11 研究所
モルディエラ領主邸を中心に街は内陸側に扇状に広がっているが、モルディエラ領主邸を挟んで街の反対側、モルディエラ領主邸の外壁より向こう側は森と大河、更にその先に魔獣域がある。
モルディエラ領と魔獣域はその大河を境に分断されている。
といっても大河にかかった橋や大河の中、上を飛行して来る魔獣は後を断たない。実際、モルディエラ領主邸の外壁の先にある森には魔獣が生息している。
故に、常に魔獣に備える必要があるモルディエラ領の領主邸は他の貴族の館とは構造も作りも機能性も異なっている。
魔獣域に近い方から順に、魔獣域を監視する為の監視棟と詰め所、騎士団の訓練場と研究所、騎士寮と研究者寮、館というよりも城に近い構造の領主邸の4区域に分かれていて、それぞれが外壁よりも低い壁によって区切られている。敷地内には林や森もあり、一領主邸の敷地内とは言えない広さと機能性を備えている。
これらによってモルディエラ領はもちろん、オルジニア国内への魔獣の侵入を防いでいる。
ロンに支えられ、馬に揺られながら説明を聞いていたトーマは困惑していた。敷地内と聞いていた研究所は門を2つ通過しながら馬で30分以上移動した先にあった。
「着きました。ここが研究所です。」
トーマは手伝ってもらいながら馬から降りて建物を見上げた。
真っ白な建物に幾何学的な模様が地面から50㎝位上の辺りにぐるりと一周して刻んである。
ロンが入り口に立っている騎士達に声をかける。
「お疲れ様です。ショーンはいますか?」
「お疲れ様です。ショーン殿ですか?今日は研究室にいるそうです。先程、魔術具班の人間が小走りで研究室に行ってましたよ。馬は厩舎に繋いでおきますよ。どうぞ。」
ロンとトーマはもう1人の騎士が開けてくれた扉を、軽く会釈しながら通った。
トーマがロンから研究所についての説明を聞きながら廊下を進む。研究所内の部屋は広さを重視されているらしく、建物そのももの大きさから考えると部屋数自体は少ないらしい。扉の向こうからは聞こえてきている人の話し声や物音に思ってた以上に人がいるのだろうと思いながらロンについて歩いた。
「失礼致します。ショーンはいますか?」
ロンが突き当たりにあった部屋の扉をノックして開け、返事も待たずに中に入っていく。
トーマも(えっ?ノックの意味なくない?)と心の中で突っ込みながらおそるおそる部屋に入る。
「ロン。ショーンなら奥だよ。」
一番扉に近くにいた白衣を着た男性が顔も上げずに答えた。
ロンも答えてくれた人に顔も向けずに「ありがとう」とだけ言うと奥に進んでいく。申し訳なさ程度の会釈をしながらトーマもロンについて奥に進む。先程の扉よりも一回りほど小さな扉をあけると、そこには扉に背を向けて座り、灰色の髪をかきむしりながら唸っている男性が座っていた。
「ショーン?・・・ショーン!」
ロンが、開けた扉を強めに叩きながら声をかけると、男は背中をビクリとさせて振り向いた。
「ロン!急に声をかけるなよ。びっくりするだろ?」
年の頃はあまりロンと変わらない様に見える彼は眉をしかめてロンに言った。その様子にロンが肩をすくめた。
「君たちにはノックが聞こえないだろう。君に至っては声をかけても気付かない。」
小さくため息をついてみせるロンに、ショーンも肩をすくめてみせた。
「まぁ。だな。
で、どうした俺に何か用?
その隣の人は?」
「トーマ様。ガウス様のお客様で、私の主人だ。魔術具に興味がおありの様で、ガウス様から案内する様にとの指示が出たのでお連れした。ショーン。ガウス様はショーンを指定していた。」
ロンの紹介に合わせてトーマが会釈するとショーンもトーマに会釈すれとロンに真剣な目を向けた。
「俺?間違いなく?」
「ええ。ショーンに、と。」
「あー、了解。」
二人の会話にトーマが首を傾げた。不思議そうにしているトーマにロンが説明する。
「ショーンは魔術具班の責任者です。そのショーンをガウス様が指定したという事は、魔術具の研究内容を全て見せて良いという許可が出たという事です。」
ロンが微笑むと、横でショーンがうん、うん、と首を縦に振って、ニカリと笑う。
「で、トーマ様?何からみていきますか?」
「様、は要りません。呼びすてか、さん付けでお願いします。」
トーマはここ最近言い慣れてきた台詞を口にする。
ショーンは首を傾げてロンを見た。ロンはショーンに小さく頷いた。
「では、トーマ殿、何からみますか?」
「転移の魔術具ってありますか?」
トーマは待ってましたと言わんばかりに食いぎみにショーンに聞いた。
ショーンは机の上の書類を親指で指した。
「今まさに行き詰まってたやつですけど?」
トーマの目がキラリと光った。