04
空飛ぶ執事の介入により、ガウス達が信用できる人達であると判断したリンとトーマ。
二人はガウスに促されて彼の屋敷へ向かう事にした。
ガウスと一緒にいたモルディエラ領の騎士団隊長と副隊長とも自己紹介を済ませた後、リンはガウスの、トーマは騎士団隊長の馬に乗せてもらう。
日本で普通に生活していた二人が馬に乗れるはずもなく、移動の間中、リンとトーマは背後から抱えられるようにしながら支えられて騎乗していた。
リンはガウスにここに至った経緯を掻い摘まんで話した。
自分達がこことは違う場所から来た事、だからこちらの事が何も分からない事、それにガウス達の願いを叶えるお手伝いをする様に言われたが何をどうするのか全く聞かされていない事等、話しても支障がなさそうな事を話す。
ガウスは途中で質問を挟みつつも馬鹿にするでもなく、疑うでもなく、淡々と話を聞いていた。
一通り話したリンはガウスに訊ねる。
「ガウスさん達の願いというのは何ですか?
・・・・・・・私達がどうにか出来る、とかじゃないです。ただ、手伝えるなら、っていう話です。何をどうとかも教えてもらってないし。」
リンは慌てて言葉を付け足した。
「願い」というのが何か分からない以上、自分達に何が出来るのかも分からない。確約は出来ない。
ガウスは「願い」と小さく呟くと前を見据えたまま黙る。
しばらく待っていたリンが沈黙に耐えかねて口を開く。
「あの、無理には・・・」
リンの言葉にガウスがはっとして視線をリンに向けた。
「すまない。話したくないのではなくて、どこから話したものかと思案していた。少し長くなるがきいてもらえるだろうか。」
リンがこくりと頷くと、ガウスは一瞬だけリンの耳元に口を近づけた。
リンの耳に聞きなれない言葉が届く。
「聞こえるかな?りん。」
リンはびっくりして後ろを見上げる。
ガウスの頭はリンの耳元からは程遠い。なのにガウスの声は耳元から聞こえてきたのだ。
「あまり、大きな声で話せる話ではなくてね。
特定の人にのみしか会話が聞こえない魔法をかけた。
短時間しか効果はないが、聞かれたくない話をする時は有効だ。」
リンは首を縦に何回も振って返事をした。
執事の「剣と魔法のファンタジー」のセリフを思い出す。
こんな簡単に体験するとは、と興奮したが、ガウスの真剣な顔に我に返る。
「私達の領地は自国と魔国との間にある魔獣の領域、魔獣域に隣接している。
魔人は皆、魔法が使えるのだが、人間は使える人間と使えない人間がいる。
それは種別の違いだと言われているのだが。
魔獣域を越えて来た魔国の商人と話をしている時に、なぜ魔法を使わないのかと時々聞かれる事がある。」
ガウスの言葉にリンが首を傾げた。種別の違いというのならそういう事ではないのか?ガウスの含めた言い方に疑問が湧く。
ガウスは小さく頷くと話を続けた。
「魔族は長生きだ。人間よりも遥かに長く生きる。
その彼らが人間も皆、魔法は使えるはずだと言う。事実、昔は人間も色々な魔法を使っていた、と。
魔族の話に興味を持った4代前の領主が昔の文献や言い伝え、とにかく四方八方から情報を集めたが、人間側からは何も情報は集まらなかった。
というか、何かの妨害が入って集まりきらなかった様だったという話だ。」
「人間からの?・・・という事は、魔族?からは情報があったんですか?」
ガウスはとリンに感心しながら頷いた。
「年齢の割りには察しが良い。
魔族からの集まった資料では人間は日常的に魔法を使っている様だった。
魔獣域はあまり簡単には抜けれない。人間より強い魔族が時々商談に来なければ、人との交流については語られない。そして人間が魔獣域を集団で越える事はあまりない。という事は、人間についての話は、こちらに来た魔族が人間の生活を見てから得た情報である事と推察できる。それは人間が生活の中で魔法を容易に使用していたという可能性を高める。あまり多くない情報ではあったが、人間も又、魔法が皆使えるのだと4代前の領主は確信した。そして生活の中に魔法を広めようとした。
貴族は基本的に魔法が使えるのだから、自分達が教えていれば領民にも伝わっていくだろうと考えた。
まずは生きる上で一番大切な回復魔法や生活に役立ちそうな火の魔法から。
だが、中々上手くいかなかった。」
「・・・原因は?」
リンの質問にガウスがゆっくりと首を横に振る。
「はっきりとは分からない。なぜかできない。発動の為の言葉も間違えていない。なのに貴族以外には使えない。
不思議な事に貴族から廃されても使えなくなる。」
「領民と貴族との違いって何かあるんですか?戸籍が違うとか?」
ガウスは聞き慣れない言葉を繰り返しつぶやくと、眉間に皺をよせる。
「・・・コセキ?・・・違いは多い。生活から教育から、重なる事の方が少ない。違い過ぎて何が原因か解らない、というのが現状だ。」
二人の間に沈黙が続いた。
ガウスは小さくため息をついて気を取り直し、先ほどの真剣な声ではなく、優しい声音で話しかける。
「リン、しばらくは何も気にせずこの国の事について色々と学ぶと良い。事を急いては上手くいかない。もう、160年以上かかっている問題だ。そう簡単にはどうにかなる物でもない。」
ガウスはリンに優しく諭すようにそう言うと小さく微笑んだ。
その後は他愛ない話をしながら道を進む。
馬の揺れにようやくなれてきたリンが、ふと、背中越しにガウスを振り仰ぐ。
「ガウスさん?」
リンとトーマは隊長達と自己紹介をした際に、彼らから「リン様、トーマ様」と呼ばれて、様呼びは止めて呼び捨てしてもらう様にお願いした。
なぜかガウスまでもが呼び捨てにして欲しいと入り込んできて、リンとトーマは手首と首を左右に全力で振りながら断固拒否する羽目になった。
周りの人の反応とガウスの自己紹介を考えると、ガウスを呼び捨てにすることが不味いのは一目瞭然だった。
「神の使いに対して失礼に当たる」と譲らないガウス達とのやり取りの結果、ガウスとも隊長達ともお互いに“さん”付けで呼ぶ事で落ち着いた。
ついでに、リンとトーマは「神の使い」も全力否定した。
間違いではないかもしれないが、そんな大層な扱いも辛い。二人は普通に接してもらう様に頼み込んだ。
お互いに一番気掛かりだった話をし、他愛ない話をして、ようやく“ガウスさん“と呼ぶのにも慣れてきたリンは、ずっと気になっていた事を聞く事にした。
ガウス達が自分達に接する時に感じる違和感について、だ。
「ん?」
「ガウスさん、私達、何歳と思います?」
リンの質問に少し考え込んだガウスが答える。
「・・・・・10から13才くらいか?トーマが兄かな?リンが10才でトーマが13才?」
「おぅふ・・・10・・・才・・・」
ガウスの回答にリンは明らかに肩を落とした。
日本でもよく中学生に間違われ、2才下の弟であるトーマを兄と間違われる。
自身でも見かけの幼さに多少の自覚とコンプレックスはあるものの、高校2年生にもなる現在、小学生と間違われる事はなくなっていた。
しかし、うなだれると同時にガウスの態度にも合点がいく。
ガウスのリン達に対する姿勢は幼い子供に向けるそれだ。
とても15才と17才への対応ではない。
不思議そうにリンをみているガウスに、リンは苦笑いをみせた。
「・・・私が姉です。17才。トーマが弟で15才です。」
リンの言葉にガウスは大きく目を見開いて固まる。
17才であれば立派な大人の女性である。
この世界の貴族子女であれば婚姻し子供の1人位いてもおかしくない年だ。
ガウスは自分の対応を振り返り頭を抱えた。
「てっきり彼が兄だと思ったのだが。・・・しかし、17才・・・淑女に対しての対応ではなかった・・・申し訳ない。」
ガウスは軽く頭を下げてリンに謝罪する。
リンは気にしないでくださいと笑った。