24 リンの固有魔法
リンは夢中になってジャイブを踊っていた。
リンの意識が外に向いた瞬間。
口ずさんでいた音楽が本当に聞こえている気がしてリンは足を止めた。
途端に部屋の中に溢れていたはずの音楽も止まる。
躍るのがあまりに楽しくて、音楽が流れている様な気になっていたと思っていたリン。その位、耳に、身体に馴染んで聞こえていた。
気のせいにしてはあまりにもリアルに聞こえていた音楽。
不思議に思っているリンに、サーシャとヴィエラの二人が怒濤の質問と称賛を浴びせてきた。
興奮ぎみの二人に押されてまともに話もできなかったがリンだが、しばらくして落ち着いてきた二人の話から、部屋に音楽が流れていたのが気のせいではなかったとのだと知り困惑した。
音楽と踊りが合っていた事。聞いた事がない曲に音。音楽として部屋に響いたそれは明らかにモルディエラはもちろんオルジニア国内でも聞いた事がない音楽だということからも、三人はリンの故郷の音楽がリンの固有魔法によって再現されたのだという結論に至った。
只、そんな固有魔法は聞いた事がない為憶測でしかなく、確信にはなりえない。
リンの頭に自分のステータスの一部が浮かんだ。
“歌い手(歌を媒介に具現化)”
詳しくは思い出せないが、心当たりがあったリンは、それならばとその後にもう一度試してみた。
残念ながら音楽は流れなかった。
「ということがあった」
リンは若干、トーマから視線をそらしながら今日あった事を話した。
「はぁ?うそやろ?姉ちゃん?」
「ほんと・・・」
「はぁぁぁぁぁ?姉ちゃんが言ったやん。初めて固有魔法使う時は何かあったらいかんけん、一緒に居る時にね。って、姉ちゃんが言ったんやん!なのに先に使うとか!俺はちゃんと待っとったのに、エエエェェェェェ・・・」
確かにトーマは、サーシャに連れていかれるリンを見送った後、リンとの約束を守って固有魔法を試したりはせず、研究所へ向かっていた。
トーマの身体全てで表された不満げな様子に、リンは片手を顔の前に持ってきて、頭を軽く下げてトーマに視線を向けた。
「やけん、ごめんって。不可抗力。しようと思ってした訳じゃないって。たまたま?っていうか、その後もう一回してみようとしたけどできんやったし。何でそうなったかもわからんし。」
「ハアアァァァァァ???エエエエエエエエエェェェェ・・・・・・」
「ごめんって。その代わり、そういう事があったけん、たぶん固有魔法が使えると思うけん、検証する為の時間をください。ってガウスさんにお願いしてきた。とりあえずは、建物の修復以外の予定は入ってこんよ。やけん、明日からは自分達の固有魔法の練習ができる!!ね?かえって良かったやん、ね?」
リンが一気に捲し立てて話すと、トーマは盛大にため息をついた。
ドレイクから聞いた話から
“ステータスが見れるから自分達の固有魔法がわかるよ”
とは言わない方が良いという結論になったリンとトーマ。そして二人は、言えないがゆえに固有魔法を試す事が出来ずにいた。
それとなく、“二人きりで魔法の練習がしたい”というと“じゃあ、一緒に”とドレイクと三人での練習はもちろん、場合によっては騎士団も参加しての“指南魔法の練習”という名の訓練になる事もしばしば。
リンとトーマは日に日に魔法の威力が上がっていく自分達の魔法に驚愕しながら、騎士団の人達とかけ離れた威力にならない様に、魔法を抑える事に苦戦していた。更には周りから痛い程の視線を受けながらしている訓練の中、ステータスの乏しい情報のみで固有魔法を試す事は無理に等しかった。
いっそステータスの話をしようとドレイクの前でステータスを展開してみたりもしてみたが、ドレイクにはステータスが見えなかった。
二人はやんわりではなくはっきりと
“二人だけで魔法の練習をしたいです”
と断る事も、二人だけで練習する為の言い訳も思い付かず、頭を悩ませていた。
偶然とはいえ、今回の事でリンが固有魔法の保持者であると周りの人達に認識された為、固有魔法を試す為の時間と場所を確保する事ができた。
翌日、早々に朝食を済ませたリンとトーマは騎士団の訓練所から林に繋がる少し拓けた場所へと案内された。
側にいると言うドレイクとマリアとロンの横でステータスの話はしにくいし、何が起こるかわからないという不安要素があった為、「二人で大丈夫だから」と二人だけにしてもらえる様にとお願いするリンとトーマに、三人はしぶしぶ了承した。但し、ドレイクは横の騎士団の訓練所に、マリアとロンは少し離れただけで本当の意味での二人だけにはなれなかった。
そんな状況ではあったものの、会話の内容が周りに聞こえる距離ではないし、何かあればその時に考える事として、とりあえずスキルを使ってみよう、という事になった。
しかし、詳しい説明も何もなくこちらの世界へと放り出されてしまった二人には、ステータスを頼りに手当たり次第に試す他に方法がない。
二人はお互いのステータスを見比べた後、なんとなく試しやすそうなリンから始める事にした。
リンのステータスのスキル欄には
「○言語理解
〇歌い手(歌う事で様々な事象を起こしたり様々な物の具現化が可能となります。又、意味をなさない場合は24時間で、又は管理者が対象を指定して「消えろ」と唱えた場合には消滅します。)
〇踊り子(踊る事で効果の範囲拡大や威力の上昇が可能です。)
〇破壊者
○鑑定」
と書かれてある。
なんだか不穏なスキルがあるが、二人共そこには触れないまま、昨日の一件を思い出す。
「歌う事で具現化って事は歌うのが絶対条件って事よね?」
リンの言葉にトーマはうんうんと頷いた。
「多分っていうか、絶対そうやろうね。」
「昨日のは?曲が流れたっていうのは?音を具現化したって事?」
「・・・・・うん、わからん。とりあえずは姉ちゃん、歌ってみたら?」
「・・・・・・・やね。とりあえず歌ってみるかな。・・・歌、歌ねぇ。」
リンは“具現化”が分かりやすく目に見えて変化の分かる歌を考える。
ふと、リンはなんとなく頭に浮かんだ歌を歌い始めた。
「ポケットの中にはビスケットが1つ、も1つ叩くとビスケットが2つ」
歌いながら軽くポケットを叩く。すると、ポケットがぽこっと膨らんだ。そっとポケットに手を入れて中の物を取り出す。出てきたのは半分に割れたビスケット。
「出た!マジか!ビスケットーーー!!!!!」
リンは驚きと興奮で思いっきりガッツポーズをとりながら叫んだ。
リンは興奮冷めやらぬといった感じのまま、ポケットから出てきたビスケットの半分をトーマに差し出した。
「マジか!うわ。本物やん。・・・・・・本物?」
トーマは顔前のビスケットを見ながら言った。
当然だ。何も無いところから現れたビスケットが本物と断定できるはずがない。
本物か?
と、トーマが思っている間にもなぜか、ビスケットが近づいてくる。いや、むしろトーマの口の中へと入ろうとしている。
「えっ?」
「姉ちゃんは出したやん、食べるのはトーマね、」
リンはにっこりと笑ってそういうと、ビスケットを持っていない方の手でトーマの肩をガシッと掴む。
そのままビスケットをトーマの口に近づけた。
「はっ?いはん、いはんって、ほんほほかほうかわはらんやん?」
トーマはあわてて両手で口を押さえ、首を左右に振る。
トーマのあまりに必死な様子にリンは吹き出した。
「うそ、うそって。半分づつ食べてみよう。鑑定したらビスケットって出とるし、大丈夫って。」
リンはひとしきり笑って、ビスケットの半分をトーマに手渡した。
二人は恐る恐るビスケットを口にする。
「・・・うん、ビスケット、やね」
「・・・普通においしい感じ。牛乳欲しい。」
「でも、なんで1つ?歌の通りなら2つにならんといかんくない?」
トーマはビスケットをモゴモゴしながらリンに言った。
「ん?うーん。なんでやろ?もう一回歌ってみる。」
リンは両手をはたいてビスケットの粉を払うと、もう一度歌い出した。
「増えた?」
「いや、増えとらん。割れただけやね。最初の1個はでてくるけど、2個にはならん。なんでやろ?」
「うーん。」
何度か歌ってみるものの、ビスケットは1個しか出てこない。
リンのズボンのポケットから取り出された半分に割れたビスケットが、トーマの両手を埋めていく。
二人は頭を傾けながらうなる。
しばらくうんうんうなっていたが、トーマが何かに気付いたといわんばかりに顔をあげた。
「わかった!姉ちゃん、イメージだよ!イッメーーージ!」
トーマはどやぁ、と効果音が聞こえてきそうな程得意気にふんぞり返って言った。
「・・・・・言ってる意味はわかるけど、」
そういうとリンは顔をしかめてトーマを見る。
「・・・なんか、そのどや顔が腹立つわーー。」
ひとしきり二人で笑った後、リンは姿勢を正し、気合いを入れ直す。想像するのは、ポケットから叩く度に増えていく割れていないビスケット。
よしっと頷いて、足でカウントをとりながら歌いだした。
「ポケットの中にはビスケットが1つ、も1つ叩くとビスケットが2つ」
手拍子の合間にポケットを叩くとさっきまでの数倍はあろうかというサイズのビスケットが、ポケットから飛び出して草の上に落ちた。
リズムをとりながら歌い、ポケットを叩く度に、ドサドサと音をたてて草の上にビスケットが積み上がる。
楽しくなってきたリンが歌に軽い振りを入れて踊りだすと、更にビスケットのサイズが大きくなり、出てくるビスケットの量が増える。
「ストップ!姉ちゃん、ストップ!ストーーーーーーップ!!!」
ドサドサと音を立てて足元に落ちるビスケットで辺りが埋まる。
身動きが取れなくなる一歩手前で、かなりひっぱくした声で、トーマから止めが入った。
「ちょっ!姉ちゃん!どうすると、こんなに出して!」
トーマの声にはっとして、リンは足元を見渡した。
そこには大量のビスケットが積み上がっている。
「・・・ごめん。なんか、歌いよるうちに楽しくなってきて、夢中になっとった」
リンは肩をすくめて決まり悪そうに笑った。