表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/100

71:蒼と茜 (1)

 それからはもう無我夢中だった。

 蒼を抱えて出口を探してさまよい、気が付いたら黒い救急車の中だった。

 自力で地上までたどり着いたらしいがよく覚えていない。

 叶斗がすでにこの白澤医院で手当てを受けていることを知ったのは病院に着いて、そこにイズミの姿を見つけたからだった。

 伊緒里や暁史もここで治療を受けているとわかったのは更に後だ。

 彼らのことを考える余裕など完全に失っていた。

 二人とも火傷を負ったが無事らしい事がせめてもの救いだった。

 蒼は柊子の手で治療中で私には後は待つことしかできない。

 救急車の中でも、もがき苦しむ彼の体を押さえる事くらいしか私には出来なかった。

 白銀を止めることもできず、今はただ待つことしかできない私はあまりに無力だ。

 悔しさに唇をかみしめた私の肩を隣に座るイズミがそっと抱き寄せた。

 イズミはきっと山ほど聞きたいことがあるはずなのに今はただだまって隣にいてくれる。

 イズミがいて良かった。

 それだけでとても救われる気がした。

 

 

 

 

 

 数時間の後、手術室から運び出された蒼は特別室のベッドで眠っていた。

 滅菌された部屋に横たわる少年は、首と胸元から腹部にかけて包帯が巻かれているのが痛々しい。

 苦痛でかきむしって自らの爪で付けた傷もある。

 今はもう随分と呼吸は楽そうになったけれど、時折苦しげな息をもらしていた。

 

「まだ安心は出来ない。解毒はしたけれど、既にそうとう内臓のダメージが大きかったわ」

 

 柊子もまた心配そうに蒼を見つめている。

 

「でも私達妖は人間よりずっと丈夫よ。彼の体力と治癒力を信じて」

 

 柊子は私を安心させようと、そして自らの不安をぬぐい去るように笑みを浮かべた。

 毒は微量だったから助かった。

 でもきっと人間なら助かっていないだろう。

 本当はずっと側にいたいであろう柊子には待っている患者がたくさんいる。

 彼女は私にも休むように言って去って行った。

 静まり返る病室。

 

「ミズホ、少し休んだ方がイイでス」

 

「うん…」

 

 けれど私は蒼から目が離せなくて、ベッドの脇の椅子に腰掛けて蒼の手を握りしめる。

 熱のせいでいつもより熱いその小さな手を。

 それからたぶん何時間もそこに座ったままでいたと思う。

 そのまま微睡んでいた私はドアが開く音にはっと我に返った。

 

「あ…架牙深さん?どうして?」

 

 医療器具を乗せたワゴンを押して病室に入ってきた架牙深龍介は高校の制服ではなく上下に分かれた半袖の白衣姿だ。

 

「少し医学の心得があるのでたまにこうして手伝っているんです。蒼さんの様子はどうですか?」

 

 蒼の表情も手を通して感じる熱も、幾分和らいでいた。

 

「落ち着いているようですね。包帯を交換しましょうか」

 

 龍介は点滴薬に消毒液に包帯とてきぱきと準備し、服を脱がせ始める。

 

「あの…私達外でまってます」

 

 見ていていいものやら悪いものやら、ソファで眠っていたイズミを起こして部屋を出た。

 

 

 

 

 

 廊下の突き当たりにはソファの置かれた共有スペースがある。

 そこに腰を下ろしていくばくもしないうちにイズミはまた寝息をたて始めた。

 疲れているんだろう。

 前には賑やかだった病院内も今はどうしてだか静まり返っている。

 窓の外はいつの間にかすっかり夜が明けてはいたが、不気味な雲が日の光を遮って暗い。

 それはこれから起こることを暗示しているのだと、前にも増して落ち着かない気持ちにさせる。

 叶斗はどうしているだろう?

 どこか別の病室で眠っているはずだけど。

 怪我はひどいのだろうか。

 そんな風に考えていた時、ちょうど廊下にあるエレベーターの扉が開いた。

 現れたのは今まさに私が気になっていた人物だ。

 私達に気付いて、叶斗は意外にもしっかりとした足取りでこちらへやって来た。

 左の袖口から包帯が見える。

 

「蒼は?」

 

「落ち着いているって。今包帯を替えてもらってるんです」

 

「そうか…」

 

「榊河君の方は…?怪我は…?」

 

「問題ない。ちゃんと計算して刺したからな」

 

 あの状態で怪我がひどくならないように計算していたなんて信じられない事だ。

 けれど、左手を握ったり開いたり動かしているのを見れば言葉に偽りはないのだと思う。

 といっても元通りに動かせるまでには時間がかかるだろうし、痛くないわけはないだろうけど。

 

「あの……夜稀さんが…」

 

 私は夜稀が白銀の裏切りによって命を落としたことを叶斗に伝えた。

 

「そうか。……夜稀の血はかつて僕の父や、多くの人間を殺めた。あいつは屋敷に火を放って逃げ去った。そこにいた者は助からなかった」

 

 叶斗は記憶をたどっているようだ。

 つらい記憶を。

 

「夜稀さんはお父さんの(かたき)なんですね。仇を…打ちたかったんですよね…」

 

「そうだな…だが、仇討ちなんて今となってはバカな考えだったと思う」

 

 叶斗は何かを振り払うように首を振った。

 

「きっと恨みや憎しみで戦っても後に残るのは虚しさだけだっただろう。憎しみは何ももたらさない」

 

 夜稀は自らの主人を憎んで恨んで、人間を殺して、残された人がまた夜稀に恨みを抱いて、そうやって続いていく怨恨の負の連鎖をどこかで誰かが断ち切らなければならない。

 簡単なことではないけれど。

 だって人を許すことより恨むことの方がよっぽど簡単だ。

 

「僕はもう迷わない事にした。だから君の力を貸してほしい」

 

 叶斗は難しい方を選んだのだろう。

 そして、彼が私をこんなにも素直に必要としてくれたのは初めてだった。

 もう白銀に惑わされはしないと彼は決意したのだ。

 手に入らなかったと嘆いて過去を振り返るより、未来を護るのだと。

 だから私もできる限りのことをしよう。

 ただ、実はほんの少し気になることがある。

 

「もちろんです。私に出来るとこなら何でもする。でも教えてほしいことが…」

 

 その時、堅い金属製の物が床に散らばる音が廊下まで響いた。

 蒼が眠っている病室の方だ。

 

「何だ!?」

 

 弾かれたようにそちらを振り返った叶斗。

 それは音のせいばかりではなかった。

 嫌な感じがする。

 毛穴がチリチリと痛いような感覚。

 強大な妖怪と対峙した時、その妖気にさらされた時の感覚だ。

 焦りを抑えきれず駆け出した叶斗の後を追うように私も病室へと急いだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ