ファンタジーな世界をさまよう女性
チサの衣装はその翌朝 将軍お迎えのお鈴廊下で当然
奥女中達の目をそばだたせ、見る者全てに驚嘆の声を
上げささずにはおかなかった。「まぁ 素晴らしい 綺麗」
「なんて美しい」 「ちよっと触らせて」等と、口々に誉めながら
チサの周りに集まって来る。
「おチサ様がこの柄をお考えになったのよ。素晴らしいでしょ」
チサが答えるより早く、日頃 無口なはずのお蘭が
まるで自分の事を誉められたように、嬉しそうな顔で話してしまう。
「おチサ様がご自分で」 「まぁ素敵」 「今度私のものも考えて
いただく事になっています」 「まぁ~お蘭様が羨ましい」
「私も欲しい」などと、常はしとやかに振る舞う奥女中も
こと着る物に関しては目がない。 口々に騒ぎ立てるのを
お玉達 同じ中臈の3人とその侍女達は羨望と妬ましさの
入り交じった目で冷ややかに見下ろしていた。
「これ はしたない 何を騒ぎ立てておるのか 間もなく
お成りの刻限というに」 その時 和島の厳しい声が
飛んで皆 慌てて潮を引くようにサアッと左右に分かれ
長いお鈴廊下に平伏した。その中を厳めしい顔つきの
春日局を先頭に4人のお年寄りが続き、お錠口に間近い
場所にいつものようにひざまつく。
局はチサとお蘭の前を通る時 チラッと視線を投げた。
お蘭は何時になく頬を染め楽しげに見える。
(思えば不思議なことじゃ) 局は思う。
二人の手付き中臈がいさかいもなく、お掻いどりの
図案を書いて上げる ありがとう と誠に仲が良い。
上様は チサは気にすまいと言われたが本当の事で
あったと今 改めて思った。
間もなく 鈴の音が鳴り響き、将軍家光が入って来た。
皆いっせいに平伏する中を、機嫌のいい顔で歩んでいたが
その足がチサの前でハッと止まりかけた が思い直したように
そのままスタスタと通り過ぎた。 だが仏間拝礼が済み
お小座敷で休息のおり、局の立てるお茶をゆったりと
喫っしながら、居並ぶ他の側女達には見向きもせず
しげしげとチサを見つめて 「それは良く似合っておるのう」と
濃紺地にカトレアの小花の 先の衣装 掻いどり姿を見て
眼を細める。そんな事は初めてだった。
その場にいた女達は一様にハッと胸を突かれて思わず
チサに視線が集まる。「初めて見る模様じゃ 何という花か」
「はい あのう」 尋ねられても困るのだ。まだこの時代に
カトレアの花はない。仕方ないので
「私が考案したもので下絵を書いて、呉服の間にお願いしました」
答えると、家光はびっくりしたように 「そちは絵を描くのか」と
尋ねる。「いいえ そんな絵というようなたいそうなものは
かけません。ただの殴り書きに後は口で説明しました」
と 慌てて取り消す。 続く。




