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74:蒼と茜 (4)

 私が垣間見ているのは遙か遠い過去。

 そして時間(とき)はまた移りゆく。

 天狗の住む里は穏やかで、見下ろす長の屋敷は何一つ変わらない姿でそこにあった。

 

「蒼様!琥珀様!お待ちくださいませ!!」

 

 変わったのは侍女に追いかけられる人数が二人に増えたことだ。

 

「やだよー」

 

 二人の男の子はいかにもおもしろい企み事があるという表情で、廊下を駆けてくる。

 そのうちの一人、蒼は私がちょうどよく見知っているくらいの年格好に成長していた。

 相変わらず女の子みたいに可愛らしい。

 もう一人は金茶の髪をした、こちらは幼いながらイケメンな少年。

 琥珀だ。

 けれど私は疑問を持った。

 琥珀は蒼と同じくらいの歳、つまり十歳くらいに見える。

 二人には歳の差があるはずなのに。

 

「あの、悠璃さん聞こえてますか?天狗はそれぞれに成長のスピードが違うとか…そんなこと、あったりします?」

 

 問いかける方向がわからないので、私の言葉は独り言のように宙を漂った。

 

人間(ひと)とは違う妖なれば」

 

 答えが返る。

 

「育つ速さ、老いる速さに差があったとして何の不思議がございましょう」

 

「ギャッ!」

 

 悠璃の言葉尻にかぶり気味で悲鳴が聞こえた。

 何かが倒れた音もしたような気がする。

 

「やった!」

 

「大成功!」

 

 足元に張られた紐に引っかかってすっころんだ侍女を見て、蒼と琥珀は歓喜の声を上げて逃げ去っていった。

 完全に悪ガキ二人組だ。

 侍女の事が気の毒になった。

 

「みんな諦めが悪いって」

 

 廊下の角から顔を出して琥珀は状況をうかがう。

 侍女達が二人を探していた。

 

「琥珀、こっちの方が見つかりにくそうだ」

 

 蒼は別の細い廊下を示す。

 薄暗く、屋敷の裏手まで繋がっている廊下にはあまりひと気がない。

 二人は一気に走り抜けようとしたのだが。

 

「二人とも、どこへ行くのですか?」

 

 蒼と琥珀が廊下の終わりに差し掛かったところで角から女の子が姿を現した。

 優しげな微笑みの、私と同じくらいの歳の女の子。

 

「牡丹!どうしてここがわかったの?」

 

「茜様が、蒼様はきっとこちらを通るだろうと」

 

 牡丹はふんわりと笑う。

 それこそ、牡丹の花のように。

 

「お戻りくださいますね?」

 

 牡丹の笑顔には誰も逆らう事はできないようだった。

 

 

 

 

 

「蒼様、琥珀。男たるもの女性には優しくしなければなりませんよ」

 

 二人を部屋に連れ戻して、牡丹は咎めているのかどうかわからないくらいのおっとりとした口調で言う。

 

「女性を護るのが男性の役目なのです。やがて妻となる方も現れるのですから」

 

「じゃあ牡丹の事護るから俺の妻になってよ」

 

 蒼はものすごいことをさらりと言った。

 蒼は私の知っている彼と見た目は同じ十歳の少年でも少し印象が違う。

 私の知っている少年の姿の蒼の瞳は栗色で、今見ている蒼の瞳は青年の時と同じ金。

 空の一族の色だ。

 それだけで随分印象は変わる。

 そして髪には臙脂色の部分が一筋。

 服装のせいもあるだろう。

 だけど見た目の事だけじゃない。

 表情や仕草がわずかに違う。

 話し方だってちょっと違う。

 子供であるのと子供らしくふるまっているのとではやっぱり違うのだ。

 

「もっと大きゅうなられましたらね」

 

 何事もなく朗らかに受け流す牡丹。

 

「蒼、それ何回目だよ?」

 

 しかも、初めてじゃなかったようで琥珀がすかさず突っ込んだ。

 そんなやりとりを見てため息をもらしたのは茜だ。

 

「牡丹、もう終わったのだけれど」

 

 机に向かっていた茜は筆を置いて、書き付けた物を牡丹に示した。

 茜の真っ黒だった髪にもまた紺色が一筋。

 蒼と茜は相変わらずそっくりだったが、ちょっと見分けやすくなった。

 この広い部屋には茜ともう一人、白い髪の綺麗な顔をした少年がいた。

 白銀の見た目も十歳くらい、茜を護るように一定の距離に控えている。

 蒼は渋々筆を手にしたものの、仕方なくといった様子で紙に難しい漢文のようなものを書いてく。

 琥珀も同じ作業をやっているが、気合いが入らないのか欠伸をかみ殺していた。

 きっと長になる者にも、それを補佐する者にも、学ばなければならない事が沢山あるのだろう。

 微笑ましい光景だった。

 

 

 

 

 

 一瞬視界が白くぼやけて、また鮮やかな色を取り戻す。

 そこは今まで目にしていた幻想的に水をたたえた風景ではない。

 もっと雄々しい、大自然がどこまでも広がる緑の深い場所。

 現代では目にすることは難しいであろう山の姿だ。

 その山中に不思議な物があった。

 木製の、やたら立派な門が樹木以外は何もない中にそびえ立っているのだ。

 

「どうだ?」

 

「大丈夫、誰もいない」

 

 少年二人が門から顔を出す。

 蒼と琥珀は今日はうまく屋敷を抜け出したようだった。

 濃紺の翼と、金茶の翼は、風の早さで木々の間を抜けて山を下る。

 水の流れる音を聞いて、蒼と琥珀は地に降りて翼をしまった。

 目の前に現れた麓に近い緩やかな流れの川。

 人間の子供達が魚を捕っている。

 蒼と琥珀は人間っぽい格好に変じると、何のためらいもなくそこに混ざっていった。

 親しげにしている所を見れば度々こうして人と関わりを持っているのだろう。

 子供達の楽しそうな声が水音と溶け合う。

 やがて捕れた川魚を手に人の子達が帰り始めると、蒼と琥珀も山中へと引き返した。

 日差しはまだ昼下がり。

 彼らは門にほど近い深い森でその木の一本に降り立った。

 なんと、そこには家があるではないか。

 見回せば木材を組み合わせた家は他にもたくさんある。

 

「あれらは鴉天狗達の住まいにございます」

 

 木々の上に作られた家は現代で言うツリーハウスを思わせた。

 

「鴉天狗はその名の通り鴉に姿を変じる者達。この頃は天狗達にも身分制度の様なものがあったのです。身分が低い鴉天狗達は里と外界を繋ぐ門より中に住むことはできないと定められておりました」

 

 悠璃によれば鴉に変化できる天狗は鴉天狗という種類らしい。

 だったら白銀はどうなのだろう。

 彼は里の中で暮らしている。

 でも白い鴉の姿を私は見たのだ。

 その理由を私は知ることとなる。

 

迦墨(かすみ)!」

 

 木の上の家から出てきた住人に蒼は満面の笑みを浮かべた。

 

「また里を抜け出して人間(ひと)の所へ?」

 

「うん!」

 

「見てよ、大漁だろ?」

 

 蒼と琥珀は得意げに魚を指し示した。

 迦墨という天狗はたくましい男性で三十歳ほどに見える。

 切れ長の目元に優しげな表情を浮かべていた。

 今まで見た天狗達は色彩豊かだったのに対し、黒髪で着ている物も黒が基調だ。


「でさ、これ迦墨にあげるからまた剣術教えてよ!」

 

「わざわざこんな所まで来なくても、指南役の方がいらっしゃるでしょうに」

 

「迦墨が一番の剣の使い手だからに決まってるさ。な?蒼」

 

 琥珀の言葉にそうそうと蒼が頷く。

 迦墨はやれやれといった様子で二人を伴い地へと降り立った。

 

「では、こういうのはどうですか?」

 

 風を操って木の葉を舞い散らせる。

 それが(まと)だ。

 手本に刀を振るった迦墨の動きはまるで舞っているように美しく、無駄がない。

 蒼も、琥珀も、それを必死で真似て木の葉を追う。

 けれどいつの間にか蒼は手を止めて迦墨を見ていた。

 

「迦墨はさ…白銀と一緒に暮らせなくて寂しくないの?」

 

 蒼は葉っぱ越しにぽつりとそう投げかける。

 

「……代理様は鴉の私の血を引く白銀を里に住まわせてくださっている。それだけで十分にありがたいことです」

 

 そう言った迦墨の憂いをおびた笑み。

 

「茜が長になったら!そしたら一緒に里で暮らせるように頼んみようか?」

 

「ありがたい話ですが…白銀がそれを望まないでしょう。あれは鴉の血を引いていることを恥じているから」

 

「……鴉とかそうじゃないとか、なくなればいいのにな」

 

 蒼はそれ以上何も言わずに舞い落ちる木の葉に向かってただ一心に刀を振るっていた。

 

 

 

 

 

「またあいつの所に行ったのですか?」

 

 白銀のトゲのある言葉が里に戻った二人を迎えた。

 木の橋のような、廊下のような里の道は建物をつなぎ、やがて一本になって木々に囲まれた門に至る。

 夕日と木の葉が影を作り出すその道の途中で、蒼と琥珀は立ち止まった。

 

「自分の父親のことをあいつなんて言うな」

 

「父が鴉であるせいで私がどんな思いをしたのか、あなたにはわからないでしょうね」

 

 瞳に宿る暗い影は彼がこれまでに背負ってきた決して軽くはない運命を映していた。

 

「蒼様、あなたが里を抜け出す度に大騒ぎです。自分の立場がわかっているんですか?だからあなたは長に相応しくないと皆が噂するんだ」

 

「おい、そのへんで止めとけよ」

 

 琥珀がたまらず止めに入る。

 

「長は茜だろ。俺はそれでいい」

 

 それだけ言って蒼はさっさと屋敷へと向かう。

 蒼には親という存在がいないから、父というものがありながらそれを受け入れない白銀に戸惑いを感じるのだろう。

 そして白銀もまた、次代の長として生まれながらその地位を望まない蒼の態度に戸惑っているように見えた。


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