そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.0 < chapter.17 >
結局、特務部隊が撤収できたのは翌週の事だった。
もちろん数名ずつ交代制で活動していたが、イレギュラーな活動が一週間も続いたのだ。誰もが肉体疲労以上に精神的な疲労を感じていた。
久しぶりにオフィスに揃った隊員たちに、ベイカーは改めて、この一週間の労をねぎらう。
「皆のおかげで、ようやく事後処理を終えることができた。この一週間、よく頑張ってくれたな。巨大怪獣の正体はつかめなかったが、死者が一人も出なかったのは不幸中の幸いだ。特に、救助活動に尽力したグレナシン副隊長、マルコ、ロドニーの三人にはスフィア市長から感謝状が贈られることとなった。三人に拍手!」
オフィスに拍手の音が響く。
事情を知らない隊員は、この件を『謎の巨大生物』によって引き起こされた自然災害だと思っている。今もオフィス内をのこのこと歩き回るみんなのペット、『カメのゲンちゃん』の同族の仕業とは思ってもいない。
「えー、それで、実はみんなに、新たな仲間を紹介したい! あの現場でマルコが保護した希少生物だ。マルコ!」
「はい!」
マルコは、自分のデスクの下に隠しておいた水槽を持ち上げた。中にいるのは体長五センチにも満たない、金魚のような魚である。ただし、色は青い。
「なんだこれ? 見たことが無い魚だな」
「金魚の変種か?」
キールとハンクが興味津々でのぞき込むと、魚は水草の陰に隠れてしまった。
「あ、逃げた……」
「ハンクの顔が怖かったんだろうな」
「え、俺のせいか!?」
いつも通り、キールはごく自然にすべての責任をハンクに押し付けた。そんな二人を微笑ましく見つめて、ベイカーは飼育上の注意を告げる。
「この魚は水槽内の藻などを食べて育つ。だから基本的にエサやりは不要だ。くれぐれも、パンくずやスナック菓子をやらないように! 水が汚れて死んでしまうからな! 特にレイン! 指を突っ込んだりするなよ! 魚が驚く!」
そう言われた瞬間、レインは水槽に近づけていた人差し指をサッと引っ込めた。これには誰もが吹き出さずにいられない。
「んも~、レインちゃんったら~」
「やると思ったぜ」
「隊長~! この子名前あるんスかぁ?」
「ああ、マルコが付けた。な?」
「はい。『サラ』といいます」
「へ~、サラちゃんッスか~。俺ゴヤッチだよ~! よろしくッス、サラちゃ~ん」
ゴヤが話しかけると、サラは水草から出てきてお辞儀するような動作を見せ、それからまた、水草の陰に戻ってしまった。
「なあハンク……今、この魚お辞儀してなかったか?」
「まさか。偶然だろ? キール、お前どんだけメルヘンなんだ?」
「いや、だって、今確かに……」
「気のせいじゃねえか? な、ゴヤ」
「そーッスね! たぶん気のせいッス!」
「えーっ! 嘘だろー? だって本当に……おいレイン、お前、見てたよな? な?」
「出たー! 困るとすぐにレインに同意求めるやーつ!」
「あぁ? おいコラ犬っころ、それ言ったらお前だってすぐに『な、ゴヤ』とか言い出すじゃないか?」
「今のはたまたまだっつーの! 俺そんなに言ってねーって! な、ゴヤ!」
「いや先輩、今メッチャ言ってるッスよ!?」
「え、ウッソマジでっ!? 俺言った?」
「無意識!?」
ロドニーとゴヤのいつものやり取り。それを見て笑うことで、キールは、抱きかけたわずかな違和感から関心を逸らされた。
計算ずくか、無自覚か。マルコは心の内でロドニーに礼を言う。
その心の声を聞きつけて、玄武が話しかけてくる。
(ねえマルコ、どうしてサラは、ただのお魚さんになってるの? みんなにはカミサマだって内緒なの? ボクのことは、ちゃんと『カミサマ』って紹介してくれたじゃない)
この問いに、マルコは軽く肩をすくめた。
(サラ本人の希望です。彼女はしばらく、カミサマをお休みしたいそうなので……)
(なんで? ボクと一緒に、マルコにくっついてればいいのに!)
(あ、いえ、それは……)
マルコは口ごもる。
サラも、水槽の中で困ったように首を傾げていた。
(なに? どうしたの? なにかあったの?)
(ええ、その……私もサラも、そのつもりだったのですが、私には神を二柱、同時に受け入れるだけのキャパシティが無かったようで……)
(……え? じゃあ、もしかして……)
(はい。『神』として力を使う必要があるときは、ゲンちゃんと交替してもらうことになります。それ以外の時は、カミサマはお休みです。こうして『普通の魚』として、水槽の中で……)
(えーっ! そんなぁ! やだよそんなの! ねえマルコ! ボク、サラといっぱい遊びたい! マルコが頑張ってパワーアップしてよぉ~っ!)
(そ、そう言われましても、一体どうしたら良いものか……)
(筋トレ! 走り込み! あとはそうだなぁ~……お肉いっぱい食べて!)
(ぶ……物理強化で良いのですか!?)
その程度の努力ならばいくらでもやってみせると、マルコは玄武に約束した。
決意とやる気に満ち溢れた顔のマルコに、玄武はそっと寄り添う。
玄武は確信していた。
マルコは必ず、『何か』に化ける。
マルコはただの人間だ。神の器として創られた特別な存在ではない。それなのに彼は神の姿を見て、神の声を聞いている。そして自身が発した『言霊』の力で、玄武とサラ、二柱の神を実体化させているのだ。
確かに今はこの程度。玄武もサラも、ただの動物同然である。だが、こんなものでは無いはずだ。この青年にはもっと強大な、他の『器』たちなど比較にならない、恐るべき能力が眠っているに違いない。
玄武はその力を引き出したいと思っていた。その力さえあれば、玄武は親友を――オオカミナオシを、悪夢のような破局的運命から救い出せると信じているのだ。
(ねえねえ、マ~ルコ! 頑張ってね! ボクはいつだって、マルコの味方だよ!)
マルコは笑って玄武を抱き上げる。
(ありがとうございます)
ふわりと微笑むマルコ。神のみが感じる『心の温度』は、今日も最高に心地好い『春の日だまり』だった。
玄武は目を細めて、その身をマルコに委ねた。




