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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.0 < chapter.4 >

 馬車で移動すること四十五分。マルコらは中央市の隣、スフィアシティの歓楽街に到着した。

 スフィアシティは中央のベッドタウンと呼ばれている。就労人口の半数近くは中央市へ働きに出ているため、歓楽街といえども平日の昼間は人影もまばら。飲食店や遊技場も『準備中』の札を掲げた店舗が目立つ。

 市の主力産業は物流業と製造業で、取扱量の七割以上が中央市へと運ばれていく。中央市の地価が高騰しているため、中央には営業所のみを置き、スフィアに大規模物流センターを建設する企業が多いのだ。

 馬車の中で資料に目を通し、マルコは首を捻っていた。

 問題の店があるのはリバーフロントという町のウェスト地区。国営鉄道の駅があり、駅周辺に商店街と歓楽街、少し歩いたところに住宅地、住宅地のあちこちに学校や公営施設が点在する、ごく普通の土地である。

 けれども、資料として添付された地図を見ると、少々気になることが見えてくる。


 町を囲むように、ぐるりと一周、地面が盛り上がっている。


 人工的に築かれた城壁でも土塁でもない。クレーターでもなければ、川の浸食によって作られた地形でもない。

 昨夜の会話を思い出し、まさかという思いで地図の縮尺を確認する。


〈1cm : 50m〉


 手持ちの定規でざっと測ってみた限りでは、リバーフロントの外周はおよそ10km。玄武が話していた青龍の大きさ、『一万メートル』と合致する。

 玄武がそうであったように、神獣は人間の用いる観測機器に検知されない。あれほど大きな亀が丘の下に埋まっていても、計画段階で実施されたボーリング調査ではごく普通の砂と粘土、岩、朽ちた木片くらいしか掘り出されていないのだ。通常の生き物であれば、ドリルで甲羅を貫かれ、大怪我をしそうなものである。だが、神的存在に物理ダメージは通らない。それは玄武の兄弟神たちも同様であるという。

(……もしもここに、神獣・青龍が埋まっているとしたら……?)

 兄弟神の玄武でさえ、休眠中の神の気配は察知できないらしい。人間の技術で青龍の存在に気付くことは不可能である。そしてここは外周が盛り上がったすり鉢状の地形。わざわざ手を加えることをせずとも、ほぼそのまま城塞都市のように使える。ここに町を築かない選択はありえない。

(……こんな人口密集地で、身震いひとつでもされたら……)

 リバーフロントは夜間人口一万五千人のベッドタウンだ。被害はあの造成地の比ではない。

 マルコは顔を上げ、ゆっくりと流れる車窓の景色を眺める。

 駅前にはごく普通の飲食店や服飾品店が並ぶが、一歩路地に入ると、途端に怪しい雰囲気になる。どの店にもいかにも性風俗店らしいピンクや紫のネオンサインが躍り、黒服の男たちが道行く男性を呼び止めている。

 目的の店の前に馬車を停めたデニスは、ロドニーに声を掛ける。

「到着でーす。いまさらですけど、ハドソンさん予防接種とか大丈夫ですか? この辺の店、ちゃんとゴム付けててもうつされますよ?」

「分かってるって。一通りワクチン打ってるから大丈夫。じゃ、駅前のほうで」

「はーい、どうぞごゆっくりー」

 馬車から降りたのはロドニー一人。馬車はマルコを乗せたまま、つい先ほど通過した駅前通りのほうへ戻っていく。

 この三人のうち、アデリーナと面識があるのはロドニーひとり。人狼族のロドニーならば、相手が整形していても声、体型、匂いなどで本人かどうか確認できる。マルコはアデリーナと面識もなく、顔写真以外の手掛かりで相手を特定することができない。それに、このような歓楽街もまったくの未経験。同行させて王子とバレたら面倒だからと、待機を指示されてしまった。

 駅前通りに馬車を停め、デニスは御者席を降りた。そして車中に移動し、仏頂面のマルコを見て激しく吹き出す。

「いやいや、マルコさん! 置いていかれたからって、そんなに拗ねないでくださいよ」

「拗ねてなんかいません!」

「じゃあ、どうしてご機嫌麗しくないんでしょう?」

「……ちょっと、興味があったもので……」

「イメクラに? そんなに期待するほどのモノではないと思いますけど……」

「普通、ここまで来たら本物を見てみたいと思いませんか? 思いますよね?」

「はい、思います。思いますけども、それにしてもこの辺のお店はお勧めしませんよ? 店先の指名写真、どれもみんなすっごい美人ばっかりじゃないですか? あれ、全部フェイクですから。どの子指名しても、『すみませんねー、他のお客さんが先に指名しちゃったんですよー』なぁんて言って断られて、代わりにおばちゃんが出てきます。うちのお母さんくらいの年の人が」

「えっ!? お母さんくらい!?」

「ええ、これってけっこう有名ですよ? セントラルのほうで指名が取れなくなった四十過ぎの風俗嬢が、この辺の激安風俗に流れてくるって」

「あの……まあ、年齢はともかく、写真と別人が出てくるというのは……それは詐欺なのでは……」

「はい。見事に詐欺です。でも、風俗に行って思ったような子が出てこなかったからって、堂々と訴えるわけにもいきませんしね。みんな泣く泣く、ベテラン風俗嬢の凄腕サービスで筆下ろしされちゃうんですよねぇ……」

「ということは……されちゃったのですか」

「されちゃったんですよ」

「凄腕ですか」

「そりゃあもう、年季が違いますから」

「それはそれで、ものすごい人生経験ですね……」

「あの日の辛い体験が、自分を強くしてくれました。今はむしろ感謝しています」

 まるでスポーツ選手が試合後のインタビューに答えるような口調で、どうしようもないダメ人間話を感動的に締めくくってみせる。今や騎士団本部が誇る『キング・オブ・チャラ男』になり上がったデニスのトークに乗せられて、マルコはいつの間にか、仏頂面を保つことも忘れていた。

「それよりマルコさん! 僕、ものすごく気になってることがあるんですけど、ズバッとお聞きしてもよろしいでしょうか!?」

「はい、なんでしょう!?」

「貴族って、使用人に丸聞こえ状態で致しちゃうって本当ですか?」

「致す……ことになりますね、屋敷の構造上……」

 さほど大きくもない声でメイドを呼べば、数秒後には「御呼びでしょうか」と現れるのだ。そのための待機部屋が寝室の隣に設けられている。最中の声も物音も、聞こえていないはずがない。

「その状態が普通なわけですよね? 別に、第三者に見られてるほうが興奮するとか、そういう性癖でなくても」

「ええ……いや、その、なんというか……よく考えたら、貴族の夜の営みとは……」

 ロドニーのように不特定多数といつでもどこでもお楽しみになってしまう趣味はないが、マルコもこれまでに数回、パーティーで会話が弾んで、結局そのままベッドまで、という経験がある。そのすべてが招待された屋敷内で、自分か、相手か、いずれかの宿泊する部屋でのことであったが――。

(ああ、どうしよう……うちの執事と彼女の執事が、待機部屋で苦笑しているさまが目に浮かぶ……)


 いやいやどうもすみません、うちの坊ちゃまが。

 いえいえこちらこそすみません、うちのお嬢様が。


 そんな生温い挨拶が、目に浮かびすぎてつらい。

「あれ? どうしたんです、マルコさん?」

「いえ、その……少々、若気の至りについて考えてしまいまして……」

 慙愧に堪えないとは、まさにこのことだ。酔った勢いで盛り上がり、そのまま眠って、目が覚めたときには脱ぎ散らかした衣類は片づけられていた。寝静まるまで待って、それから執事らがお坊ちゃまとお嬢様の御乱行の後始末をつけていたのだ。そしてそれを『何もなかったこと』として、いつも通りの態度を貫いてくれた。

 翌朝、何の疑問も持たずに洗濯済みの衣服に袖を通していたあの日の自分に、全力で平手打ちを食らわせたい。

(言われるまで気が付かないとは……駄目だ。貴族の常識が、なにかとんでもない欠陥品に思えてきた……)

 特務部隊に異動して以来、ロドニー、デニス、ゴヤらの直球すぎる物言いに、何かと気付かされることが多い。自分がいかに『貴族専用の特別待遇』で生かされてきたか、自覚するたびに顔から火が出る思いだ。

 両手で顔を押さえてうつむいてしまったマルコに、デニスは優しく声を掛ける。

「大丈夫ですよぉ。庶民だって、こっそりやってたつもりでも、お母さんにバレバレだったりしますから~」

「そ、そうですか……お母さんに……」

 これっぽっちも大丈夫ではないのだが、なんとなく励まされてしまったマルコである。

 そんなどうしようもない話をしつつ、ロドニーを待つこと十数分。朝から降り続いていた雨は、次第に勢いを増してきた。馬車をたたく雨音の強さに、二人は思わず外を見る。

「うわー、すごい雨だなぁ……」

「ええ。ここまで降ってくると、さすがに誰も通りませんね」

 駅前通りにもかかわらず、道を行く人影はない。駅舎の庇の下に数人、外に出られず立ち尽くす人がいる程度だ。

 雨の勢いはなおも増していくばかり。いくら雨季とはいえ、スフィアシティのあたりでこれほど強い雨が降ることはない。

(……まさか、本当に……?)

 青龍は水をつかさどる神。玄武からはそう聞かされている。玄武は騎士団本部で留守番中だが、マルコと玄武は人の目には見えない、運命の糸のようなもので繋がっている。以前『お菓子の国』で窮地を救ってくれたように、その糸を辿れば、マルコのところに瞬間移動ができるらしい。


 『糸』の気配に気づき、青龍がこちらに、何らかの合図を送っているのだろうか。


 あまりにも強すぎる雨音の中、マルコはしばし逡巡し、それから意を決し、デニスに自分の思いを話した。

 玄武には兄弟がいて、その身体的特徴とこの町の地形が一致していること。青龍の能力は水を操ること。自分と玄武は、物理的な距離に関係なく『糸』で繋がっていること。それらを念頭に置いて考えると、この雨も『ただの雨』とは思えないということ。

 ただの送迎ドライバーには理解の理の字もかすらないスピリチュアルトークだが、デニスは別だ。彼には死者や神的存在を視る霊的能力があり、これまでにも、いくつもの現場で特務部隊をサポートしてきた。玄武が神獣であることも、造成地にデカラビアという神的存在が出現したことも、彼はすべて知っている。

 デニスはマルコの話を真剣な面持ちで聞き、窓の外に目をやった。

「実は僕も、ちょっとあり得ないことを考えていました。この雨は何か、人知の及ばない現象の一部なんじゃないか、と……」

「言葉では言い表しづらいのですが、私はこの町に入ったあたりから、不思議な気配を感じていまして……」

「分かります。ありますよね、変な気配……」

 先ほどから二人の背中には、原因不明の妙な悪寒が走っている。寒くも無いのに鳥肌立つ、不思議な皮膚感覚。どこにも何もいないのに、すぐ傍に、何かがいるような気配を感じる。それはいつの間にか異世界に迷い込んでしまったような、曰く言い難い空気の変化だった。

 マルコとデニスは、険しい顔で頷き合う。

「マルコさん。まだ何も起こってませんけど、一応、本部に連絡を入れてみては? これ、ちょっと異常な雨量ですし」

「そうですね。副隊長に連絡しておきましょう」

 マルコは通信機を取り出し、グレナシンに掛けた。

 しかし、つながらない。団長室や総務部の番号にもかけてみたが、どこにもつながることはなかった。

「……おかしいですね……リバーフロントエリアは、まだ中央の電波圏内ですよね?」

「はい。スフィアシティは山間部を除くほぼ全域で、電波式通信機が使えるはずです。ええと……ほら、駅の向こう。あの鉄塔が電波塔ですよ」

 雨に霞んで朧気ではあるが、確かに電波塔らしき構造物が見て取れる。目視可能な距離に電波塔があるなら、これは『圏外』ではなく、大雨による電波障害であると思われた。

 けれどもマルコは、通信機に耳を当てたまま小首をかしげている。

「どうかしたんですか?」

「それが……電波障害ならば、たいていはノイズが聞こえてくるものなのに……この音、ノイズとも、呼び出し音とも違いますよね……?」

 マルコに手渡された通信機に耳を当て、デニスも顔をしかめる。

「……はい。確かにこれはノイズでは……もしかして、波の音じゃないですか?」

「やはり、そう聞こえますか?」

「ええ、絶対にこれ、波の音ですよ」

「どこにもつながっていないのに、波の音だなんて……怪しすぎますね。このまましばらく、様子を見ましょう……」

 マルコは返された通信機をオフにして、ポケットに仕舞う。

 電波塔までの距離、わずか五百メートル。それでも電波が届かないのなら、この道具は使えないものと思って行動したほうが良い。無駄なバッテリー消費を抑えるためにも、電源を落としておこうと判断したのだが――。

「マルコさん、ちょっと待ってください! 波の音が聞こえるということは、ひょっとして今の通信、『どこか』に通じていたんじゃありませんか?」

「……『どこか』……ですか?」

「はい。どこに掛けても、その音がするんですよね? 呼び出す番号に関係なく、必ずその波の音の場所に通じているとしたら……」

「!」

 マルコは、デニスが言いたいことを正確に理解した。


 『なにか』の現象の中、『どこか』に通じる通信。

 通じているのならば、『だれか』が答えてくれるのではないか。


「……やってみましょう……」

 マルコはもう一度、グレナシンの番号を押した。

 呼び出し音はない。プツッ、プツッ、といういつも通りの機械音の後、先ほど同様に波音が聞こえてくる。

 浜辺に打ち寄せる穏やかな波音。その音だけで青く澄んだ大海原が思い浮かべられるような、非常に奇妙な音だった。

 マルコはひとつ深呼吸して、この怪しい波音に問いかける。

「もしもし? 聞こえますか? もしもこの通信がどなたかに通じているのであれば、どうかお答えください。もしもし? 聞こえますか?」

 一音ずつゆっくりと、はっきり発音する。

 十秒ほど待って、もう一度問いかけようとしたときだ。

 かすかに――本当にかすかに、息を吞む気配を感じた。

「どなたかいらっしゃるのですか? お願いです、返事をしてください。私の名前はマルコ・ファレル。今、スフィアシティからかけています。……もしもし? 聞こえますか? この通信は、いったいどこの、どなたに通じているのですか?」

 スピーカーから聞こえてくるのは波の音ばかり。それでも、相手はこちらの声に耳を澄ませているように思える。

 マルコは根気強く続けた。丸三分は呼びかけを続けただろうか。その結果、マルコはついに『未知の存在』とのコンタクトに成功する。

「……本当に?」

 か細い声だった。変声期前の少年とも、若い女性とも思える中性的な声音。その声の主は、怯えた様子で続ける。

「本当に、私に話しかけているのか? 私は、ここから一歩も出ておらぬのに……」

「はい。私は、貴方とお話ししています。私は王立騎士団のマルコ・ファレルです。貴方のお名前をお教え願えますか?」

「名前は……手放してしまった。ここには誰もいない。呼ぶ者がいなければ、名前は意味を成さぬから……」

「お名前が無いのですか? では、質問を変えます。貴方は、玄武という名の、亀のような生き物をご存知ですか?」

「玄武? ああ、知っておるよ。知らぬはずがなかろう。あれは私の兄弟だ」

「ご兄弟? ということは、貴方は青龍ですか?」

「いや……確かにかつては、そう呼ばれていた。しかし、もうその名は呼ばないでおくれ。それは、今は私のものでは無いのだ。よく似た姿の者たちに譲ってしまった」

「よく似た姿の者、と言われますと、私たちネーディルランド国民にとって、ブルードラゴンといえば水竜アクオドラスの事を指しますが……」

「ああ……アクオドラス。確かに、そのような種であった。彼らは私と同じく、水を統べる者たちだった。この世を素晴らしいものにしようと努力していたのに……炎の竜に滅ぼされてしまった。とても悲しい」

「お名前を譲られてから、貴方はずっとお一人で? ブルードラゴンが絶滅したのは、三千年以上昔のことと聞き及んでおりますが?」

「三千? もう、そんなに月日が巡ってしまったのか? ここは静かで、時の流れがよくわからぬ」

「貴方がいらっしゃるのは、いったいどこなのでしょう? 三千年もの間、誰とも接触せずに過ごせる場所などそうはないと思いますが……?」

「おいで。見せてやろう。ここはとても素敵な場所だ……」

 その声が聞こえた直後、マルコは何かに手を掴まれた。


 白くて細い、子供のような手。

 何もない空中から唐突に現れ、膝の上に置かれたマルコの手を、きつく握っている。


 マルコとデニスは確かにそれを見た。しかし、自分の目で見ているものが信じられず、互いに確認しようと視線を交錯させ――次の瞬間には、マルコの姿は消えていた。

「……え? い、いや……ちょっと……嘘……ですよね……?」

 デニスは呆然と、誰もいなくなった車内に視線をさまよわせる。

 座席に残るのは、マルコが持っていた通信機のみ。恐る恐る拾い上げてみるが、もう通話は切れていた。耳に当てて確かめてみても、波の音はしない。

 デニスは、掛け慣れたベイカーの番号を押す。

 二度ほどコールしたところで、ベイカーにつながった。

「すまないマルコ、任務に関する連絡なら副隊長のほうに掛け直してくれ。こっちはこれから慰霊碑の序幕式が……」

「ベイカー隊長、デニスです。マルコさんが消えました」

「なに? どういうことだ?」

「実は……」

 事情を聴いたベイカーは、通信機の向こうで沈黙した。

 青龍の居場所は探していたが、まさかこれほどすぐに、あちらから接触してくるとは思っていなかった。近くにロドニーさえいなければ、いくらでも対処法が浮かぶのだが――。

「まずいな……ロドニーが店に入ってから、何分だ?」

「二十分ほどです。店の基本プレイタイムは三十分なので、あと十分は戻ってこないかと……」

「あいつのことだから、確認するだけと言いつつ、しっかり楽しんでくるはずだからな。あと十分……たったの十分で解決しろって? いや、どう考えても不可能だ……」

「ハドソンさんに気付かれたら、何もかも台無しですよ」

「ああ……あいつに知られることなく、事態を収拾せねば……」

 ベイカーはまたも沈黙する。だが、ただ黙っているわけではない。彼は今、自分の内に宿る神、タケミカヅチと対話中である。デニスにもそれは分かっている。デニスのほうも、ホーとオーという締まりのない名前の鳥が大騒ぎしている真っ最中だ。

 双方、脳内でごちゃごちゃとうるさい『カミサマ』を黙らせ、自分の意見を提示し合う。

「ここはひとまず、本部に帰還したほうが良いのでは?」

「そうだな。マルコは別の現場からの応援要請に応じたことにしよう。デニス、お前が現場に送ったことにしろ」

「了解です。ハドソンさんへの連絡は?」

「必要ない。待ち合わせ場所にいなかったら、向こうから通信を入れてくるだろう」

「僕の端末に来た場合、なんて答えましょう?」

「では……カバラ家のお嬢様がいつものトラブルを起こしたことにしておけ」

「あ、はい、いつものですね。分かりました」

 いつもの、と聞いただけで、デニスの顔から表情が消える。

 カバラ家のお嬢様は、どこに行っても目についたもの、気に入ったものをすぐに自分のものにしようとする。誰かのために作られたハンドメイドの一点物や家族の形見の品など、金では買えない品まで庶民から奪い取り、大変な騒動を巻き起こすのだ。その都度出動している特務と車両管理部では、「いつもの」と言うだけで大方の事情が通じるようになってしまった。

 あの面倒臭い仲裁任務に比べたら、カミサマの一柱や二柱、何の苦もなく仲間に引き込める。

 ベイカーとデニスは、同時に同じことを考えていた。

「では、一度本部に帰還します」

「副隊長と『裏方』には俺から連絡を入れておく。お前はまっすぐ旧本部に向かえ」

「はい、よろしくお願いします。失礼します」

 通信を切り、デニスは溜息を吐いた。

「あー……ホーちゃん? オーちゃん? これってやっぱり、ハドソンさんが近くにいるせいなのかな……?」

 誰もいない車内に問いかけると、どこからともなく、二羽の鳥が飛来した。

 黄金に輝く鳥はデニスの両肩に止まり、言葉を覚えたインコのような、どこか舌っ足らずな口調で答える。

「ホーちゃん、ちょっと違うと思うナァ~?」

「オーちゃんモ、少し違うと思うヨォ~?」

「違うって、どこが?」

「あの人狼ハ、玄武が眠っていた造成地の近くを通ったことがあるヨ? でもそのときハ、何も起こらなかっタ」

「この場所に来たのモ、初めてじゃないデショ?」

「人狼一人でハ、玄武と青龍には出会えなかっタ」

「きっト、王子が一緒だったセイ」

「マルコさんのせい? でも、あの人は『ただの人間』だよね?」

「うン、今ハ」

「そウ、今ハ」

「今はって、どういうこと?」

「どこの世界を探してモ、本当の意味で、『ただの人間』なんていなイ」

「みんな何かノ、孵化を待つ卵」

「つまり君たちにも、マルコさんが何者になるかはわかりません、ってことかな?」

「うン、まだネ」

「そウ、まだまだこれカラ。でモ、それが何かは分からなイ」

「んも~、ホント君たちって、当てにならない神様だよな~」

「鳳凰ハ、興亡の予兆ナリ。力と知恵、きっかけだけは与えよウ」

「予兆を活かすも殺すモ、天啓を得たヒトの行動次第」

「努力しない者、やめた者、忘れた者ニ、我らの声は届かなイ」

「オーちゃん、デニス大好キ。だかラ、前を見テ。ホーちゃんとオーちゃんの声を聞いテ、ずっとずっト、歩み続けてネ。方向性は自由だカラ」

「いつも思うんだけど、その『方向性は自由』って……?」

「言っただろウ? 興亡の予兆なんだヨ」

「今を良くするのモ、一度滅ぼしてやり直すのも自由ってことだヨ」

「与えるものハ、君個人の努力に対する加護ダ」

「努力さえしていれバ、目的はなんだって構わないヨ」

「その結果がどうなろうと知らン」

「生きるも死ぬも勝手にどうゾ」

「……ひょっとしなくても君たち、神様業界きっての無責任キャラだったりする?」

「よく言われル。『無責任』というあだ名も悪くなイ」

「でも他人にハ、『自己責任』って言葉使うの大好きだけどネ?」

「うっわー、わりと最悪な性格じゃない? ソレ……」

 自分を守護する神は、良くも悪くも、個人の意思を尊重してくれるらしい。それも『自己責任を伴う自由』を推奨してくるとは、ずいぶんと人権意識の高いピヨさんズである。

 そんな金色の鳥たちは、デニスの顔の両側からスリスリと体を擦り付けてくる。いまさらこんなに可愛らしい甘え方をされても、腹黒さは誤魔化しようが無いのだが。

 両頬に感じるもふもふとした温もりを味わいながら、デニスは騎士団本部へと帰還した。


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