序幕~荒れ果てし大国にて~
202X年、アメリカ。ニューヨーク。あるカトリック教会の若き司祭、23歳のパスカル・サルヴァドール・ベンイェフダーは。暴動の末に廃れ逝く街で、教会の門からおよそ50メートル先で、街の空を見上げていた。輝き喪われし煌めきの都市の空を。困窮の中に生きる人々に、少しでも光と安らぎを与えんと日々努める彼は。しかし仰ぎ見る空に、此れから訪れんとする自らの運命を。―――未だ予感することさえできずにいた。
かつての金融と文化の中心地ニューヨーク。荒れ果てつつある、摩天楼の華の街。かつては栄華を極めた巨大文明都市であったものの、今や、夢の残骸の如き退廃と狂乱の都市へと堕した。その崩壊の理由は、数年前に遡る。
―――その年の大統領選で当選した当時の大統領は、翌年に就任すると。強権的かつ中央集権的政治を進め、独裁色を強めた。当然ながら裁判所や議会は大統領の独裁化を危惧し、当時の大統領に対する様々な政治的揺さぶりをかけたが――大統領は私用の特殊部隊ともいうべき政治的秘密暴力組織をも利用し、これらをことごとく道半ばで断念させた。しかし、その前の政権が乗り切れなかった――世界経済の後退と大規模通貨危機と主要銀行の破綻による株価の暴落に端を発する――“第二次世界恐慌”からの立ち直りと、インフラの増設・改修などによる公共事業を柱として、恐慌で失われた雇用の再生を強く推進する方針を打ち出して出馬していた手前、妄信的な支持層も少なくはなくなり。結果として、アメリカの政治的分断が進んだ。
そして今から2年前、当時の大統領が就任翌年。その年の1月末に一般教書演説にて終身国家元首構想を明かすと、各地でそれに反発する政治勢力と、政権支持派の衝突が頻発し―――それらは数か月でやがて暴動に…そして実弾や刃物、果ては爆発物までも用いた、国民同士の殺し合いへと発展するケースも珍しくはなくなっていった。
政治的分断が進む中で、ついにその年の10月、ニューヨークを舞台に放火や爆発をも伴う大規模政治衝突―――ニューヨーク大暴動が起きてしまう。これこそが、今のこの荒れた街を形成した直接のトリガーだ。多数の死傷者を出した暴動の果て、その影響も後押ししたか。その翌月、遊説を狙った軍属の青年によるスナイパーライフルの狙撃によって、ケネディ以来となる大統領暗殺事件が発生した。その、副大統領が昇格する形で成立した暫定政権は、前政権の強権政治からの脱却と事態の収拾に乗り出しはしたものの。すでに国民の分断は修復困難なレベルに到達しており、未だに市民同士の政治的衝突は絶えず繰り広げられている。
こうしてかつての煌めきの最先端都市は、このわずか一年の間に、驚くべき勢いで法の支配が追い付かぬほどに治安が悪化し、暴力と犯罪が横行する無法都市への一途を辿っている。
さて、そんな時代の、そんな世界の、万聖節を翌週に控えた土曜日―――