68:北の異界と白い天狗 (6)
イズミが加わって、三人で広大な学園内を更に先に進む。
目指す先は蒼しか知らない。
妖怪達の攻撃により校庭がえぐれたり校舎の一部が損壊してしまった写真をイズミは何枚も撮っていた。
そんな写真が出回っては一大事だ。
あとでデータを消去しないといけないと思いつつ見回せば、いつの間にか辺りは静かだった。
もう操られている妖怪はいなくなったのか、はたまた仲間がやられるのを見て逃げてしまったのか、襲ってくる気配はない。
「重大なコトを聞いテいませんでマシタ!!」
撮った写真のデータを見てご満悦だったはずのイズミが一大事とばかりに声を上げた。
「ど…どうしたの?」
「蒼クンのお兄サンのお名前です!何というノデスか?いつまでも“蒼クンのお兄サン”では他人ギョウギでス」
「えっ!?え…っと…」
私は言葉に詰まる。
だって彼自身が蒼で、だからといってそうだとバラすとまたやっかいなことになりそうだから。
「紅月」
そんな私の苦悩をよそに蒼はさらりと答えた。
「コウヅキさん!素敵な名前でス!」
蒼はこの時点でまだ剣技を披露してはいなかったが、イズミは彼に大いに興味があるらしい。
きっと日本刀とか見たら更に喜ぶだろう。
蒼もそう思うから妖怪達の相手を私に任せ、あえて護りに徹していたのだと思う。
けれどこの先はそうもいかない。
あの白銀にはきっと私では適わない。
それに茜が目覚めたら…。
その前に何としても追いつかなければ。
正にそう考えた時、視界を純白がかすめた。
白いロングコートの肩に掛かる白い髪。
後に従うのはそれより少し小柄な後ろ姿。
白銀と叶斗だ。
学園の中央に位置する古い洋館を思わせる建物。
普段生徒はあまり近寄らないその建物に二人は入っていった。
「今のはカナト王子デハ!?」
「追うぞ!」
「わ、わっかりマシタ!!」
何故かイズミが訳も分からず張り切って返事を返す。
そこに立ち入るのは二回目だった。
私が理事長に謁見した部屋はここの最上階にある。
その時と同じ広々としたエントランスが私達を迎えた。
「こっちだ」
蒼は上に続く階段を素通りしてその更に奥の扉を目指す。
扉の先は長い廊下。
ずらりと並んだドアが奇妙な空間を作り出していた。
どのドアを開ければいいのか、蒼は迷いもせず歩き出した。
「コウヅキさんはココを知ってるのデスカ?」
「…俺は榊河に雇われているからな。ここにも何度か来たことがある」
もし本当のことを言えるなら雇われているのではなく仕えているのだけど。
「コウヅキさんは榊河グループで働いていらっしゃルのでスカ!ナルホドそれでミズホが桐組に――」
イズミは蒼が榊河グループの社員なのだと認識したようだった。
彼女はたぶん私が桐組編入という偉業を成し遂げたのは蒼の力添えがあったのではと言おうとしたのだろう。
もしそうなら私はコネを使って桐組に入ったようになってしまうけど…まぁ真実とあまりかわらないかも。
イズミがその話の途中で口をつぐんだのは私に気を使ったからではなく、別の興味の対象が目の前に現れたからだった。
ドアの一つを開けると現れたのは階段だ。
「地下がアルのデスネ!」
階段は下へと続いている。
下って行くとまた廊下に出た。
いや、今度は廊下というか木でできたトンネルのようで、薄暗くて少し怖い。
ずらりと並ぶ扉はさっきよりも古いもののように見えた。
次に開けるべき扉はすぐにわかった。
白銀がその扉を開いたところだったのだ。
私はとっさに印を結ぶ。
これ以上先に進ませるわけにはいかない。
「ナウマク、サマンダ、バサラダン、カン!」
私が放った真言を打ち破ったのはこちらを振り返った叶斗の切った九字だった。
虚ろな視線は彼が正常な状態ではないことを示している。
懐からお札を取り出した叶斗の指先が閃いた。




