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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.0 < chapter.11 >

 ロドニーらの脱出を見届けた途端、麒麟と白虎は戦いをやめた。

 あれだけ激しく崩れ落ちていた卵殻もピタリと落下を止め、さも正常な姿であるかのように空中に静止する。

 ベイカーは麒麟を体内に戻し、白虎と向かい合った。

「ご指名有難うございます。魔法少女イメクラ☆Whiteのサイト・ベイカーでございます」

「魔法少女?」

「お気になさらず。現代風のジョークですから。適当に聞き流してください」

「そうなのかい? いや、いきなり攻撃して済まなかった。ぜひ、君と二人きりで話がしたいと思ってね。怒りに我を忘れているフリでもしなければ、オオカミナオシは追い払えないと思ったんだ。あれが近くにいると、まとまる話もまとまらなくなるからね……」

 戦闘開始時、白虎はベイカーのみに聞こえるよう『心の声』を送ってきた。


「これは芝居だ。危害を与えるつもりはない。少し私と話をしないか?」


 その呼びかけに、ベイカーとタケミカヅチはうまく応えてみせた。

 可愛らしく小首を傾げ、白虎に問う。

「御用件は何でしょう?」

「私がこちらに流された、その後の時代のことを聞きたい。君が、我々四神の次の世代の神かい?」

「いいえ。すぐ次の世代は麒麟……今、貴方が戦っていた神獣でした。その麒麟も時代の流れとともに情勢にそぐわなくなり……俺の中にいるタケミカヅチのような、新たな時代の神が創られました」

「ではあの神獣は、なぜ君に使役されている? 不要な神は私のように異界送りにされるのではないのか?」

「ええ、本来はそうなる予定でした。ですがその前にタケミカヅチが神獣を襲撃し、その身を食らったのです。そしてそのまま、己の一部としました」

「神が神を食らっただと? そんなことが許されるのか?」

「もちろん禁忌とされています。しかしながら、人類が進化、繁栄し、それぞれ異なる神に守護されるようになり……人間同士、神同士の闘争も激化しました。食料や資源の量に対し、人口が増えすぎたのです。どこの神も己の信徒を守るため、なりふり構っていられない状況でした」

「……では、他の神々も食らい合うようになったと?」

「はい。地球の各所で神と神とが食らい合う、マッドパーティー状態でした。あの光景を目撃せずに済んだ四神は、最高に幸せな神であると断言できます」

「……そうか。我らが地球を離れた後に、そんなことが……。しかし、ならば君は? なぜこちら側にいる? 他の神を食らうほどの力があれば、あちらの世界の覇権は取れただろう?」

「だったら良かったのですが。この程度の力では、もはやあちらの覇権は奪えません。現在の地球は、ほぼ全域が天使たちの統治下にありますよ」

「天使? 彼らは創造主の補佐官では?」

「いいえ。時代の変化に対応し、戦闘に特化した天使も数多く生み出されました。創造主から直接力を得ている彼らに、『地上の神』は対抗手段を持ちません」

「なんと……では、我らが生み出した世界は、もう……?」

「はい。醜い争いに穢れ、森は焼かれ、海は汚染されました。我々大和神族は、まだ何とか持ちこたえていますが……『せかいのおわり』は、もう回避できそうにありません」

「人間たちにもっと恵みを与えれば、争うことも無くなるのでは?」

「残念ですが、もう『地上の神』にそれだけの力はありません。科学文明の進んだ今、心の底から信仰心をささげてくれる人間など、もう数えるほどしか残っていませんから」

「……ヒトという種は、知恵のつけ方を間違えてしまったのか。なんということだ。すべての生命が正しく進化を重ねれば、我らに近しい存在になると信じていたのに……」

「白虎、今度は俺にも質問させてください。貴方はここで、何をされていたのですか?」

 ベイカーの問いに、白虎はゆっくりと首を振る。

「何も。私はただ、青龍を守っていた。それだけだ……」

「ここはいったい、なんです?」

「卵だ。青龍は過去の神格を捨て、新たな神として生まれ直す日を待っていた。一緒に異界に送られた私は、創造主に捨てられたことを嘆くばかりで、未来を信じることなどできなかったというのに……」

 破られた卵の残骸を、白虎は愛おしげに見つめている。

 その目には父のような、母のような、兄弟のような――恋人か、友達のような。人間には計り知れない、とても深い情が宿っていた。

「……貴方は、青龍を愛しておられるのですね?」

「愛? いや、それは……まあ、そうだな。好きだ。きっと、大好きなんだろうな。私は青龍の足元にも及ばない。私には、あれほど広く、澄んだ心は持てない。だから私は、青龍を尊敬していた。その青龍が『未来』を信じるというのなら、私は……私の、残された存在のすべてをかけて、青龍を守り抜こうと思った。そしてその役目は……今、終わってしまったのだ……」

「ならば、貴方はこれからどうなさるおつもりですか?」

「……これから、か……。分からないな。青龍が生まれる日までと思い、かろうじて自己を保ってきたが……もうこれ以上、この世界で生きるだけの気力も目的もない……」

「そうですか。でしたら、遠慮はいりませんね」

 ベイカーはごく普通の口調で言い、自然な仕草で歩み寄る。そしておもむろに手を突き出し――。

「さらばだ白虎。その命、我が剣として使わせてもらおう」

「……え……?」

 白虎の額に、一振りの剣が突き刺さっていた。

 実体を持たない光の剣は、『神』の精神体をゆっくりと吸い取り、呑み込んでいく。

「あ……あぁ……君は……何を……」

「俺が何をしていると思われますか? タケミカヅチの器に過ぎない、知恵のつけ方を間違えた人間風情が」

「これは……この、力は……」

 白虎は抵抗できない。呆然と立ち尽くしたまま、ただ、自己の存在がこの剣に『食われて』行く様子を眺めるだけだ。

 色の無い剣が、銀色に染まっていく。

「ほう? てっきり『純白』かと思っていたが……」

 満足げに微笑むベイカーと、金属光沢を放つ剣。それを見て白虎は悟る。自分もこれから、麒麟のように使役されるのだと。

(なんと……なんと狡猾な……この者は……この神は……)

 白虎はギリギリと歯軋りする。

 タケミカヅチは弱い。少なくとも神々の勢力図において、彼は世界の片隅で、ごくわずかな信徒を得ているに過ぎない。その神格は大和神族の中でもかなり低いほうで、四神やオオカミナオシから見れば付喪神や精霊と大差ないような代物だ。しかしだからこそ、その弱さを活かして相手の油断を誘い、懐に入ることができる。

 そして弱いからこそ気付かれない。


 タケミカヅチの能力は、他の武神・軍神とは根本から異なる。


 それに気付いた白虎は、最期の力を振り絞って吼える。

「タケミカヅチ! なぜだ! なぜ、このような蛮行を……っ!?」

 ベイカーは答えない。眉一つ動かさず、死にかけの神を冷ややかに見つめる。

 赤い瞳の奥に広がる奈落の闇。その深淵に哀れみを垣間見て、白虎の心にはある感情が刻まれた。

(……憎い……憎い、憎い、憎い憎い憎い……憎いっ!)

 白虎は神として創られ、永い時を過ごしてきた。その白虎の心に、これまでに一度も感じたことのない感情、『憎悪』が生まれた。

 溢れ出る感情は止められない。

 湧き上がる憎悪が全てを吞み込み、白虎の存在そのものを塗り潰していく。

「……タケ…ミ……カヅチ……許さぬ……許さぬぞ……タケミカヅチ……っ! 祖なる神を……四神が一柱、白虎を使役しようなど、不届き千万! 今ここで我が魂を食らおうとも、我が肉体は必ずや、貴様の首を食らうであろう! 死の淵で、己が蛮行を悔いるがいい!」

 依然、冷ややかな目を向けるベイカー。憎悪に呑まれた白虎には、もうその本心を読み取ることができない。だから白虎には、ベイカーが呟いたこの言葉すら、自分への侮蔑として聞こえていた。

「あなたは最高に幸せだ。この先の己の姿を、目撃せずに済むのだから」

「き……さ、ま……」

 その先に何と続けようとしたのか、もはや知る者はない。

 白虎は死んだ。

 タケミカヅチの剣に掛かり、その神格を失ったのだ。

「……さらばだ白虎。その命、我が剣として大切に使わせてもらう……」

 白虎を呑み込んだ剣は白銀に輝く。

 ひどく清らかに、あまりに誇り高く。

 いっそ場違いなほど美しい一振りの剣。実体を持たない光の剣を頭上に掲げ持ち、ベイカーは――タケミカヅチは、恭しく首を垂れる。

「四神が一柱、白虎。俺は貴方を手に掛けた。その事実は、どのような言い訳をしようとも変えることは出来ない。この罪は、あとでいくらでも悔いてみせよう。いくらでも恨まれ、いくらでも憎まれよう。そしていくらでも呪われよう。けれどもそれは今ではない。俺にはこれから、やることがある……」

 剣をふわりと宙に放る。その切っ先がゆっくりとベイカーのほうを向き、大きく反らせた胸へと突き刺さる。

 血は流れない。

 剣は体の奥、さらに奥へと突き刺さり、そのまま呑み込まれ、消えた。

 恍惚とした顔で『新たな力』を受け入れたベイカーは、タケミカヅチではなく、彼自身の言葉として所感を述べる。

「……ダメ……イキそう……」

 神の力を取り込むということは、人間の体に過剰な生命エネルギーを注ぎ込むことに他ならない。健康な成人男子にとって、『元気が有り余った状態』で高まる欲求はただ一つ。

「あー……なんというか、その……誰も見てなくて良かったな、うん……」

 脳内で呟くタケミカヅチの生温い感想など、限界状態のベイカーに届くはずもなかった。


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