05
モルディエラ領主邸は意外に遠かった。
森を抜け、しばらく続く田園を抜け、門をくぐった先に広がる街の更に後ろの方にあった。
街はかなり大きく、領主邸から扇状に広がっていた。
街並みは汚い訳ではないが清潔という訳でもない。
木造と煉瓦造りの家々が雑多に所狭しと建っている。
今進んでいる道が領主邸に続く大きな道であろう。
その道に沿った建物だけが整然とならんでいるが、領主邸に近付けば近付く程建物が古くなっていっている。
ここに来るまでの間にトーマが色々と団長に質問していた。
その中にはリンが気になっていた話しもでていた。
ずばり、トイレ事情である。
ガウス達の服装や話しから、中世ヨーロッパをイメージしたリンは衛星面について不安になった。
(確か、中世ヨーロッパのトイレ事情はひどかったはず。)
どう切り出して良いかわからず悩んでいたリンの、斜め後ろを来ていたトーマがあっさりとトイレについて団長に聞いたのだ。
リンは片手で小さくガッツポーズをとって、心の中でトーマをほめた。
団長の話を要約すると、
・トイレはある。
・トイレの奥深くにいるスライムが汚物処理をしてくれる。
・スライムは這い上がってくる事はない。
・家の中のゴミ等もトイレに落としてそのスライムに処理してもらう。
・トイレに入らない大きなゴミでも小さくしてからトイレに落としたりする。
らしいという事がわかった。
かなり便利なスライムだなとリンは感心した。
ただ、スライムがいるという事は魔物がいるという事でもある。
リンはひそかにため息を吐いた。
領主邸に着いたリンとトーマは出迎えにきた侍女の1人に応接室へと案内された。
白と茶色で統一された、落ち着いた雰囲気の部屋。
その中央にある高そうな応接セットに座る様に促され、見るからにふかふかのソファーに二人は恐る恐る腰を下ろす。
初めての馬での長時間の移動で、痺れて痛くなっていたお尻にようやく安寧が訪れた。
お尻の痛みは薄らいでいくが、気持ちはそわそわとして落ち着かない。
二人は侍女に給仕された紅茶を飲みながらきょろきょろと部屋を見回していた。
しばらくして、スーツと燕尾服の相中の様な服に着替えたガウスと、小柄の綺麗な女性、やたらと背の高い男性の3人が部屋に入ってきた。
リンとトーマは立ち上がって3人に向き合う。
「お待たせしたね。リン、トーマ。
まずは、妻と息子を紹介させて欲しい。
私の妻のサーシャだ。」
紹介を受け、サーシャが一歩前にでた。金の髪にピンクの瞳の彼女は、柔らかい笑顔を二人に向けてカテーシーをとる。
「サーシャ・モルディエラと申します。
以後お見知りおきを。
リンさん、トーマさん、よろしくね。」
「リンです。よろしくお願いします。」
「トーマです。よろしくお願いします。」
リンとトーマも頭を下げてお辞儀をする。
「息子のドレイグだ」
「ドレイグ・モルディエラです。
よろしく。リン、トーマ。」
ガウスの言葉に合わせてもう一人の男性が前に出る。
ドレイグは拳を作った左手を胸にあて軽く頭を下げて礼をとる。
リンの身長が147cm、リンの目線は彼の胸の高さだ。トーマはリンの身長よりも高いので、彼の肩当たりに目線がある。
二人はドレイグを見上げた後にあわてて頭を下げる。
「私には3人の息子がいる。長男には学院を卒業後、王都にある邸の管理と業務を任せていてここには年に数回しか戻ってこない。一番下の息子は王都の邸から学院に通っているので、同じく年に数回しか戻ってこない。ドレイグは学院を卒業したばかりで、こちらに騎士として留まっている所だ。」
そこまで言って、ガウスは言いにくそうに小さく咳をする。
「・・・・あー、ドレイグはリンと同じ年だ。年がちか「えっ!?」「はっ!?」・・・近いから仲良くな、二人とも。」
ドレイグとリンの声がガウスの言葉をさえぎる。あまりの驚きに思わず口をついて出てしまったらしい二人はあわてて口をつぐんだ。
挨拶を終えた面々はガウスに促されつつ、ドレイグ以外の4人でソファーに座る。
ドレイグは「騎士団の会議がある」と言うと、退室の挨拶をして部屋を出た。
「リン、トーマ、お疲れでしょう?お腹は?すいていませんか?」
サーシャがにこりと微笑みながらリンとトーマに訊ねた。
その言葉をきいて、思案顔で黙っていたガウスがふっと軽く息を吐いた。顔を弛ませ、リンとトーマを見る。
「・・・・・そうだな。まずはゆっくりして、疲れをとってから、だな。リンにも話した様にしばらくはのんびりとこの領地を見て回ると良い。
とりあえず、今は部屋を用意させている。少しここで軽い食事でもしながら待ってもらおう。準備が済んだら案内させる。」
サーシャが侍女に目配せをする。侍女は頷いて退室し、すぐにワゴンを押して戻ってきた。ワゴンから果物やサンドイッチの様な食べ物が乗った皿が机に移される。
それらを見たリンとトーマはほっと胸を撫で下ろした
。見たこともないような食べ物だったらどうしようかと内心どきどきしていたからだ。
リンとトーマは、ガウスに勧められて躊躇しながらサンドイッチを口にした。
「・・・おいしい。」
「・・・本当においしい。」
二人は顔を合わせた。
レタスとスクランブルエッグの様な物がパンに挟まっている。
パンこそは固いが塩コショウとほのかにガーリックの様な匂いがしていて食欲を誘う。
薄味ではあるものの、元いた世界と大差ない味にふっと頬が弛む。
「食べ物は大事。」うんうんと頷きながら二人は安堵した。