20 洋服もらいました 1
ヴィエラが仕上げた服は3点。その内1点は、リンが一番心待ちにしていたパソドブレのドレス。
サーシャ達が着ているドレスは機動性が悪い。普段着としてのドレスですら、腰から下のスカート部分はパニエとレースとリボンでこれでもかという程膨れている。歩くときには2人分の幅を必要とし、動き辛さはもちろん、重みもそこそこにある。
リンも競技ダンスでパニエを使用したドレスを着た事はあるが、ラテンの衣装としてであり、その丈はお尻がぎりぎり隠れる位。歩くのも動くのも、片足を高く挙げるのにも邪魔にはならなかった。
先日、ドレスの絵を描いていた時に足が見える長さは却下されていたが、それならせめてパニエのない動きやすいドレスを、と考えた結果の内の1案がパソドブレのドレスだった。
ドレスの丈は踝辺り、スカートの両端をつまみ、頭の先まで持ち上げても尚、生地は余ってひだを作っている。
重くならないよう、軽い生地を使用して欲しいとお願いしてはいたが、リンの予想よりも遥かに軽く、光に当たるとキラキラと光っている。
「おぉぉぉぉ。」
ドレス3点を前に思わず感嘆の声が漏れるリン。その声は、残念ながらかわいいとは言い難い。
ヴィエラは満足気に頷いて、サーシャは待ちきれないといった感じでリンに試着する様に促した。
窓のカーテンは閉めてあり、前回と違ってトーマがいなかった為か、リンはヴィエラの合図で集まってきたお針子達によって、あっという間に着替えを終えた。
リンはしゃがんだり、身体をひねったり、歩いてみたりと思い付く動作をとってみる。
今借りているドレスとは比べ物にならない程動き易く、日本で着たパソドブレの衣装よりも軽く感じた。
「リンさん、少しステップを踏んで頂けるかしら?」
「ステップですか?」
急なヴィエラのリクエストに、リンは少し逡巡し、自分の着ているドレスを見た。
“うーん。恥ずかしいけど、うーん。
踊るか。それならやっぱり、ここはパソでしょ”
幼い頃から競技ダンスを習ってきたリン。羞恥心は人並みにあるものの、人前で踊るのは特段難しい事ではない。
ドレスの裾の両端を掴み、パソドブレの中でも一番知名度の高いステップを踏む。
両手で持ったスカートの裾が動きに合わせて激しく舞う。優雅というよりも力強さを感じる躍り。
音楽もなく、スカートの翻る音と踵を床に打ち付ける音だけが響いた。
久しぶり踊ったリンの心が弾む。
リンが踊ったのはたった数十秒。
リンはふと周りの反応に気付いて固まった。
笑顔や手拍子があるわけでもなく、ただひたすらにサーシャ達がリンを凝視していたからだ。
固まって動かないサーシャ達、それに気付いて固まったリン。一瞬で拡がる静寂。
“あああぁぁぁぁぁぁぁ!!!
間違えた!パソは無い!
パソはないわ!
せめてワルツかウインナーワルツ辺りやん?!ないわ!完全な選択ミス!!!
有名なステップどころか、パソ自体がある訳ないやん!”
リンの身体とは正反対に、激しい後悔と羞恥が押し寄せた頭の中は大混乱になっている。
“あああぁぁぁぁぁぁぁ”
頭の中で悶えているリンが耐えられずにしゃがみかけた。
「すごい!すごいですわ!リンさん。
初めて拝見しましたわ。
見た事がないダンスでしたわ。
あぁ、何と伝えたら良いのかしら。
もっと見ていたいですし、
音楽もあればきっと、もっと素晴らしいのですよね!?
リンさんの故郷のダンスですの?
リンさんは踊子さんでしたの?」
静かなフロアにサーシャの声が響いた。
サーシャは興奮が隠せないのか、通常よりも大きな声でリンに話かけながら足早に側に行くと、リンの両手を握りしめる。
きらきらと瞳を輝かせたサーシャに気圧されて、上体を若干後ろに引きながらリンは瞬きを繰り返した。
「あ、あの」
「ダンスも素敵でしたけども、ドレスのスカート!!
あんなに生地が必要だったのかの理由がわかりましたわ。
人の動きに併せてスカートが揺れるというか、舞う?というか。
今までのスカートとは全く違いますわね。
良い意味での変化だわ。
今までの固まった踊らないスカートではなく、舞うスカート!!
きっと、舞踏会で踊ったら先程みたいに激しく舞う事は無くてもひらひらと蝶が舞っている様にはなるはず!
ですわよね?リン様?」
リンは口を開きかけたが、被さる様に聞こえてきたヴィエラの声にびっくりして口を閉じ、声のする方に顔を向けた。
いつの間にか側にいたヴィエラの顔の近さに再度驚いたリンは、後方に反らした身体を更に横に反らした。