そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.0 < chapter.7 >
騎士団本部敷地内、旧本部庁舎。
今は使われていないその建物に、ベイカーと赤毛の男がいた。
「……どうしてこうも、次々と……」
ため息交じりに吐き出された言葉は、エントランスホールの吹き抜けの中、空虚な反響を伴ってベイカーに届く。
ベイカーは軽く肩をすくめる動作で、男の言葉を肯定した。
これまで幾度となく試みた四神の捜索。世界を創世した神々を味方に引き入れるべく、タケミカヅチと鳳凰は彼らを全力で捜索していた。けれども神の居場所どころか、それらしい手がかりすら掴むことはできなかった。
それがどうしたことか、この一カ月の間に、想定外の事態が次々と巻き起こった。これまで知られていなかった神的存在が次から次へと姿を現し、この世界にいくつもの『奇跡』をもたらしたのだ。
マルコの登場により、世界の歯車は一気に回転速度を上げた。少なくとも、ベイカーらの目にはそのように映っていた。
ベイカーは赤毛の男に問いかける。
「念のため確認させてください。この世界を我々の支配下に置き、武力を以って平和を実現する。その目標に変わりは?」
「ない。すべてこれまで通りだ」
「それなら、ここから先はどうされます? 迂闊に動けばロドニーが闇堕ちする可能性もありますが……」
「『予言書』にも、そう書かれているしな」
「ええ。ですが、少々気になることもあります」
「なんだ?」
「あの『予言書』に、一度も名前の挙がらない神々がいます。それらはすべて、マルコの特務部隊入りが決定した後に存在が確認された神です。玄武の名は記されているのに、それ以外の神の名がないのは不自然と思われませんか?」
「ああ、それは俺も気になっていた。同じ四神なのに、なぜ青龍の名が存在しないのかと」
「それにもう一つ、気になることがあります。『予言書』に記されたレイクシティの慰霊式典ですが、それは今日ではなく、明日であったはずです」
「と、すると……俺たちは、ようやく『運命』を変えることができたのか? それとも、これはまだ『誤差』の範囲内か……?」
「以前も何度か、『誤差』が生じていましたよね?」
「ターコイズ絡みの記述だな。あいつに関する事柄は、どれもこれも明らかに間違った内容が書かれている。何もかも見透かす『予言者様』にしては、いささかお粗末だとは思うが……」
「ターコイズの正体を看破できないとすれば、あの『予言書』を記した人物は、『神の世界』の内側で発生した事象は観測できないのでは? そう考えれば、玄武のみが記されていることも納得できます。玄武だけは一般人の目にも映る形で顕現していましたから」
「いや、待て。だとしたら、なぜヘファイストスのことが書かれている? あいつは一度も姿を見せていないはずだが?」
「それは……」
ベイカーはしばし考え、それからためらいがちに答える。
「二階堂階二は、ジョージ・メイソン特務部隊長と共にこの世界にやってきました。まるでジョージと一心同体であるかのように記述された箇所もあります。すべての記述は、ジョージの目を通して視た光景に基づいていたのだと思います」
「それは分かっているが……何が言いたい?」
「ジョージが行方不明になってから、二階堂は取り憑く相手をクリストファー・ホーネットに変更しています。ですが、ホーネット団長が現場に出ていたのは特務部隊長時代までです。あまり考えたくないことですが……クリストファー・ホーネットの騎士団長就任以降の記述は、『次の特務部隊長』に取り憑いて見聞きした光景なのでは……?」
「……つまり、『取り憑かれているのはお前だぞ』、と、言いたいわけか?」
「そう考えれば、ヘファイストスの存在を把握していることも頷けます」
「だとすれば、二階堂階二は神にも知覚されないステルスゴーストということになるが……どういうスペックなんだ、それは……」
「アル=マハ隊長。貴方に二階堂が取り憑いている前提で申し上げます。これまでの『誤差』が本当に誤差であったとしても、今回は違います。我々はもう、『予言書』に記された運命の外にいます」
「なぜそう思う?」
「根拠はありません」
「そんな気がする、という話か?」
「いえ、むしろこれは、『絶対にそうしてやる』という宣言ですが」
「ああ、なるほど、そっちか。それはたしかに、二階堂に向けて言ってやりたいな」
「言ってやりたい、ではなくて、アル=マハ隊長も言ってやってくださいよ。二階堂が『言霊』を用いる呪術者の類であるならば、あの日記帳に記されたすべての文字列が『魔法呪文』と同等の力を持ちます。『呪いの言霊』に対抗する術は、相手の言葉より強い思いを込めて発した『自分の言葉』しかありません」
「ふむ? 呪術か。そういえば、そっちの方向では考えたことが無かったな。そうか、あの日記帳自体が『未知の呪術式』の集合体である可能性もあったわけか。そんなこと、よく思いついたな……?」
「俺はこれでも『神鳴り様』の器ですから。どんな暗雲も突き抜けて、光と言霊を届けてみせるのが雷神というものです。真っ先に疑ったのはそちらの方面ですよ。そしてその疑惑は、この一カ月で確信に変わりつつあります」
「呪術……呪いの言霊……とすれば、あれは『理解不能な予言書』ではなくなるな。俺たちはあの日記帳に目を通すことで洗脳を受け、その記述の通り、もしくは近い行動を取るよう仕向けられていた、と」
「そう考えると、歴代特務部隊長に取り憑く理由も納得できますよ。隊長一人を操れば、その下で働く騎士団員を数十人、場合によっては数百人単位で動かせますから」
「そうか……ならば……そうだな……?」
赤毛の男、アーク・アル=マハは軽く目を閉じて考える。そしてしばらくすると、何かを思い出したように笑った。
「よし、俺も宣言しよう。俺はもうあの『予言書』を信じない。一切合切疑って、何が起こっても、それを覆す行動をとり続けてやる。クソッタレな運命は、俺がこの手でぶち壊す。……こんなものか?」
ベイカーはわざとらしく拍手して見せる。
二人はそれからいくつかの事柄を確認し合い、最後に一つ、くだらない話を始めた。
「そういえばサイト。お前、リバーフロントの風俗店には行ったことがあるか?」
「いいえ。その機会がないもので」
「そうか。それなら、今度お勧めの店を教えてやる。中央ではめったにお目にかかれない美女ばかりだぞ」
「は、はあ。美女……ですか……?」
「あんな美女をスカウトしないなんて、中央の風俗店はどんな基準で人材を集めているんだろうな。まったく、水商売の常識は訳が分からん……」
「エエ、ソウデスネー。ソレハ、オレニモ、ワカリマセン」
ベイカーの棒読みセリフにはとても大きな理由がある。だが、アル=マハにベイカーの気持ちは伝わらない。自他ともに認める『女王の愛人』であるがゆえに、女王の不興を買うのでは、と心配しているように見えたらしい。
「うん? どうした? そんなに気にしなくても大丈夫じゃないか? 女王陛下は玄人女にいちいち嫉妬するほど、狭量なお方ではないだろう?」
「ア、ハイ。まあ、そうだとは思いますが……」
ベイカーは非常に複雑な面持ちで、アル=マハの言う『美女』の容姿について思いを巡らす。
良くて小太りのブルドッグ、悪くて横綱級のブルドッグ。
アル=マハは『デブ専寄りのブス専』という、非常に稀有な性癖の持ち主である。しかし、本人にその自覚はない。彼は心の底から、後輩に良い店を紹介してやりたいと思っている。
美醜の判断基準は人それぞれとはいえ、あまりにもかけ離れた価値観の持ち主とは会話が成立しない。ベイカーは曖昧な笑みでこの場をやり過ごした。