50:南の池と封じられた妖怪 (5)
舞い上がった邪魅の破片が降り注ぐ。
「ノウマク、サマンダ」
黒い滴が降る中目を閉じて私は祈るように唱えた。
「バサラダン、センダマカロシャダ、ソワタヤ、ウンタラタ、カンマン!」
光が広がったのがわかった。
目を開ければ手の中の勾玉が強いオレンジ色の光を放っている。
その光に照らされた場所は空気が澄んで浄化されていくかのようだった。
そして最後に目を開けていられないくらいに眩く輝いたかと思うと勾玉はまた穏やかな夕日色を取り戻していた。
辺りに黒い泥が散乱していたものの池は元の清浄な水をたたえている。
邪魅は封じられたのだ。
「よくやったな」
叶斗に言われて耳を疑った。
嬉しさよりも安堵を感じ、急に倦怠感におそわれて私はその場にへたり込んだ。
改めて見れば全員黒い泥にまみれて酷い状態だ。
洗濯して落ちるかどうか。
予備の制服がクローゼットに用意されていたけれど、こういう時のためなのだろうと思い当たった。
「おーい!こんなもんでいいかー!?」
林の中から山城警部の声が聞こえる。
そういえば先ほどから姿が見えなかった。
「あの…山城さんは何を?」
「鏡を埋める穴を掘らせていた」
私の問いに叶斗はそう答え、鏡を拾い上げた。
そもそもここには二つに割れた鏡が別々に埋められていたようだと叶斗は言う。
遠い昔に、元々はまじないか何かに使われていた鏡だ。
良いまじないばかりではなかったのだろう。
やがて鏡は人々の恨みを増幅させる呪具となり、その末に妖怪が生まれた。
邪魅というのは後々に付けられた名で、恨みの化身の総称なのだという。
封じる時に二つに割れたはずの鏡を一つに戻したのはこの封印を解いた者だろう。
私達は再び二つになった鏡のそれぞれにお札を貼り付け別々に埋め直した。
最後に勾玉を池の底へと沈める。
勾玉は光を受けながら沈んで行きやがて見えなくなった。
「うわー!泥だらけやないか!!」
耳にいきなり飛び込んできた関西弁。
その声は紛れもなく伊緒里のものだった。
「この前も一着ダメにしたのに」
伊緒里が嘆く理由は蒼のスーツのようだ。
泥だらけの彼の周りをぐるりと一周した。
「悪い」
「ほんまに悪いて思っとるんかいな。さすがにスーツもシャツも靴ももう使いもんにならへんで」
子供の時もだが蒼の服は伊緒里の趣味が色濃く反映されていて、スーツはもちろんシャツ一枚にしてもこだわった品なのだと前に聞いたことがある。
「服なんてどうでもいい。何しに来たんだ?」
叶斗が問う。
「どうでも良ぉない!何十万もするもんをなんでそないしょっちゅうダメにするんやー。かといって安物着せたないし。他の服買ってもスーツ以外は着ぃへんし。どないせいっちゅーんやぁ!……はぁ…まぁええわ」
ひとしきり嘆いて伊緒里の立ち直りは早かった。
というか諦めに近かった。
「気が済んだか?」
「うん…。なんで来たんかやったな。朔良にここやて聞いて迎えに来たんや。しばらくこっちにおることになったさかいな」
「そうか、ならさっさと帰るぞ」
本当にさっさと伊緒里がやって来た方向に向かう叶斗。
「えっと、このまま放っておいていいんでしょうか?」
助け出したはいいが地面に倒れたままの二人の高校生と飛び散った黒い泥がそのまま残されている。
「後は警察にでも任せておけばいいだろう」
少し離れた場所にいる山城警部がため息をついたのがここからでも聞こえた気がした。
おかげさまでなんと50話です!(とはいえ1話が短いですけど(汗))
読んでくださった皆様本当にありがとうございます!!
そして物語もいよいよ本筋に突入しております。
やっとです。
これからもよろしくお願いします。




