54:東の清流と西の宵闇 (4)
「なんや、いきなり!失礼なオカマやな!」
「オカマだなんて失礼なのはどっち?男も女も関係ないの。私は綺麗な物が好きなだけよ」
この場に似合わない煌びやかな衣装が一瞬だけ覗いた雲の切れ間からの光にキラキラと輝いた。
小太郎の父親や同族だとしたら彼も神様だ。
神と分類される妖怪ってみんなこんななんだろうか。
ノリの軽い琥珀を思い出してそう思った。
「失礼なお嬢ちゃんね。でも神様ってのは悪くないわ。私はこの地を長い間見守ってきたんだからね」
口に出していないことに答えが返る。
私の考えたことがわかるとでもいうのだろうか。
「そう。私には他人の考えがわかるのよん」
全てではないけれどね、そう付け加えた。
それでも心が見られていると思うとものすごく落ち着かない。
「ならば聞きたいことはわかっているだろう、ここの封じを――」
「あら、この子のことが気になっているみたいねぇ?」
「ちが…」
「いいわ、あなた人にしては綺麗だから助けてもらったお礼に教えてあ・げ・る」
言葉を遮られた上にウィンクを投げられ、叶斗の顔が明らかに引きつった。
たぶん叶斗が無意識に考えてしまっているのが小太郎の事で、それすらこのひとにはわかるのだ。
「この子、七郎は元は人の子だった。霊力の強い子でね、だから川に住むと信じられていた水の神に捧げられたのよ。度々起こる水害を防ぐためにね。そしてその時の恐怖で声を失ってしまったの」
小太郎に向ける眼差しは切なくそして愛おしさに満ちている。
「でもね、水害が起きていたのは川の主が不在になったためだったの。皮肉なことに捧げられたこの子自身が川を護る存在になるなんて。その事を人間達が知っていたとは思えないけれど、柳の木は村人達が植えたものよ。この子は頭のいい子だから、その柳が自分のために植えられたものだってわかっているのよね」
「自分達のために犠牲になった子供への罪の意識…というやつか。それでそいつは木が焼かれた事を心配しておまえの元を飛び出して来たわけだな?」
水の気を封じ込めた石碑と守神の小太郎とその心の支えとなっている柳の木。
どれが欠けても川は溢れ出す。
それを知っていてか、石碑を壊すよりも手っ取り早く夜稀は狙いを柳に定めたのだ。
それにしても神様に向かっておまえって!
叶斗にとってはやはり神も妖怪も大差のない存在なのかもしれない。
強大で偉大な人知を越えた存在を神と妖怪に分けたのはたぶん人間なのだから。
焦った私だが叶斗がとがめられることはなかった。
「柳を燃やした犯人なら、あなた達の方が詳しいでしょう。それじゃ、私達は帰るわ」
神様はあっさりと帰って行った。
徒歩で。
「小太郎…えらいひどい目に遭うたんやな。あないに小さいのに」
珍しく途中からずっと黙っていた伊緒里は、どうやらかなりショックを受けていたらしい。
妖怪は見た目通りの年齢ではないけれど、それでも…たとえ何百年生きていたとしても心に受けた傷は残っていて、簡単に癒えるものではないんだ。
現に小太郎は未だに言葉を失ったままなのだから。
それでも人間を嫌いにはなれない小太郎のその心に付け込むような事をした夜稀に私は怒りを感じた。
「さっき逃がした奴、あれは確か百湖高校の制服だったな……」
叶斗には高校生らしき人物の制服に心当たりがあるようだった。
百湖高校…確か清森学園から見てここと逆――西の方角に二駅ばかり行った所にある公立高校だ。
夜稀と高校生にどんな繋がりがあるのか、犠牲者がでる前に突き止めなければ。
空には暗い雲がまた広がり始めていた。
遠くでゴロゴロと鳴る雷は程なくここにも雨を降らせるだろう。
「辛そうだな?」
叶斗が蒼に手をさしのべる。
一連のやりとりの間も結局ずっと座ったままだった蒼はいつの間にやら子供の姿に戻っていた。
叶斗は辛そうだと言ったけどもう頭を押さえてもいないし回復しているように見える。
「へいきへいき」
その証拠にすっかり元気そうな笑顔で蒼はそう言った。
叶斗の手を取り立ち上がった蒼だったが。
「…あ…れ?」
膝に力が入らずしりもちを付く。
「蒼くん!?」
「ちょっ…!全然平気やないやないか!」
叶斗はこれ見よがしにため息をついた。
「当たり前だ。制御を失った水脈を無理やり抑え込んだんだからな」
無茶をするからだという叶斗の口ぶりだった。
叶斗は蒼を抱え上げ、そして眉を寄せる。
「お前少し太ったんじゃないか?」
「太ってないっ!」
てっきり蒼を心配しての表情だと思ったのに違った。
それはまたもや素直じゃない叶斗なりの気遣いなのか本気で言ったのか不明だけど、いつも通りに軽口を言い合った後、よほど消耗が激しかったらしい蒼は家に帰り着く頃にはその腕の中で眠ってしまっていた。
「大丈夫やろか?また記憶喪失になったりせんやろか?」
「記憶喪失!?」
「そうやー。昔そういうことがあったんやー」
龍の力を使うのはそれほどまでに体に負担をかけるということだ。
伊緒里は大いに心配して落ち着かない様子だった。




