お玉の懐妊 そしてチサ
そうしていつの間にか夏は過ぎ秋深く、中秋の月見の
催しが今年もやって来た。各 局部屋では白木の台に
団子やお神酒を供え、夜にはご休息の間にて歌合わせが
行なわれる。今 北のお部屋にいるお玉を除く上臈
中臈 年寄り その他高級女中達に加え二の丸から
お楽の方も参加して歌合わせが始まった。
今夜 その場に家光の姿はなかった。表の政事が長く
かかり今でいう残業であった。思えばお楽とチサが
より親密になったのはこの歌合わせでお楽の代理を
務めた事からだった。今二人は和歌の方もそれなりに
上達し、それぞれに趣のある一首を披露していた。
「思い出します おチサ様 あのおり おチサ様の
お助けがなければ私はどのように恥じをかき惨めに
なったでしょう。月を見上げてなす術もなかった私
事前にお局様に教えがいただいた歌をすっかり失念
してしまったのです」 その局も今はこの世にない。
チサやお楽にとっては厳しく懐かしい人だった。
今 月光の中で仲良く並んで座る二人を見て局は
何を思うだろうか。全てので歌の読み上げが終わり
優秀な作者にはお万の方から褒美の品が渡される。
それを眺めながらお楽は「お局様もきっと見守って
下さるはず おチサ様 元気な御子をお産み下さい。
若君も待っていらっしゃいます」 お楽の言葉は静かに
続く「この頃 あなた様があまり来られぬゆえ
チサはどうしたとお尋ねになられました。本当に
おチサ様を慕っておられる」と 優しく微笑み
「私がおチサ様はお母上になられるのですよ。御子様が
お腹におられるのですと申し上げると、それは
喜ばれて竹千代に弟が生まれるのかとお尋ねに
なりました」 「まぁ 若君様が」聞くチサの胸も
暖かくなる。現実には弟君 長松がいるのだが離れて
暮らす為 兄弟という感情がわかないのだろうか。
「まだ 弟か妹か分かりかねますが若君が待っておられる
なんて嬉しいこと 弟君はすでにおられますから
妹君もよろしいですね」と チサは嬉しそうに微笑む。
それを聞いたお楽もおよの達 側近くにいた年寄り
何人かの耳に入り、みな不思議そうな顔をした。
側女なら男子誕生を願うのが当たり前の風潮だったのだ。
だが チサには毛頭 そんな考えはなかった。
当然である。チサの中身は現代人 ２０世紀の人間
なのだから、、、
続く。月には
