶことを防ぐだけでは足りない。官憲に頼らない報復手段も選択できる篠原勤も止めなければならない。
どうする?
篠原勤を新しい恋に夢中にさせて、浜子のために山中とお貞に報復しようと夢にも思わなくさせてしまえ!
三宅花圃は浪子・福子・宮崎・斎藤・秀子・葦男といった登場人物たちの人間関係を緻密に設定した。
* *
浪子は福子と仲良くすることで宮崎をして自分に対する好感を抱かせる。宮崎も浪子も知っている斎藤がいる。斎藤の仲立ちで、浪子と宮崎が結婚する。
新婚生活を楽しむ友人の宮崎から結婚のよさを説かれた直後、篠原は宮崎から自分の好みに完全にストライクな秀子を紹介される。
洋行経験と浜子の件もあって、西洋趣味に疑念を篠原は抱いている。秀子は桃夭学校で和歌と国学を学んだ経験あり。両親に死なれて、家庭の訓えも独自に修めている。
秀子は宮崎の長屋の店子である。宮崎は気づかないうちに葦男を通じて秀子の夢の実現に危機を与えていた。その時の元気のなさも、大人しい娘と篠原に対して好印象を与えることにつながった。
なお、秀子の桃夭学校の復帰の夢は篠原と結婚すれば簡単に叶う種類であることからすれば、篠原が押せば秀子は高確率で落ちそう。
これでは篠原が秀子を落とすのに全力を尽くしてしまうのも仕方ない。
* *
浜子の欠点と正反対の美点を持つ秀子と結婚すれば、篠原は浜子の悪いところばかりを思い起こし、浜子のために山中たちに報復しようと思わなくなる。
万が一にも思うことがあっても、気位の高い秀子が他の女のために篠原が動くことを許すわけがない。
秀子が本気になったときの怖さは読者諸氏もご存知の通りである。
恋の呪縛。
この状況を作り出すべく、三宅花圃は物語当初から伏線を張ってきた。
少女趣味あふれる奇抜なアイデアとそれに説得力を持たせる複雑緻密な人間関係の設定には、ただ敬服するより他にない。
権力者に復讐を行った者たちへの権力側からの報復を(機械仕掛けの神に頼らなくても)現実性のある方法で止めることができる、と三宅花圃は実作によって証明してみせた。
デウス・エクス・マキナの否定。
ご都合主義の制限を唱える明治日本の写実主義小説にとって、これは痛快事だった。




