52:東の清流と西の宵闇 (2)
ふだんあまり使用することがないリビングが今日は賑やかだ。
伊緒里がどこからか持ってきたテレビゲームに小太郎は夢中になっていた。
落ちてくる物体の色を揃えて消していくパズルゲームがいたくお気に召したようだ。
私はすでに対戦して何度も負けている。
そうして少しずつ打ち解けてはきているのだが相変わらず一言もしゃべってはくれなかった。
もしかしたら話したくても話せない理由があるのかもしれない。
「小太郎は強いなぁ。叶斗相手でも勝つんちゃうか?次、二人でやってみたらどうや?」
叶斗は読んでいた本から一瞬だけ鬱陶しげに視線を上げて、また本に視線を戻した。
拒否の反応である。
「ほら、叶斗!けっこう燃えるで」
「僕はやらない」
それでも自室に戻らずリビングにいるあたり、やっぱり小太郎のことが気になっているのかもしれないと思った。
「なんや勿体ぶって。あ、負けるのが嫌なんか!?そうやろ?」
「うるさい。しつこい。黙れ」
「かなちゃん、伊緒里、しーっ」
二人を静かに諫めた蒼の隣で小太郎はいつの間にかうつらうつらと船をこいでいる。
睡魔と格闘中のようだ。
やがて小太郎はソファに座ったままで寝息を立て始めた。
「遊び疲れたんやな」
小太郎をソファに寝かせ毛布を掛けてやった伊緒里は楽しそうに笑う。
「小太郎見てて思い出したわ、ウチもちっさい時は蒼ちゃんにずっとくっ付いとったっけ」
「伊緒里はちっちゃい頃から何処にでもついて来たがるから危なっかしくて、大変だったよ」
蒼は過去によほど大変な思いをしたのかため息をついた。
「伊緒里さんは子供の頃から榊河家に?」
それがどれくらい前を指すのかは想像できないけど。
「そうや。森で迷とったとこ拾われてな、ちょうど小太郎みたいに蒼ちゃんにくっついて離れへんかったから榊河の家に連れ帰られたんや」
そこで少し伊緒里の声のトーンが落ちる。
「ウチの場合は縄張り争いで一族はやられてしもとったんやけど、小太郎の親はきっと生きとる。絶対に見つけたりたいんや」
伊緒里は小太郎に自分のようなつらい思いをさせたくなくてこんなにも一生懸命なのだ。
「それにしても、蒼が妖の子を拾うのが趣味だとは初耳だな」
叶斗はそんな言い方しかしないけれど、たぶん伊緒里を気遣ったのだと思う。
「子供だけやないで。他には朔良やろ、キヨちゃんやろ、龍介もそうやな。式の中にも何人かおるし」
「へーそうなんですか」
指折り数える伊緒里に思わず納得してしまった。
「ちょっとそれじゃあホントにぼくが次から次に妖を拾ってくるみたいじゃないかぁ」
「違うのか?」
「ち…違う、もん」
可愛く言ってみる蒼。
叶斗は無反応だったけれど。
「ウチは信じる。信じるで」
伊緒里の方が見事に引っかかった。
言い出した側のはずなのに。
たまらんーとばかりに蒼を抱きしめる。
私もちょっとキュンとなったからその気持ちはとってもわかる気がした。
川辺には柳の木が見事に並んでいる。
成柳川の名前の由来だ。
河原は自然のままの姿を残していて、暑い頃なら泳げそうなくらいに綺麗だった。
その川を上流に行くと道は険しくなる。
空はどんよりと低く、明け方にようやく上がった雨で足下は濡れて滑りやすい。
大きな岩の多い足場に苦戦しながら進む。
焼け焦げたような跡がある柳の下を通り過ぎると封印のための石碑が据えられていた。
「小太郎!触らん方がええ!」
石に触れかけた小太郎は伊緒里に言われてビクッと手を引いた。
「昨日、叔父上が貼った符か」
暁史本人は別件で出掛けていて今日は一緒に来てはいない。
石に巻き付けられた太い縄はそうとう古いもののようだが、そこに貼られたお札はまだ新しかった。
「そうや。妖には触れられへん強力なやつや」
伊緒里は何故か得意気だ。
「ここにはどんな妖怪が封印されているんですか?」
「なんや、聞いてないんか?ここは妖怪を封じてんのとちゃう。強力な水の気を封じ込めた場所なんや」
それならもし封印が解けても妖怪が暴れ出すことは無いが、川が溢れ下流に被害お及ぼす事は想像に難くない。
「その子供はこの辺りにいたのか?」
「そうや」
「ぼくらが柳の木を調べていたら突然現れて」
「蒼ちゃんにしがみついて離れんかったんや」
ほらあの木のところ、と蒼が指したのは焦げ跡のあるあの柳だった。
伊緒里に注意されて小太郎は今も蒼にしがみついている状態だ。
「焼かれた木は4本か」
木の焦げ跡は夜稀の纏う炎の妖気を連想させた。
「小太郎?」
蒼が急に涙をポロポロとこぼし始めた小太郎を覗き込む。
一緒に木を見ていたはずだ。
「もしかして、あの木が仲間の妖怪と関係があるの?」
小太郎に聞いたのだがやっぱり答えはない。
「ちょっと水かさ増えてへんか?」
伊緒里に言われて川に目を戻せば確かに流れが激しくなっている感じがする。
それを見た小太郎が更に泣きじゃくり始めた。
声は出さないけれど顔をくしゃくしゃにして感情を表す。
川の水量がまた増えた。
封印は壊されていないのに、小太郎の感情に反応しているように見える。
「そいつ、この川の護りか」
叶斗がつぶやくように言った言葉がそれを肯定していた。




