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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.0 < chapter.12 >

 現実空間へと戻ったグレナシンは、ありえないモノを目撃していた。

「ちょっと……ちょっとちょっと、ちょっとぉ~ん! 何なのよあれ!」

 月よりも、星よりも、夜空に存在する何よりも明るく輝くマリンブルーの光。流星ではない。それはスフィアシティのはるか上空を、くるくると軽やかに飛び回っている。あまりの速度と眩しさに残像が尾を引き、まるで自由に跳ね回る彗星のようだ。

「え……副隊長、あれ、ひょっとして青龍なんじゃ……」

「嘘よ~! いくらなんでも、青龍にしてはちっちゃすぎぃ~!」

「でも青いし……あ! マルコ!」

 人気のない路地に止めた馬車に、マルコが駆け寄ってきた。その腕には、なぜか玄武が抱かれている。

「おいマルコ! お前どこにいたんだよ! 心配したんだぜ!?」

「御心配頂きましてありがとうございます! 申し訳ありませんロドニーさん! 少し副隊長とお話しさせてください!」

「あら、なに? アタシをご指名?」

「はい! 副隊長! 玄武から、副隊長がツクヨミという神の『器』であると伺いました! 教えてください! 私はいったい、どうしたらよいのでしょう!? 神に名前を付けて、卵を孵化させてしまったのですが!」

「はあぁ~っ?」

 オカマ副隊長のどすの利いた「はぁ?」は、特務部隊の誰もがひるむ最強の威嚇である。しかし今のマルコは、ひるむどころではない精神状態にあった。ひどく焦燥した様子で続ける。

「卵の中にいたときは会話が成立していたのですが、生まれてみたら、本当にただの赤ん坊のようになっていて……急に泣き出したと思ったら、ああして飛び始めて……」

「え、あれ、ぐずってるの!? んも~、そういう時はちゃんと名前呼びながら抱っこしてあやしてあげなきゃ駄目よぉ~! ほら! 青龍ちゃ~ん! 下りてらっしゃ~い!」

「あ、いえ、副隊長! 彼女はもう青龍ではなく、『サラ』という名前で……」

「サラ? 彼女? やだ! ちょっとマルちゃん! アンタそれどういう意味でつけたのよ!?」

「意味ですか? それは、これからは過去にとらわれず、真っ新な道を歩んでほしいと思い『サラ』と……」

「まっさら!」

 グレナシンとその中にいるツクヨミは、驚愕のあまり目と口を限界まで開けて絶叫した。

「いやあああぁぁぁーっ! アンタなんてことすんのよ! それって完全リセットじゃない! これまでの記憶消しちゃったの!? それに……彼女!? 彼女ですって!? 性別までリセットしちゃったの!?」

「え? あの、でも、彼女は、卵の中でも女性の声でしたし……」

「ごく身近にいる性別不詳男子のこと忘れてんじゃないわよ! うちの隊長と同じよ! 青龍は、ものすごく線が細くて美少女声の『男神』なのよ!?」

「え……えええええぇぇぇぇぇーっ!? 男神って……あの声……あの声で、男性っ!?」

 マルコとグレナシンは同時に空を見た。

 町中の人がサラに気付いて、建物の外に出てきているのだろう。表通りのほうから、なんだなんだと騒ぎ立てる人の声が聞こえてくる。

 ロドニーの中にいるオオカミナオシが、ロドニーの口を借りて意見を述べる。

「ただの人間の言霊では、そこに込められる魔力はたかがしれたものだ。神の性別を完全に書き換えることは不可能だろう。おそらく青龍……いや、サラは……」

 マルコの腕の中の玄武も、短いカメ足をばたつかせながら発言する。

「あのね! サラちゃん、両方だよ! 男の子で女の子なの! ボクとおんなじになったんだよ! 良かった! ボク、弟も妹も両方欲しかったんだぁ♪」

「え? あの、同じ……とは?」

「ボクね、もともと女の子なの。でもマルコ、ボクのこと男の子だと思って名前呼んだでしょ? だからね、ボク、実体化するときに性別が両方になっちゃったの!」

「え……わ、私が原因ですかっ!? そんな! だって! ゲンちゃんはずっと自分のことを『ボク』って……」

「あらやだ、アタシも男の子だと思ってたわ……。ちょっとワンコ! アンタ知ってたの!?」

「ワンコではない。我はオオカミだ」

「細かいこと気にしてんじゃないわよ! 知ってたんでしょ!? なんで言ってくれなかったのよーっ!」

「ただの性別である。気にするほどの問題ではなかろう」

「そこは気にしねえのかよ犬畜生! ああんっ! もう! これだから性別の無い神は……まあいいわ! フタナリちゃんが姉妹で揃うなんて美味しすぎる状況、望んだって手に入らない生活環境よ! 見てなさい! アタシがママとして、二人を立派なカミサマに育て上げて見せるわ!」

「ふ、副隊長がママ!? ママの定義とは、一体……? というか、私が孵化させたのだから、もしや私がパパということに……? パパもママも男性の場合、法的にはどのような解釈に……?」

 自身も実の母以外に養育された身である。マルコの心中は複雑すぎて、自分でも何について悩めばよいのか、頭の整理が追い付かなかった。

「おい、それよりあれ、早く何とかしねえとヤベエんじゃねえか!?」

 体の制御権がロドニーに戻ったらしい。彼はいつも通りの口調と動作で、狼耳をピコピコとそばだてている。

 グレナシンは馬車の通信装置を操作しながら、ロドニーに声を掛けた。

「ロドニーちゃ~ん? 表通りの様子、どんな感じか聞こえるかしら? この無線調子悪いみたいで、全然音声拾えないのよ~。おっかしいわね~。最寄り支部の交通情報くらい入るはずなのに……」

「え~と……あー、表通りのほう、もう相当な騒ぎになってます。個人端末で新聞社とかに連絡してるやつもいますね……」

「うっわ、最悪。ド田舎と違って、けっこうみんな携帯端末持ってんのよね~……」

「あっ! ヤバい! 副隊長! すぐに移動しましょう! 『そこの裏路地に騎士団の馬車がいる』って話してるやつがいます!」

「いやん! バレちゃった!? マルちゃん乗って! ずらかるわよ!」

「え、あの、ですがサラが……」

「別の場所に移動してから呼べばいいでしょ! ほら早く……きゃあっ!?」

 地面が揺れた。

 マルコは反射的に《防御結界》を張る。

 この地震のような不気味な振動は、玄武が丘の下から現れたときとそっくりだった。

「副隊長! 大丈夫ですか!?」

「ん、大丈夫! ちょっとよろけただけよ! ってゆーかもー、いきなり何よー?」

「これ、かなり遠いところで揺れてる感じだよな……?」

「ええ、近くではありませんね」

「あらやだこの気配……白虎じゃない?」

「白虎!? それじゃ、まさか隊長がやられたなんてことは……」

「いいえ。そっちの白虎じゃないわ。だってあれは精神体だけだっただもの。こんな地震が発生するくらいだから……」

 グレナシンが言いかけたとき、無線機から緊急指令が流れてきた。


〈非常事態発生! 非常事態発生!

 こちらはリバーフロント支部、総合指令室!

 リバーフロントエリア内の全騎士団員に告ぐ!

 トリム川競艇場付近に巨大なモンスターが出現した!

 総員、直ちに住民の避難誘導に当たれ!

 現在安全が確認されている避難場所はウェスト駅北口広場。

 イーストグラウンド。

 リバーフロント高校。

 以上三か所のみである!

 繰り返す!

 トリム川競艇場付近に――〉


 トリム川競艇場と聞いた瞬間、デニスは馬車を発進させていた。

 デニスは昼間、マルコから話を聞いた話をもとにアタリをつけていた。彼はプロのドライバーである。地図を読むことには長けている。

 マルコが指摘した青龍の大きさと同じ起伏。それが本当に青龍であるとすれば、同様に『地質学的にあり得ない地形』を見つければ、白虎、あるいはそれ以外の神的存在を発見できるかもしれない。そう考えて中央市近郊の地図を片っ端から調べ上げ、『おかしな地形』を三十以上も見つけてしまったのだ。

 そのうちの一つがトリム川競艇場付近の不自然な川幅だ。

 上流と下流の川幅はいずれも二十メートルほど。周囲の地形はごく普通の『川沿いの平地』である。それなのに競艇場の横で突然川幅が広がり、水深が浅くなる。川底に何か硬い物でも埋まっているのか、等高線地図には大きな円と楕円が描かれている。二つの起伏は、ちょうど四つ足の獣の頭と胴体のような形状であった。

「冗談じゃないわよ……こんな住宅密集地で……」

「よりにもよって、トリム川とは……!」

 グレナシンとマルコも顔を強張らせていた。朝から一度も弱まることなく降り続いた雨。雨自体はサラの孵化と同時に綺麗さっぱり上がってしまったが、これまでに降った雨はすべてトリム川に流れ込んでいる。

 トリム川の名前の由来は『トリミング』。不要な個所を取り除く、という意味の言葉である。トリム川はその名の通り、周囲のありとあらゆるものを押し流し、更地にしてしまう暴れ川だった。近年の治水工事によって氾濫することはなくなったが、水量、流速ともにある第一級河川であることには変わりない。毎年雨期には氾濫危険水位ギリギリまで水位が上がる。

 今は雨期。ただでさえ増水しているトリム川に、今日一日でどれだけの雨水が流れ込んだだろう。そしてその川底をぶち破って、白虎が目覚めたというのなら――。

 デニスは鳳凰の『神の眼』を使い、人のいない小道を的確に選んで馬車を進める。恐ろしい速度で狭い路地を暴走しているが、さすがに今はマルコも道交法を口にすることはなかった。彼らの予想が正しければ、競艇場付近は今、道交法を遵守するどころではない大惨事に見舞われているはずである。


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