お玉の懐妊 そしてチサ
おこうは側に誰もいない時 それを読んだのだが正直
初めはびっくりしたものの、それほど悪い気はしなかった。
男の人から初めて貰ったラブレターだからドキドキ
するのは今も昔も同じ事 とはいうものの顔もはっきりとは
思い出さないようで相手である。おこうは母への返事に
託してその事を相手に知らせた。 自分は生涯大奥勤めを
したい事 失礼ながら貴方様のお顔もしかと思い出せない
とはっきり書いたのだが、、、その後 又四郎は諦めず
ふた月 み月に一度の割合で文をよこすようになった。
こうなるとおよの達が気づかぬ訳がない。
「誰 誰なの」 「母からの文よ」 「うそ お母様の文なら
私達に隠れてこそこそ読まないでしょう」と好奇心丸出し
で聞いて来る。「隠れてなどいません。母からの物です」
と 上書きを見せるがおよのもかな江も納得してない
ようだった。おこうも内心困っていた。
彼はおこうが返事を書かなくても文をよこすのだった。
内容はとりとめのない話で、自分が通う道場の話や
近所の猫の話までちよっとユーモアを交えて書いてきた。
おこうはそれを読むのが嫌でない自分に驚く。
そんなおこうの宿下がりの一件も落ち付いた頃は
もう桜の季節も過ぎようとりとめしていた。
チサも臨月に近くなり、重くなったお腹は身動きもう
しづらい。今までならサッと立ち上がれた所が
バランスを崩す。(そうか)と チサは思い当たる。
この世界では椅子という物は普及していない。あるには
あっても丸椅子や木箱を重ねたような物で、今のように
背もたれ 肘かけ付きのようなのは普及していなかった。
妊婦には正座より椅子の方が断絶 楽である。
チサは早速 椅子の全体図を書いてお広敷の役人に
渡して貰った。「これは何でございますか」 かな江が
尋ねる。「椅子という物ですよ。木で造れるからすぐに
作って貰うように頼んで来て」と かな江に命じる。
かな江から図面を受け取ったお広敷役人は以前
椅子を見たことがあった。長崎から将軍に拝謁する為
参府して来たオランダ人が道中 一緒に持って来た
物であった。とにかく役人の一存で椅子を造る事は
出来ないので老中に相談することになる。
ちょうどその日の当番に伊豆守がいたのは幸いだった。
彼はチサが未来から来た者である事を知る
ただ一人の人物 それだけにチサが心細がっている
だろうとは察しがつくので、何か自分にできる事は
無いか 励ます事は出来ぬものかと心底 気にかけて
いたが、しかしそこは大奥 伊豆守が立ち入れ無い
北のお部屋 チサの図にあった椅子を見たとたんに
彼はすぐにひらめいた。
続く。