表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

1/3

全3話のうちの1話目。


「ほら、こことここも抜けてるわ。しっかりしてちょうだいよね」


「はい、見直してもう一度提出します」


 はぁ、最近先輩からの風当たりがきつい。

 この会社へと転職して半年、つい先日まではそうでもなかった。何でも聞いてね、とほほ笑んでくれたあの高瀬(たかせ)さんはどこに行ったんだろうか。そっくりさんか?

 そう思ってまじまじと高瀬さんを見つめると、「何よ、早く行きなさいよ」とでも言わんばかりに睨み付けられた。怖い怖い。


 以前勤めていた会社は50人規模の中小企業、俺はそこで営業の仕事をしていた。顧客からのニーズを聞いてオーダーメイドの開発をするという課に配属され、専門知識がないながらも勉強したり上司や設計課の同僚に助けてもらいながら、そこそこの営業成績を収めていた。


 転職のキッカケになったのは元カノとの別れ。元カノは経理課に配属されていて、会社主催の定例の飲み会で意気投合、付き合う事になったんだけど……。

 その元カノ、付き合ってから知ったんだが、社長の姪だった。付き合っている最中は逆玉の輿だ出世一直線だと言われたもんだけど、世の中そう上手く行くものでもない。元カノが浮気をし、そして別れた。


 男女の話であればよく聞く恋愛模様だけど、相手は社長の姪だ。そのまま会社に残ってもいい事はないだろう。事前に詳しい事情を直属の上司である課長に話したが、とっても渋い顔を見せられた。

 あぁ、やっぱり辞めるのが正解だったな、と確信した瞬間だ。


 その課長に連れられて、社長へと辞意表明をした。社長ももちろん自分の姪と俺が付き合っている事を知っており、別れたとだけ聞いていたらしい。俺からも詳しい事情は話さず、知り合いに事業を手伝ってほしいと言われた、と伝えた。


 奇跡的に取引先のさらに取引先、業界ではトップクラスの大企業からヘッドハンティングの打診を受けていたので、ありがたくお受けする事にした。開発案件の報告へ伺った際にエンドユーザーとして立ち会っておられた今の上司、係長が声を掛けてくれたのだ。

 誠実な人柄が気に入った、と言って下さった時は、捨てる神あれば拾う神ありだな、と思った。


 それから半年、恋愛は当分いらねぇという思いと、誠実な人柄を常に意識する事で、新しい職場で頑張っていた訳なんだけども……。


「出来た? え、まだなの!? 早くしてくれる?」


 これである。ある程度慣れて来て、そろそろ個人的な人付き合いもして行きたいなと思っていた矢先、高瀬さんからダメ出しやお小言などをちくちく言われるようになったのだ。ちなみに俺の教育係は別にいて、3ヶ月間のOJTも終えている。


「っ、すみません、もう少しで仕上げます」


 おっと、舌打ちしそうになってしまった。危ない危ない。

 最近このようなやり取りにうんざりしつつあるので、たまに腹いせとして目を合わせず返事をしたり、愛想笑いせず無表情で対応したりするようになってしまった。

 とはいえ、さすがに舌打ちはマズイな。気を付けないと。


「……、そう? 頼むわね」


 ん? 何かリアクションがおかしい気がする。俺が舌打ちしかけたのに気付いたはずなのに、何も言わないってどういう事だ? 自分のデスクに戻る歩調も、心なしかいつもより弾んでいる気がする。

 何かいい事でもあったんだろうか? 常にそんな感じでいてくれたらいいのに。美人なんだから。



 昼休憩、今日はオフィスにある社員食堂で昼食を済ませる事にする。高瀬さんからツッコまれた書類の修正という余計な仕事が増えた為、外に出る余裕がない。社食は安くて早いが、仕事中と全く同じ顔を見なければならないのが難点だ。

 俺は気分転換がしたいので、時間に余裕がある時は外へ食べに出る。


「あっ! ひらりん、おっつ~。隣取っといてね、すぐに戻るから」


 ほら来た。

 初めまして、平林(ひらばやし)と申します。入社時の朝礼で自己紹介した直後、あの女にひらりんというニックネームを付けられた。彼女の方が先輩であるが、俺とは同い年。今ではタメ口で話している。

 黙っていれば可愛いのに口を開けばバカっぽい。しかし与えらえた仕事はきっちりとこなす。同僚としては信頼しているが、1人の女性と見ると……、どうだろう? もうしばらく愛だの恋だのからは距離を置きたいのが本音だ。

 浮気された挙句、会社まで辞めるハメになった訳だし。


「たっだいま~。うわ、先食べてんじゃん! ヒドくない?」


「別にいいだろ、食べたらすぐ書類仕事に戻るんだよ」


 え~っ、ゆっくりしようよ~と言いながら隣の席に座るメンドくさい女、野々村(ののむら)。あい、というのが下の名前で、事あるごとに名前で呼べと言われるが、残念ながら元カノと同じ名前なのでお断りします。


 そんなやり取りをしてながら日替わり定食を食べていると、野々村が食堂へ入って来た高瀬さんを手招きした。そんな野々村に手で合図を返し、高瀬さんが食券を買いに行った。

 はぁ、思わずため息をついてしまった。


「ん、どしたの? お腹いっぱいになった?」


「いや、休憩中もあの人と一緒かよと思ってな」


 ここ2・3日は本当によく高瀬さんに難癖を付けられる。それも俺だけにだ。他にもミスしてる奴いるだろっ!! と心の中で叫ぶが、俺以外の者に注意する態度は優しい年上お姉さんなのだから腹立たしい。

 俺にも優しい年上お姉さんしろよ!!


「あ~、そんな事言わないの! 同じ課なんだから仲良くしよ~よ」


 うるせぇ、向こうにその気がないからだろ。言い返してやろうかと思ったら、手に日替わり定食のトレイを持った高瀬さんが来てしまった。


「何の話?」


 にこやかに笑いかける高瀬さん。笑いかける相手はもちろん野々村だけだ。俺は含まれていない。

 いや、高瀬さんが俺の事嫌いだとか、嫌いじゃないけど生理的に無理だとかであれば、例え野々村が一緒にいようが近付かないんじゃないか?

 実際高瀬さんに苦手意識を持っている俺も、何で昼飯を一緒に食わないとならねーんだと思ってる訳だし。そうだ、嫌ならここに来なければいいんだよな。


「ほら、ひらりんの前の職場から連絡があったじゃん? あれ何だったのかなぁって思ってさ~」


 チラリと目だけで俺を見る野々村。いらん事を言うんじゃないっての。

 高瀬さんは両手を合わせてから、味噌汁に手を伸ばした。良かった、食いついて来ない。


「何でもないよ」


「何でもないなら話せばいいじゃないの」


 お茶碗を左手に持ち、高瀬さんは定食の白身魚の骨を丁寧に取っていく。食いつくのかよ。


「いえ、前の会社でトラブルがあったらしくて、何か事情を知らないかって聞かれただけです。俺は全く心当たりがないんですけど」


「あの時のひらりんったら怖かったなぁ~。『知らないし知りたくもないです』とか『二度と掛けて来ないで下さい、迷惑です』とか言ってさ、冷静なんだけどとにかく冷たい声だったんだよね~。私が言われてる訳じゃないのに冷や汗かいたもん」


 思い出しただけでも腹立たしい。3日前の事だ、前の会社の社長から電話があった。それも今のこの会社に。

 内容は経理課にいた元カノ、社長からすれば姪だが、会社の金を横領していたのが発覚し、問い詰めたらさらに大きい金額を自分の口座へと移して逃げたらしい。

 警察に通報するべき案件だが、自分の姪である事と、その姪からの言い訳が気がかりで未だ出来ていないそうだ。その言い訳を聞く前に電話をブチ切りしたので、詳細は知らない。知りたくもない。

 あまりにしつこく食い下がって聞いてくるもんだから、イライラして怒鳴り散らしてやろうかという思いを押し殺し、努めて冷静に返事をしていただけだ。冷たい声と言われれば、まぁそうだったのかも知れない。


「そのトラブル、本当に心当たりはないんでしょうね?」


 これだよ、俺が本当に困ってるって分かっててさらにツッコんで来るやつ。さすがにイラッとする。


「ないです」


 なるほど、これが冷たい声ってヤツか。


「でも、前の会社の社長から電話が掛かってくるなんて、異常よ?」


 異常……? 異常ね、確かにそうだけど、それは俺のせいではないし。俺は迷惑掛けられている方だし。何だよその言い方。いい加減にしろよ。


「元カノが会社の金を持って逃げただけです。俺には関係ないんで」


 はい、ごちそう様でした。野々村と高瀬さんを残し、先に食堂を出た。




「だから関係ないと何度も言ってるでしょう! いい加減にして下さいよ、本当に迷惑なんです!!」


「そうは言ってもだね、君達はその、付き合っていた訳だし……」


 自分のデスクに戻ろうとしたら、突然腕を掴まれた。ビックリして腕を掴んで来た人物を見ると、前の会社の社長ではないか。電話するなって言ったから来ちゃったっていい加減にしろよ。

 ここでは何ですので、と応接室の使用許可を取り、やり取りを見ていた係長にお願いをしてついて来てもらった。2人きりで対応していたら、自分を抑え切れるか分からないからだ。


「付き合っていたと言われても、大井(おおい)さんとは退職する前に別れています。社長のご説明通りなのであれば、私達が別れた後に横領を始めた事になります。すでに接点はありません」


「大井さんが君に別れを切り出すと、君はじゃあ今まで撮った写真をばら撒いてもいいのかと脅したらしいじゃないか。ばら撒かれたくなかったら、金を用意しろと……」


 バンッ!! 気付いたら思いっ切り机を叩いていた。


「おい、あんたいくら自分の姪だからって金を盗んだヤツの言い分を信じるのか? まず警察に横領事件として通報しろ。その上で姪の居場所を突き止めて、それでも俺に脅されたって言うんなら捜査協力でも何でもしてやるよ。まずやる事やれよ、自社の不祥事をわざわざ顧客先にまで持ち込むんじゃねぇ!!」


 まぁまぁまぁ、と俺の背中を撫でつつ、係長が俺と社長に冷静になるようにと声を掛けてくれた。

 そうだ、冷静に冷静に。怒鳴っても何にもならない。


「社長、私はとても彼がそんな事をする人間には見えないんですよ。取引先としての御社の窓口でも、今現在の私の部下としても、とてもよく働いてくれています。男性でも女性でも、彼の事を悪く言う人はいません。多少詰めが甘い所がありますが、よくやってくれていますよ」


 突然上司からそんな話を聞かされると、冷静になるのを通り越して背筋が凍るような寒気に襲われるな。キレてしまった後だから余計に、この場から逃げ出したくなる。


「すまない、平林君。大井さんが持ち出した金額が洒落にならなくてね。会社が傾くかも知れないと焦っているんだ……。私も君が事情を知る訳がないと分かっているんだが、何か手掛かりがないものかと、つい……」


 深々と頭を下げて見せる社長。何か手掛かりが、ねぇ……。そう言えば。


「社長、大井さんと私が別れた理由なんですが、彼女の浮気なんです。浮気相手は生産管理部の横田(よこた)です。これはあくまで噂なんですが、横田は仮想通貨に手を出して大損したと聞いた事があります。私が知っているのはそれくらいです」


「…………!! 平林君、迷惑を掛けて申し訳なかった。このお詫びは必ず」


「いえ、私も声を荒げてしまい申し訳ございませんでした。私に出来る事であれば、協力させてもらいます」


 社長は俺達に一礼した後、小走りで応接室を出て行った。

 はぁ……、これで一件落着だな。係長に謝罪し、俺も退室する。


「あっ……」


 顔を真っ赤にさせた高瀬さんがそこにいた。


「あれ、高瀬さんどうしたの?」


「い、いえ……」


 上司に用事がある訳でもないらしい。走り去ってしまった。まぁいいか、書類修正の続きをするか。


「平林君、災難だったね。厄を払う為に、仕事終わりに飲みに行かないか?」


「お、いいですね! そろそろみなさんと一緒に飲みに行きたいなと思ってたんですよ」


 思わぬ係長からのお誘い。プライベートでも上司と一緒とか残業かよ、という風潮があるが、俺はそうは思わない。飲み会の雰囲気が好きだというのもあるが、俺は人と話すのが好きだ。ただ、酔っぱらうと口調がおかしくなると指摘を受けているので、飲み過ぎには気を付けないと……。

 いや、今日くらいはいいか? 嫌な気持ちを発散させないとな。




2話目・3話目は今日中に投稿し、今日中に完結します。



以下宣伝。



拙作「友達の彼女の告白を断ったら、お断り屋にスカウトされました!」の電子書籍版1話目が本日より各電子書店様にて公開されております。

全4話公開予定、詳細情報は私の活動報告よりご確認下さいませ。

よろしければ、イラストを担当して下さったあおいあり様の表紙絵だけでもチェックしてみて下さい!


よろしくお願い致します。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ