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最終話です。
自分から求めさせ、それに応じるようなやり取りから数分後、先ほどよりも早い歩みで辿り着いたのは、高級そうなマンションだった。あれか、セキュリティとかの関係でいい所を選んだ結果かな?
高瀬さんがピピピッとパネルを操作し、自動ドアが開く。広いエントランス。すでにエレベーターが開いて状態で待機している。
エレベーターに乗ると、今度は高瀬さんの方から抱き着いて来て、キスをねだって来た。甘えた表情、甘い声、甘い匂い。たっぷりと堪能した後、チンっという音と共にエレベーターのドアが開く。
エレベーターホールの窓から見下ろす街の灯りが妖しく光る。ここで高瀬さんをガラスに押し付けて、後ろから……。おっと、部屋に着いたらしい。
「どうぞ。……、男の人を部屋に入れるのは、初めてなの」
いやいやいや、ウソでしょ。絶対初めてな訳ないじゃん! だって玄関に男物の革靴が置いてあるし! 何コレ何コレ、美人局!? 逃げるべき? 俺逃げるべき!?
俺の目線の先にある革靴に気付いたのか、トロットロになっていた表情を一変させて声を上げる。
「何でっ!?」
こっちが知りたいわ!
「お帰り」
野太いおじ様の声! 逃げないと逃げないと逃げないと……。
「ち、違うの! ねぇ、聞いて! 聞いて下さい!!」
逃がさないと言わんばかりに、高瀬さんが俺の腰にしがみ付く。近付いて来る足音。怖い、俺どうなるんだ……。
ガチャッ。廊下の奥の扉が開き、姿を現したのは……。
「専務!?」
「お父さん、何でいるのっ!?」
お父さん!!?
と言う訳で、今日付き合い出したばかりの彼女と、そしてそのお父さん兼、俺の会社の専務とでお酒を飲んでいる現在の状況が生まれたのだった。帰りたい。
「何でいるのよ」
「元々ここはパパが買ったマンションだ。いて何が悪い」
「滅多に使わないけど傷むとダメだからって私に住ませてるくせに。何で今日に限って」
「滅多に使わないけど極稀に使うんだよ」
「あの……」
「何?」
「何だね?」
いえ、何でもないです……。
「お暇しようかなぁと」
「まぁ飲みたまえ、まだそんな時間じゃない。それより薫、服が異常に酒臭いの何とかしなさい」
あ、そうだった。元々は高瀬さんのブラウスにビールが零れたからって部屋まで送る事になったんだった。忘れてた忘れてた。さて、無事送る事が出来たので、帰るとしま
「平林君、着替えて来るからゆっっっくりしててね」
「あ、はい」
ゆっくりなんて出来る訳ないだろうが!!!
そう心の中で叫ぶ俺を置いて、高瀬さんは自分の部屋へと入って行った。
そして俺は今、専務であり彼女の父親でもある人の目線に晒されているのである。
「すまなかったね、娘が男を連れ込んで来るとは思ってもみなかったもんでね」
「いえ、私の方も高瀬さんのお父上が専務だとは気付きもせず……」
「はっはっはっ、会社では大っぴらに言ってないからな。知らなくて当然だ。孫だ娘だという目で見られるのが嫌なんだろうな」
孫? 孫とは何ぞや……。
「おっと、口が滑ったか。まぁ私が父親だと分かれば、自ずと社長の孫だという事は分かる話だけどな」
うわぁ、この規模の会社の経営者一族のご令嬢ですか。従業員数が多いから、名字が一緒程度でもしかして親子かもなんて思わなかった。
俺もしかしてとんでもない人に手を出そうとしたんじゃないだろうか。可愛がってやるよって? 俺が可愛がられそうですよね、色んな意味で。
はぁ、また転職しないとダメか?
「まぁそんなに固くならんでいい。元々は私も同じ立場だった」
「同じ立場と仰るのは……?」
「私は婿養子でね、入社して配属された先に妻がいた。最初は気付かなかった。気付いた時にはもう、ね」
そう言って笑う専務。まさかの共通点。俺も専務も、会社のご令嬢だとは気付かずに手を出した、と。
「いやちょっと待って下さい、私はまだ高瀬さんとは何もしていませんので!」
「平林君、高瀬さんと言うのはどっちの事だね。私か? それとも娘か?」
げっ、確かに親子だから名字は一緒だけど! 話の流れで分かりそうなもんだろうに。わざとだ、絶対わざとだ!
「か、薫さんとはまだ何もしていません。さっき付き合おうってなったばかりで……」
「付き合ったばかりの女の家に上がり込んだら親父がいたってか! はっはっはっ!!!」
「お、お父さんっ!」
薫さぁん、戻って来るの遅いよ~……。
とても愉快そうに酒を飲む専務と、専務の発言にいちいちツッコミを入れる薫さんを相手にし、夜遅くまで小さな宴会は続いた。
気付けば薫さんはソファーで寝息を立てている。部屋着には着替えているけど、化粧は落とさなくてもいいんだろうか。
「娘とゆっくり話をしたのは久しぶりだ。平林君のお蔭だな」
「いえ、そんな事は……」
「実はね、今日ここに来たのは薫に見せたいものがあったからなんだ」
そう言って、専務は自分の鞄から何かを取り出した。アルバムかなと思ったら、お見合い写真だった。中身までは見せられなかったが。
「薫は1人娘だからな。経営は別としても、いずれ会社の株を相続する事になる。となると、今のうちに結婚をと思っていたんだ。この歳になるまで男を紹介される事もなかったしな。それに薫の祖父、まぁ社長だが、自分の残りの人生を気にし出してな。早くひ孫を見たいと」
本当にうんざりしたような表情で、専務が社長の愚痴を平社員の俺に言う。ちょっと構図がおかしい。考え方を変えてみよう。彼女の父親が彼女の祖父の愚痴を、彼氏である俺に言う。やっぱり構図がおかしい。
おかしいなぁ、はっはっはっ。
「ほらまだあるぞ、この酒はロックが一番美味いんだ。で、まぁ父親としては、好きな男と好きなタイミングで結婚してくれればと思う。それが娘の幸せだ。そう思っていた所で、姪から教えてくれたんだ。薫が気になり出した社員がいる、と」
「姪? 姪御さんと言うと、あっ……、もしかして、野々村さんですか?」
「そうそう、あれは私の妹の娘でな。何かと薫の事を気にしてくれている。で、さっきその姪から連絡が来たんだ。薫が平林健太って男を連れて帰るぞってな」
あいつ、本当にやり手ババアだったのか……。それにこのお父さんも悪い人だ~。タイミングがずれてたら路チューしてる所まで見られたかも知れないじゃないか……。
「もう走ったな。久し振りに全力疾走して先回りだ。娘が、初めて、男を連れて帰って来る! 走るだろそりゃ!!」
知らね~よ、こっちの身にもなってくれよ。
「平林君の事は報告を受けている。OJTも真面目に取り組んでいたらしいし、元々いた会社での働きも良かったと聞いている」
「はぁ、ありがとうございます」
「期待しているよ!」
肩をバシバシと叩かれた。何を期待しているのいうのか。
「私も元々営業部にいてね。妻と付き合っているのがバレて、それからすぐに社長室へと配属になった。はっはっはっ!!」
いやいやいや、何も面白い話してないよねぇ!? あれですか、お酒飲んだら笑い上戸になるタイプですかね専務は。
「ゴホンッ、会社では私の事は専務と呼ぶように」
それ以外に何て呼べって言うんだよっ!? そんな渋い声で言う必要あるの!!?
「さて、私はそろそろ家へと帰るよ。くれぐれも、娘をよろしく頼むよ?」
ニヤニヤしてんじゃねーよ! 無防備に寝てる娘を置いて行く父親ってそれでいいんですか!?
「あと、これは貰って行くから。こんなもんは必要ない、自然に身を任せるんだ。昔の偉い人はいいました、Don't think , feel !!」
あぁー!! 俺の、俺達の0.01がぁぁぁ!!!
「ほれ薫! いつまで寝たフリしてるんだ、起きなさい。パパもう帰るから、邪魔したな」
「うっ……!? もう……」
えっ!? 寝たフリ!!? もうヤダこの親子……。
ガチャン! と音を立てて玄関が閉まり、ガチャガチャッ!! と音を立てて鍵が掛かる。そんなにアピールしなくても後で確認しますよ……。
「やっと2人きりになれたね……」
「さすがにそんな気分じゃないわ……」
まぁそうは言っても何やかんやあり~の、次の朝になってしまった訳で。専務がいた事でお預けになり、薫が寝たフリして専務とサシで飲む事になった逆襲も兼ねて、いっぱい泣かせてしまった。初めてなのにヤリ過ぎたと少しだけ反省している。
あ、もちろん必要な物は改めて買いに行った。レッツ幸せ家族計画。この付き合いの延長線上に、薫との結婚生活があると俺は思う。実際に結婚するかどうかは別だけど。
下半身を気にしながらも朝ご飯をささっと作ってくれ、薫と共に手を合わせる。
「「いただきます」」
いいな、やっぱり。上品な箸使いだなぁと前から思っていたら、いいとこのお嬢様だった。社長の孫で、専務の娘で。そして1人娘。
専務の話は実体験だったんだろうか。今日出勤したら辞令が貼られてて、俺が転属になっているなんて事は……、さすがにないよな?
「健太君、明日休みでしょ? 今日も、この部屋に来てくれませんか……?」
「うん、薫さえ良ければ。あ、でも一回部屋に帰らないと。着替えとか持って来ないと」
「ふふっ、良かった。お父さんがはしゃぎ過ぎて、面倒だなぁって思われたらどうしようと思った」
いや、それはもう十分思ってるけどな……。
「俺は中途半端は嫌いなんだ、付き合うからには真剣な付き合いをしたい。もちろんその先の事を見据えた上で、な。それが重いって逃げられた事もあるけど、そういう経験があった上での薫との出会いでもあるしな。最初から一番の強敵かも知れない相手に背中を押されたんだ、後は2人で仲良くやって行けばいいんじゃないかな?」
「健太君……、よろしくお願いします……」
「こちらこそ、よろしく」
俺はクールなキャラを演じている訳ではないが、たまには薫に優しいお姉さんになってもらい、甘えさせてほしいなぁと思う。まぁそれはおいおいでいいけど。
2人仲良く手を繋いで出勤する訳には行かないので、タクシーで会社近くまで行き、そこからは別々のルートで出社する事にした。薫の歩き方がぎこちないのが気になるけど、その分時間早めに薫の部屋を出たのでゆっくりと歩いて行ける。
俺が先にオフィスへ着き、ニヤニヤ顔の野々村を無視してデスクに座る。俺の名前の入った辞令が貼ってないのは確認済みだ。しないだろうな、と思ってもあの専務の事だ。何が起こるか分からないと身構えておいて損はないだろう。
「おはようございます」
薫……、いや高瀬さんがオフィスへと入って来た。おはようござます、と座ったまま頭を下げる。いつも通り。高瀬さんの元へ野々村が近寄って行くが、「後でね」と軽くあしらっていた。
係長が出勤し、始業のベルが鳴る。よし、今日も一日頑張るか。今日が終われば薫の部屋。明日は休み。早起きもしなくていい。どこか行ってデートっぽい事でもするか?
「平林という者はいるか?」
社長!? 勘弁して下さいよ……。
「おい薫ちゃん、平林はどいつだ!」
「お、おじいちゃん! ここ会社!!」
辞令が向こうから来たらしい。これからこんなドタバタが続きそうな予感がする……。
でもまぁ、薫と一緒なら楽しく過ごせそうだけども。
「平林ぃ!!」
「おじいちゃん、いい加減にして!!!」
「薫ちゃん、会社では社長と呼びなさい!」
この会社も、辞める事にならなければいいけど。
これにて完結です。
最後までお付き合い頂き、ありがとうござます。
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