09
執事に案内され通されたのは、壁の一面が鏡になった、中心にポツンとテーブルと椅子だけが置いてあるだけの物がない部屋だった。
そのテーブルでお茶をしていたサーシャが、二人の姿を見て、ふわりと笑顔になる。
「リンさん、トーマさん。」
「サーシャさん、おはようございます。」
「おはようございます。お待ちしておりましたわ。お座りになってお話でも、と思っておりましたが、時間が押しておりますの。まずは服から、ですわ。」
サーシャのその言葉にどこにいたのかと聞きたくなる人数の侍女がわらわらと出てきた。
侍女達はトーマとリンをばらばらに鏡の前に誘導していく。それぞれを囲む様にして鏡以外の場所にパーテンションが置かれた。
リンとトーマがおろおろとしている間に服を脱がされ、身長、肩幅、胸囲に腹囲と身体中のありとあらゆる部位の寸法が測られていく。
二人が状況についていけず、あわあわしている間に採寸が終わり、服を着せられパーテンションが外され、先程サーシャがいたテーブルへと誘導される。
サーシャはテーブルの上に広げられた大量の紙を見ながら、これまたいつの間にか増えたのか、横に座っている女性と楽しそうに話しをしている。
側にきたリンとトーマに気づいたサーシャが顔を上げた。
「リンさん、トーマさん。紹介致しますわ。こちらは私の信頼する商会のお針子さんでヴィエラですわ。」
紹介を受けた女性が立ち上がり優雅にカテーシーをとる。
「初めまして、リン様、トーマ様。ヴィエラと申します。以降、お見知りおきを。」
立ち上がったヴィエラはトーマより頭一つ分程高い身長の身体の線の細い女性に見えた。
リンとトーマはパステルカラーのドレスを着たヴィエラの野太い声に首を傾げた。
(うん、男性かな?喉仏出とるし。)
リンがそう思いつつお辞儀をすると、あわててトーマもお辞儀をする。
「リンです。初めまして。」
「初めまして、トーマです。」
「リンさんとトーマさんの服をヴィエラにお願いしようと思って。」
花が綻ぶ様に笑うサーシャに、リンとトーマは返答に困った。
ガウスにお金について教えてもらうつもりだった事を思いだし、どうやって断ろうかと悩む。完全に準備万端のこの状態で‟お金がないので買えません”とは言いづらい。
立ったまま座ろうともしない二人にサーシャが両手を胸の前で合わせた。
「私がガウス様にお願いしたのです。使用人達にお二人に必要な物を揃える様にと指示を出していらっしゃったから、洋服はもちろん、それ以外に必要な物も私が一緒に揃えたいって。ガウス様がご了承くださったので、私がお二人とお買い物が出来る事になりましたの。」
ふふとサーシャは楽しそうに笑った。
「ガウス様の大切なお客様ですもの。私にもお世話させてくださいな。息子たちもいなくて淋しかったのです。久しぶりに心が弾んでいますの。お二人ともお座りになって。」
サーシャの嬉しそうに話す声に、リンとトーマは顔を見合わせた。
「・・・出世払い?」
「・・・が、がんばる。」
二人が椅子に座ってからが始まりだった。
‟採寸なんて只の序章にすぎなかった”と思える位程に。
1時間もしない内にトーマはぐったりとしていた。
あれ、それ、これと色んなデザイン画を見せられているうちはまだ良かった。生地の色だとか、装飾品だとかの頃には限界を感じていたのに、それをもう数回繰り返している。何着作る予定なのかとか、そんな突込みすらできる気力は残っていない。
最初はトーマも頑張った。動き易い服を選び、色は黒一色、装飾品はいらないと希望を言っていたのだが、サーシャとヴィエラからにっこり笑顔で却下された。途中からはただひたすらに肯定の返事を繰り返した。
リンは最初の段階でつまづいた。デザイン画の中の女性の服で動きやすい服など微塵もなかった。口頭では中々上手く伝わらず、紙と羽ペンを渡されて希望のデザインを描く事になった。
リンの趣味は絵を描く事と競技ダンス。
競技ダンスのモダンのドレスを思い出しながら絵を描いていく。
貴族女性の服の決まり事が多くなかったのは幸いだった。唯一、スカートの膝丈について、平民でも一部の人と子供の服だと却下されたが、スカートの丈、足と腕が見えないようにする事にさえ注意していればある程度は大丈夫そうだった。
リンの描く‟元の世界の服”はサーシャとヴィエラの目に新鮮に映った。
3人はトーマを置いて白熱していた。
トーマの目が遠い所を見始めた頃、ノックと共に部屋にガウスが入ってきた。
「失礼。トーマを引き取りに来た。
サーシャ、トーマは連れて行っも良いか?」
ガウスはトーマの様子をみながらふっと笑うと、サーシャに尋ねた。
「トーマさん?まだ、途中ですけれども。」
「後はサーシャに任せる。ご婦人方の方が得意だろう?」
サーシャはガウスの言葉に嬉しそうにほほ笑んだ。
「ええ、承りました。後は3人で大丈夫ですわ。」
「頼んだ。では、失礼する。ロン、トーマを。」
ロンと呼ばれた執事が魂の抜けかけたトーマを連れてガウスの後をついて部屋を出た。




