ファンタジーな世界をさまよう女性
それを見て心配した藤浪は
「それは花岡様ともあろうお方がなんという失態 されど
ご本心からではなく言葉のはずみでありましょうから」と
とりなしたが 「はずみであろうと無かろうと、上様に仕える身が
余人の前で口にして良いものか」と 局の言うのが最もである。
「おチサ様にも落ち度がございますし」 「そうよな」答えて
しばらく考えていた局は 「そうじゃ藤浪 お玉に見舞いを遣わせ
怪我をしたからには、薬が良かろう。お匙に命じてあらゆる薬を
揃えさせ 麗々しく飾り立てて持って行くが良いぞ」と
ニヤニヤしながら命じた。 偽りの怪我に大層な薬は強烈な
厭味になるはずである。藤浪も納得して 「それはよきご思案
さて 花岡様とお玉様のがお顔が楽しみでございまする」と
承知する。 この方法なら当たらず障らずの良い方法と思われた。
それからしばらくの後 花岡の部屋に春日局よりお玉の見舞いと
称して、三宝の上に袱紗をかけ 美々しく飾り立てられた
種々様々の薬が届けられた。 「これは」台の上に溢れんばかりに
積み上げられた薬包の数々に花岡は息をのんだ。
「はい 春日局よりお玉様に本日のお詫びの印しとして
お渡しするように言い遣って参りました」と 藤浪
「その心配は無用と申したに」と 花岡は眉をしかめる。
「なれど ああした事があった以上 また他の人々の目にも耳にも
入ったからには、黙って見過ごす訳にも参りませぬ。
私 あの後 部屋に戻りまして主に報告致しましたところ
お玉様に怪我をさせてしまったのは、チサの いや ひいては
世話親たる春日の不徳が致すところと申して心痛し
怪我の具合はどのようにと尋ねられましたが、 私の手落ちで
詳しい報告が出来ませぬ。 思い余ってちょうど
おチサ様の為に呼び寄せたお匙に頼み」と 藤浪がここまで
言った時 花岡の表情が大きく動いた。彼女もまたチサの怪我に
気づいていなかったからである。しかし藤浪は、それに気づかぬ
振りをして 「いろいろな薬を揃えて参った訳でございます。
この中より良き物をお選びくださいまして、お玉様の1日も早い
ご本復を祈る次第でございます。どうぞお受けとり下さいませ」と
平伏した。 「それはまた 丁重なお心遣い」と いった花岡の
言葉尻りは震える。頬を引きつらせて
「幸いお玉の怪我も思うより軽く、お局様にその旨申し上げて
ご心配無きよう伝えて下され」 「ありがとうございます
お言葉そのようにしかと伝えます。それでは」と もう一度深く
頭を下げて立ち上がり 部屋を出ようとした その時
「チサの怪我はどのように」 たまり兼ねたように花岡は尋ねた。
藤浪は内心ニタッとしたが、そんな様子はおくびにも出さず
「尖った石の角ででも切られたのか、右足の脛に三寸ほどの傷が」
言いおいてサッと裾をひるがえして去った。
続く。