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全3話のうちの2話目。
「はいお疲れ、かんぱーい」「「「かんぱーい」」」
グビッグビッグビッ、ク~~~!!!
うめぇ……、キンキンに冷えたビールが熱くなっていた脳みそを冷やしてくれる。
平日の夜、そして急に決まったこの飲み会なので、課内の人達の参加は3分の1程度。みな家庭があったり、どうしても外せない用事があったり。声を掛けた係長があまり強引に誘う人ではないので、本当に来たい人・来れる人だけが集まった感じか。
「ひらりん飲みっぷりいいねぇ! すみませ~ん!!」
野々村が俺の隣に陣取り、すぐにお代わりをオーダーしてくれた。気が利く所は好ましく思うけど、どうしても元カノと同じ名前ってのがなぁ。
「ひらりんは家でも飲む派?」
「いや、あんまり飲まんな。野々村は?」
「だ~か~ら~、あいって呼んでって言ってんのにぃ」
店員から受け取ったグラスを寄越しながら、唇を尖らせる野々村。そういうの、男が勘違いするから止めた方がいいと思うぞ。
でも胸元が見えない服装とか、さりげなく品のいいアクセサリーを着けている所とかはいいなぁって思うんだよなぁ。元カノに浮気された傷も、少しずつではあるけど塞がって来たのかも知れないな。
「あ~っと、元カノと同じ名前なんだよ、あいって。元カノは漢字で藍色のあいだったけど」
「え~っ、あの元カノ? 何かや~な感じぃ~」
アルコールが入ったからか、色々と口が軽くなってしまった。
今回の飲み会が開かれた原因である、前の会社の社長襲来事件については同じ課内の人達へ係長から説明がなされている。俺の社内での立場に関わるから、上役達にも簡単に説明しておくぞと事前に連絡してくれた。
いい人に引き抜いてもらったよ、ホント。
そんな事を考えていると、スッと目の前に小皿が差し出された。前菜のサラダが綺麗に盛り付けされている。
「ありがとうございます」
反射的にお礼を言い、小皿を差し出してくれた人の顔を見ると、何と高瀬さんだった。気付かなかったが、野々村とは反対隣に座っていたらしい。
「いいえ、どうぞ」
俺に小皿を渡した後も他の人達用にか、サラダや唐揚げなどを取り分けては配っている。元カノはそんな事をするタイプじゃなかったので、高瀬さんの家庭的な一面を見て、次に付き合うならこんなタイプの人がいいなぁと思ってしまった。
「あれあれあれぇ~? ひらりんったらもしかして薫ちゃんに見惚れてんのぉ?」
「えっ!? ははは……」
図星だった為にいい返し方が思い浮かばず、愛想笑いで流そうとしてしまったのがいけなかった。またもや顔を真っ赤にさせ、俯き気味にビールを飲む薫ちゃんこと高瀬さんの、普段とは違う表情を見てしまってまたも見惚れてしまった。
「ちょっとぉ~、2人いい感じなんじゃない!? 薫ちゃんの方が1コ年上だよね。ほらさ、1歳年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せって言うじゃん!」
何で1歳だけ限定なんだろう、と考えていると、チラチラとこちらを見て来る高瀬さんの視線が気になった。
「でも、私はほら、口うるさい方だから、煙たがられてるだろうと思うし……」
自覚あったんかい。でもそれって俺限定ですよね、今すぐ止めろ。
野々村が俺の耳を手で覆い、小声で話し掛けて来る。こしょばい。
「薫ちゃんね、Mなんだよ。しかも声フェチ。ひらりんの冷たい声がドンピシャなんだって!!」
途中から小声ではなく、そして手を耳から離して俺の肩をバンッと叩くもんだから、会話が周りに筒抜けだ。でもそれっておかしくないか? Mだからって俺にきつく当たるようにするって、何か違う気がするんだけど。
「ちょっとっ、あい!」
俺越しに野々村を捕まえようとするもんだから、高瀬さんはバランスを崩して俺の胸に抱き着いてしまった。うわぁ、見た目によらずふくよかな感触……。着痩せするタイプか。それに張り出した形のいいお尻を見下ろす形になってしまっている。この態勢でもブラウスの裾が出ず、素肌が見えないのが清楚で非常によろしい!!
いかんいかん、傍から見たら飲み会の場でイケない事をさせているような態勢だ。高瀬さんの肩を支え、座り直させる。
「大丈夫?」
ちょっと意識して冷たい声を出してみる。ダメだな、久しぶりに飲んだから悪ノリしてるかも。
「……っ!? はい……」
ドキンッ! 胸が高鳴ってしまった!! あの高瀬さんが、俺を濡れた瞳で見つめている。
ブーッ、ブーッ、ブーッ、何やらバイブレーションが響く。電話?
「あ、ゴメン、彼氏からだわ。ちょっと電話して来る。後は若いお2人で、と言う事で~」
どこのやり手ババアだお前は。ってか彼氏いんのかよ。良くないよ? 思わせぶりな態度は。
「彼氏いるって聞いて、がっかりした?」
俺に抱き着いた体勢を戻し、またも俯きながらボソボソと話す高瀬さん。何だ? 飲んだら人が変わるタイプか?
「いや、さっきも言った通り元カノと名前が一緒って時点でないです。あと、あまり男を勘違いさせるような発言の多いタイプは遠慮したいですね」
俺も飲んでるから、ついつい辛辣な本音を出してしまう。まぁ飲みの場だし、無礼講という事でお願いします。
「あぁ、あいったらそういう所あるのよね。私もあれくらい可愛げがあればいいのにって言われるけど……」
あれは可愛げとはちょっと違うような気がするけど。天然の魔性? そんな事はどうでもいいけど、もうちょっと高瀬さんと本音で話してみたいと思った。
「可愛げというか、僕の高瀬さんの第一印象は優しいお姉さんって感じだったんですけど。最近僕に当たりキツくないですか? 僕、何か失礼な事しましたか?」
「鈍いなぁひらりんったら! 言ったじゃん、薫ちゃんはMだって。冷たい声で電話対応してるひらりんが……」
「あい!」
いつの間にか野々村が背後に座っていた野々村の口を、高瀬さんが慌てて塞ごうとして手を伸ばす。またも高瀬さんはバランスを崩し、野々村が持っていたジョッキからビールが零れて高瀬さんのブラウスに零れてしまった。
「あ~っ! もう、びちょびちょじゃ~ん、すみませ~ん!!」
野々村が自分のハンカチで高瀬さんのブラウスを拭きながら店員を呼ぶ。お手拭きをもらうのだろう、俺も自分のハンカチを高瀬さんに渡す。
「ダメだわ、下までびちょびちょでしょ? 今日はもう帰りなさい。そうしなさい。ほらひらりん、薫ちゃん送ったげて」
「えっ!? いや、1人で帰れるよ! ここからだとタクシーで1メーターちょいだし……」
「あのね、服が濡れて透け透けな格好している美人さんを1人で帰せる訳ないでしょ! ねっ、ひらりん」
「そうだな、送りますよ高瀬さん。僕のアパートも近くなんで、家の前まで一緒に行きます」
「ひらりん、LINEで薫ちゃんの部屋の位置情報送るから。それと部屋の玄関まで送ってあげてね、最近何かと物騒だから」
「えっ!? ちょっ」
ぶーぶぶっ、スマホが振動した。確認すると野々村からのLINE。仕事が早いな。ん?
『襲え』
は? 何言ってんだコイツ。野々村を見ると高瀬さんの耳元で何やら囁いている。これでもかというくらい真っ赤になった高瀬さんの顔。
『送り狼』
はいはい、襲えばいいのね。グビグビグビッ、残っていたビールをあおり、みんなに先に失礼する事を告げて店を出る。外で少し待っていると、高瀬さんが出て来た。
「さて、行きましょうか」
「うん……、酔い覚ましにちょっとだけ歩かない? タクシー乗らなくてもすぐに着くし」
そう言って、俺の手を取って歩き出す高瀬さん。あれ? え? 何でこんな展開になるんだ……?
久しぶりに握った女性の手。夜風が涼しい分、手の温もりがとても心地いい。
さっき野々村の男を勘違いさせるような態度は頂けないと話してましたよね? 酔ってて忘れました? 俺、勘違いしますよ……?
そんな俺の心情を知ってか知らずか、高瀬さんが肩にしな垂れかかって来た。よし、ならば勘違いしましょう。もうヤケだ、振り切って参りましょう。
「高瀬さんさぁ、何で急に俺にキツくするようになったの?」
「え……、えっと、私がキツく当たれば、冷たく言い返してくれるかなって、思って……」
あ~、Mだって話だもんな。俺が怒って高瀬さんへの態度を冷たくするかもと期待したんか。回りくどいってか、それって修復不可能な溝が出来るパターンじゃね?
「冷たくして欲しいの?」
「……、はい」
敬語!? ヤバイ、グッと来た。来てしまった。
元々Sっ気があると自覚してたけど、冷たくされたいと訴えるその表情が、こうも胸に突き刺さるとは思ってもみなかった。
グイッと高瀬さんの手を引き寄せて、何も言わず唇を奪う。始めからディープに絡め、きつく抱き締める。んっ……、はぁっ……、小さく漏れる高瀬さんの声に艶があり、色っぽい。
肩に手を置き、そっと身体を離す。あっ、と声を上げる高瀬さん。少し残念そうなその表情、堪らない。
「どうしてほしい?」
言わせたい。その寂しそうな口から聞きたい。どうして欲しいのか、自分から言わせたい。
瞳を潤ませて、でも目は合わせたまま。逃げる事はせず、でも言うのは迷っている。そんな高瀬さんをじっと見つめたまま、俺からは何も言わない。
「……、続き、してほしいです」
あぁ~、グッと来た。またもグッと来た。再び背中へと左手を回し、右手で頭を撫でてやる。絹のように手触りがいい髪の毛。染めず、黒髪でサラサラなのがとっても良い。
抱き締めたまま胸を張り、その大きな胸をグリグリと押し潰してやると、高瀬さんは耳元で熱い息を吐いた。
「家に、来て下さい……」
よし、行こう。
はやる気持ちを抑えつつ、再び手を繋ぎ2人で歩く。飲み物がないから、と途中に見えたコンビニへと入った。高瀬さんは俺が持つカゴへと歯ブラシや男物の下着を入れていく。やや照れたその表情に、さらなる興奮を覚える。滾る。熱くなる。
「それも入れて」
俺はいくらSっ気があるとはいえ、良識のある男だ。男女の営みに必要な物を顎で指す。高瀬さんは周りをキョロキョロと見回し人が見ていないのを確認した後、それを手に取ってカゴへ入れた。
「へぇ、こっちの薄い方がいいんだ」
0.01と書かれたパッケージ。個数が少ない割には値段が高いそれ。3種類ある中からそれを選んだ事を指摘すると、高瀬さんは黙ったままコクンと頷いた。
うぅぅ、可愛い……、もっといじめたくなる。さっさと会計を済ませて高瀬さんの部屋へ向かおう。
再び手を繋ぎ、夜道を歩く。早く抱き締めたい、早くひん剥きたいという気持ちから早足になり、自然と高瀬さんを引っ張っているような形。
相変わらず顔は赤いままだけど、高瀬さんの表情はまんざらでもない様子。
「高瀬さんさ、付き合ってもない男を部屋に連れて帰るってどうなの?」
「えっ……、いえ、普段はそんな事しなくって、あのっ、平林君だからって言うか……」
慌てる姿も可愛い。別に俺も本気で言っている訳じゃない。もう前戯は始まってるんだ。
「俺は曖昧な関係って嫌いなんだ。会社の先輩と後輩ってだけの俺達がさ、こんな事していいのかな? 高瀬さんはどう思う?」
立ち止まって顔を覗き込む。俺の方が背が高いので、自然と高瀬さんは俺を見上げる事になる。その顎のライン、少しだけ開いた唇、不安そうに見つめるその瞳、思いっ切り可愛がりたい。
「あいが言ってたけど、平林君の冷たい声が、好きなのっ!!」
「ふ~ん、声が好きってだけで抱いてってなるんだ」
「違うっ! 仕事も頑張ってるし、周りの人達へのやり取りとか見てても、いいなって思ってたし……」
「でも最近急に辛くあたって来たよね? さっきは有耶無耶になったけど」
「それは……、あいに対する平林君の接し方というか、あしらい方がいいの! でも、私はあいみたいに可愛い感じで話とか出来ないし、距離の縮め方も分からなかったから……。だから、口うるさくすれば言い返してくれるんじゃないかって、思って……」
「距離の縮め方? こうすりゃあいいじゃん」
ギュッと抱き締める。そして耳元で囁く。
「俺に抱かれたいの? それとも付き合いたいの?」
久しぶりに間近で嗅ぐ女性の匂い。酔いも相まって頭がクラクラする。抱き合っている為、俺がどういう状況かは高瀬さんにも伝わっているはずだ。
「……、好きです。付き合って下さい」
「よし、いい子だ。たっぷり可愛がってやるから、覚悟しとけよ?」
「はいっ……!」
3話目は今日中に投稿し、今日中に完結します。
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