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08


 朝食を終えた二人はガウスの執務室に来ていた。

リンとトーマが勧められた椅子に座る。

侍女達がお茶の用意を済ますと、人払いがされて部屋に3人だけになった。


「リン、トーマ、二人に提案なのだが・・・」


ガウスの真剣な顔に背筋を正すリンとトーマ。


「二人には身分証がない。身分証がないと生きていけない訳ではないが、不便だ。1番良いのは誰かの養子になって身分証を作る事だ。二人は私の養子になる事に問題はないだろうか?」


ガウスの唐突な話に二人は驚いて目を瞬く。


「えっ?養子?ですか?」


リンとトーマの言葉が重なる。


モルディエラ家は王家に連なる侯爵位である。

オルジニア国と魔獣域との辺境にあるモルディエラ家は、魔獣域からオルジニア国を守る要となっている。

それ故に、代々魔法と武術の優秀者を輩出、又オルジニア国内で使用されている魔石や魔獣の素材のおおよそ8割以上がモルディエラ領から流通している。

現状、オルジニア国内でモルディエラ家と対立できる貴族はいない。

貴族になる事で発生する責任や煩わしさを差し引いたとしても、モルディエラ家の養子になるのはメリットの方が大きい。


ガウスはモルディエラ家に養子になる事で発生する様々なメリットやデメリットについてリンとトーマに説明した。


「どうだろうか?」


ガウスの問い掛けにリンは答えられずにいた。

突然の話しに理解が追い付かない。いや、気持ちが追い付かない。

養子になるという事は名前が変わる。物はもちろん着ていた服以外何も持って来れていない。身体すらも半部はこの世界に来て形成された。

唯一、名前だけが元の世界のまま。

こちらに来てからなんとなくフルネームを口にしなかったのは“帰りたい”“元に戻りたい”という、今を受け入れられない気持ちが少なからずあったからだ。触れられたくない、大事な最後の砦。

その名前すらも変わってしまうのかと思うとお腹の底にジワジワと重い何かが広がっていく気がする。

(先ではわからんけど、今すぐに養子になるのは無理。だけど、断るにしても上手く言える?気まずくなったり、信用されていないとか、変な誤解をされたりせん?

養子になった方が本当は色々と都合が良いんだろうけど、養子になるべき?)

リンは実利をとって養子になるべきか、自分の気持ちを優先させても良いものか、答えを出せないでいた。

しかし、横からトーマの軽い返事が聞こえてきて、リンは俯いていた顔を上げた。


「いいえ、いいです、いいです。とりあえずは。必要になってから考えます。」


トーマは糸目の端を垂れ下げてハニカミながら、まるで差し出されたお菓子を遠慮しつつ断るかの様に、両手を前に差し出して左右に振っている。その顔には“何も考えていません”と書いてある。

リンは小さく息を吐いた。いきなり飛ばされた知らない場所、人、慣れない環境に、自分が思っている以上に気を張っている事、考えが暗くなっている事に気付いて苦笑いを浮かべた。

(あー。いかん。気分的に落ちとる。)

もう一度、小さく息を吐くと、真っ直ぐにガウスを見る。


「あの、養子の話は保留にしてもらう事は出来ますか?」


ガウスは二人の言葉に小さく微笑んで頷いた。


「わかった。とりあえず養子の件については保留にしよう。

・・・あまり奨めたくはないが。」


ガウスはそう言うと、身分証の発行について説明をする。


 身分証を作る方法は3つ。

 1つは出生時に親が子供の身分証を作る方法。

 1つは親の代わりになる人、孤児院にいる子供であれば孤児院の責任者、養子であればその身元を引き受けてくれる人に身分証を作ってもらう方法。

 1つはギルドに所属して身分証を作る方法。

 但し、ギルドの身分証しか持っていない場合、信用度が低く、不都合な場合が出てくる。通常はギルドに登録すると、出生時の身分証にその旨が追加されるが、ギルドで作った身分証の場合、出生時の情報が空欄となる為、身分証を見ればすぐにわかる様になっている。出生時の記録がない人は他国から流れてきた難民や罪人、逃げてきた奴隷、スラム出身者である場合が多く、仕事を探す時や大きな売買をする時、ギルドでの取引の場合においてすらも、不利や不都合しか生じない。

故にギルドのみでの身分証の作成は勧められない方法となる。


説明をしながら、ガウスが左手の掌を上に向ける。開いて閉じてもう一度開いた手の上に1枚の手の中に収まる程の大きさのカードが現れる。

リンとトーマは驚いてカードに釘付けになった。


「これが身分証。基本的に自分の意思で出し入れが可能になっている。頭の中で身分証を出そうと思いながら手を動かせば出てくる。頭の中で身分証が消える様に思いながら手を動かすと消える。」

ガウスが先ほどと同じように手を閉じて開くと手の中にあったカードが消える。


「身分証は本人の許可がある時だけ許可を受けた人のみ触れる様になる。」


ガウスはもう一度身分証を出すと、トーマの前に差し出した。トーマが身分証を受け取ろうと手を出して掴んでみるが、掴めない。

トーマが何度か試してみるが、やはり掴めない。


「どうぞ」


ガウスがそう口にした途端、空を切る様にして動いていたトーマの手に”物“の感触が伝わる。


「おおぉぉぉ!」


トーマの驚く様子を見て、ガウスの顔が綻ぶ。


「トーマ、それを持ったままあちらの壁まで行ってみてくれ。」


ガウスの言う通りに立ち上がり、少し離れた壁に向かって歩いていると、途中で手に持っていた身分証が消える。


「消えた!?・・・落としてないよね?」


トーマが身分証を持っていた手と床を交互に見る。


「ある一定の距離を離れると持ち主の所に戻ってくる。」


そう言ったガウスの掌には身分証がある。


「おぉぉぉ!マジか!すごい!」


「・・・これも魔法ですよね?でも、さっきの話しだと、基本的には皆持ってるという事ですよね?」


リンが思案顔でガウスに訊ねた。

ガウスは小さく頷いて、机の上に500円玉ほどの金属を置く。トーマが椅子に座るのを確認してから、その金属の中心に触れた。


「起動」


ガウスの言葉の後に空気が変わる。遠くに聞こえていた、使用人の歩く足音や物が動く音、窓から入ってきていた風に揺られる葉の音も何も聴こえなくなる。

トーマとリンは驚いて周りを見渡した。うっすらと薄いピンク色の膜の様な物が自分達を中心に半円状に見える。

トーマは机の上の金属に視線を移して、触りたくてウズウズしている。


「一定の場所のみ音を遮断する魔術具だ。この魔力を集めて放出する事ができる金属に魔術式を掘る事で魔術具ができる。最初に呼び水として魔力を流してやる事と、道具に掘った魔術式に合わせた言葉を言う事で使える。」


ガウスが言いながらその魔術具をトーマに渡す。トーマはまじまじと眺めたり触ったりしていた。


(とりあえず、トーマは置いといて)

リンはトーマの行動を横目にガウスに訊ねる。


「皆持っていると言う事は、やっぱり、皆魔法が使えるはずって事ですよね?」


ガウスがリンの言葉に口の端を少し上げて笑う。


「そういう事になる。」


「・・・身分証を作る時は貴族とそうでない人は同じやり方ですか?」

「作り方は同じだ。貴族は各々の家で作り、平民は教会に行ってつくる。違いはそれくらいで、身分証を作る時に使っている魔術具は同じ物だ。

そもそも、元々身分証は生存確認の為の物だったらしい。

だから身分証を作るのは1人では作れない。

今でこそ5つの国にまとまっているが、今から5、6百年前は大中小といくつもの国に分かれていて、争いも絶えなかった頃があった。

その頃、大事な人の安否確認の為に出来たのが生存証明書と言われている。

存在証明書は本人の死後、親や子供の元に移動して、大体30日位で消える。

生存証明書の仕組みについての文献等は残っていない。

戦禍に巻き込まれて消失したか、故意に隠されているか。

魔人の話と照らし合わせた場合、平民も魔法を使っていた頃からあった物だと考えれば、身分証に何か細工がしてあるとは考えにくい。」


「身分証に細工するんじゃなくて、身分証で左様する魔術具は?」


魔術具に夢中になっていると思っていたトーマの発言にリンが視線を向ける。

その顔にはやはり“何も考えてません”と書いてある。


「確かにその話もでてはいたんだが。仮にそんな魔術具を作るにしても、この国はもちろん、他の国も状況は同じ。そうなると、大規模な魔術具が必要になる。そんな大規模な魔術具を見つけられないと言う事はないと思うのだが、」


ガウスが途中まで言いかけて言葉を止め、扉を見て頷いた。

リンとトーマも振り返って扉を見る。

開かれた扉の前でリンとトーマと目があった執事が一礼する。


「後が詰まっているみたいだ。トーマ、魔術具の中心を触りながら“解除”と言ってくれ。」

ガウスがトーマに視線を移して言うと、トーマが頷き目をきらきらとさせて魔術具の中心を触る。


「解除」


周りにあった薄いピンクの膜が霧散して消え、耳に届く音が増える。


「おおぉぉぉ」


今にも小躍りを始めそうなトーマが小さく感嘆の声を挙げる。


「サーシャがリンとトーマに時間をとって欲しいと言っていた。申し訳ないが今日1日はサーシャに付き合って貰えるか?」


ガウスが苦笑する。

リンとトーマはガウスのその様子に首を傾げながらも了承の返事をした。


すぐにリンとトーマはガウスの苦笑いの意味を知る事になる。






 

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