そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.0 < chapter.14 >
ほんの一瞬のブラックアウト。ハッとして目を開けたときには、ベイカーは『いつもの夢』に落ちていた。
高いアーチ天井、白大理石の床。薔薇窓から差し込む、色とりどりの光。
自分が小人にでもなったかのように錯覚する、広大すぎる屋内空間。
神殿のように荘厳で、教会のように静謐で、それなのにどこにも、なんの偶像もモニュメントもない。
これは青龍の精神世界と同種のもの。ただし、創り出しているのは白虎でもタケミカヅチでもない。
「……またここに落ちたのか……!」
視線を落とせば、自分の身体は子供のころに戻っていた。けれどもベイカーはうろたえない。理由は分かっている。これはこの世界を創っている神の性癖なのだ。
タケミカヅチは軍神。夢をつかさどる神が睡眠中のベイカーに手を出していても、そこからベイカーを救い出す能力は持ち合わせていない。
「くっ……今はそれどころではないというのに……っ!」
いつもとまったく同じ夢。
だからこそわかる。自分はここから逃げねばならない。
全力で駆けだし、出口を目指す。
しかし、やはりいつも通りだ。
足音もなく、それは自分の背後に迫る。
「力が欲しいのか? 欲しいんだろう? それならどうして俺を呼ばない?」
いつもと同じセリフ。
自分はそれに答えない。
何と答えたところで、相手の反応は変わらないからだ。
「可愛がってやるよ、タケミカヅチ以上にな。夢の中では、俺がお前のご主人様だ」
大きな手に、頭を鷲掴みにされる。
強引に引き倒され、背中から床に叩きつけられ――抵抗する間もなく、衣服が剥ぎ取られていく。
自分に馬乗りになる醜悪な顔の大男。恐ろしさに声すら上げられず、ただ、されるがままに犯される。
視界に映る自分の手足は、細く弱々しい少年のものである。全力で抵抗したところで、こんな大男にはかなわない。どんなにひどいことをされても、自分を守る力はない。泣き叫んでも誰にも届かないし、正義の味方は現れない。
夜ごと振るわれる理不尽な暴力。それは誰に相談することも憚られる、『夢の中でのレイプ被害』であった。
精神疾患と思われるだろうか。
それとも、欲求不満で妙な妄想を始めたと言われるだろうか。
男が男に犯されたなんて、変態扱いされるのではないだろうか。
これまでずっと、誰にも、何も相談できないまま一人で苦しんだ。
しかし、今は本当にそれどころではない。こんなところで粗末なモノを突っ込まれている間にも、闇堕ちした白虎は暴威を振るい続けていることだろう。
「く……そ……っ! この……この……っ!!」
同じ夢ばかり見るうちに、色々と冷静に考えられるようになった。度胸がついたのか、心が擦れてしまったのか。恐怖は次第に薄れていって、心を占める感情は、今や嫌悪や軽蔑に挿げ変わっている。
そして今、この瞬間。自分の中で、ついに何かが吹っ切れた。細かい問題はどうでもよくなり、ただ文句を言ってやりたくなった。
ベイカーはぐっと歯を食いしばり、これまで溜め込んでいた怒りをぶちまける。
「おい貴様っ! もういい加減飽きたから言ってやる! セリフがワンパターンすぎて芸が無い! 前戯がマンネリ化していてつまらん! 揺れる腹肉が無様! ヤッてる最中のアヘ顔がキモい! 汗臭い風呂入れ! 体格のわりに細いし短い! フィニッシュ早すぎ! 下手糞! イクときの声が妙に甲高くて笑える! 鼻毛出てる! というかそもそも、腕力で子供を押し倒して偉そうにしてるなんて、大人として恥ずかしくないのか!? ああっ!? 何とか答えてみろこの糞野郎がっ!!」
子供に意見されるとは思ってもなかったらしい。男はひどく動揺した顔で、情けなくしおれたイチモツを隠しながら、片足を引きずるように走り去っていった。
「……クソ。こんなにあっさり撃退できるなら、もっと早く言ってやるんだったな……」
引き千切られた衣服を拾い集め、どうにか身に着け立ち上がる。
ここが『神の世界』であることは知っているが、抜け出し方は分からない。あの男が仕返しにやって来る前に、とにかくここから移動したほうが良いだろう。
ベイカーは男が逃げて行った方向とは真逆の、どこまでも続く廊下を小走りに駆けていく。
「気絶した拍子に引きずり込まれるとは……しかし、体が小さいと思うように動けんな……」
いつも通りの足運びで走っているつもりなのだが、非常に遅い。筋力が無いせいか、歩幅も小さいし、すぐに息が切れてしまう。
やむを得ず立ち止まり、物陰に身を隠す。と、そこでベイカーは予想外の光景を目の当たりにした。
柱の陰に、自分と同じような身なりの青年が倒れている。
引きちぎられた衣服で身を覆い、力なく蹲ったまま肩を震わせている。
「え……あの……?」
見つけた瞬間は人間だと思った。しかし、よく見れば違う。
「……あなたは……神……ですか?」
青年は答えない。代わりに聞こえてきたのは嗚咽だ。それまで声を殺して泣いていた彼は、堰を切ったように、声をあげて泣き始めた。何を尋ねようにも、彼は泣いているばかり。困り果てたベイカーは天を仰ぎ、そこで気付いた。
よく見れば、建物のあちこちに戦闘の痕跡がある。
石材や漆喰に残る剣や槍の傷跡。人間のものとは明らかに異なる『色褪せない血痕』は、ここで神々の戦いが行われたことを示唆している。
「……なんだ、ここは……ただの夢ではないのか……?」
何か別の目的のために紡がれた『夢』を、自分や、目の前にいるこの神を捕らえるために流用しているのだろうか。
もっとよく調べようと、ベイカーが柱の陰から出ようとした時だ。
青年がベイカーの手を掴んだ。
「……ごめん。ごめんね。僕は神なのに。ずっと前からここに居たのに。これまでずっと、君を助けられずにいた……」
「いや……あの程度の糞野郎に文句の一つも言えなかったのは、俺の心が弱かったせいだ。貴方が謝ることじゃない」
「……君の名前は……?」
「サイト・ベイカー。貴方は?」
ベイカーの問いに、青年は静かに顔を上げた。
「……え? タケミカヅチ……?」
「ううん、違う。僕はミカハヤヒ。タケミカヅチは、三つ子の末っ子だよ」
「三つ子の? 兄弟がいるなんて、初耳だが……?」
「サイト君。君はタケミカヅチの『器』だろう? それなら、兄弟神の僕とも繋がることができるはずだ。お願いだ。僕を外に連れて行ってくれ。もう、こんなところには居たくない」
「あ、ああ。それは別に構わない。しかし、まず脱出法が分からないのだが……」
「夢から抜け出す方法なら分かっている。目を覚ますこと。ただそれだけだよ。でも、僕らは『器』を持っていない。目覚める肉体が無いから、いつまでたってもこの夢から逃げられずにいたんだ」
「肉体が無い……ということは、貴方の『器』は……?」
「戦争で死んだ。僕らは騙されたんだ。戦争に負けて、『器』や信徒を失って弱り果てていたところを、あの神に。自分の神殿で匿ってやるって、優しく声をかけてくれたから……信じてついてきたら、ここだったんだ……」
「その……さっきから気になっているんだが……『僕ら』ということは、他にも?」
ベイカーがそう問いかけると、ミカハヤヒは隣の柱に視線を移した。
つられてそちらを見て、ベイカーはギョッとした。
「お願いします、どうか、私も……」
「外に……もう一度外に出られるの……?」
「助けて、お願い。私も外に……」
ベイカーは油の切れた機械のように、ギギギと振り向く。
「……これ全員、騙されて連れ込まれたのか?」
ミカハヤヒはこくんと頷く。
柱の陰から恐る恐る顔をのぞかせる神々。女神も男神も、半神半獣の神的存在もいた。誰もが性的暴行を受けたその姿のまま、すがるような目でこちらを見ている。
その数、パッと見ただけで十人以上。この時ばかりは、ベイカーもオカマ副隊長の口癖を真似せざるを得なかった。
「はぁ~っ?!」
リアクションがキレ気味になってしまった最大の理由は、被害者たちの顔と体である。誰一人として並み以下がいない。超が付くほどの美男美女で、なおかつ目を見張るような魅惑的なボディラインの神ばかりが被害に遭っていたらしい。
「……ミカハヤヒ? いまさらだが、もうちょっと、よぉ~く顔を見せてもらえないか?」
ミカハヤヒはそう言われて、「ん?」と首を傾げながら髪をかきあげた。
イケメンである。
泣きはらした後でコンディションが最悪な状態であるにもかかわらず、はっきりと「イケメンである」と断言できる顔だった。
「うん! なるほど! よくわかった! よし! 全員外に連れて行こう! ただし、一つ条件がある! 今、外では闇落ちした白虎が大暴れしている。俺はそれと戦わねばならない。全員、俺に協力してくれ!」
『役割』が無ければ神は堕ちてしまう。それは彼ら自身も理解していたのだろう。神々は一も二もなく快諾した。




