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43:桐組と誕生日 (1)

 結局、夜稀の事は進展を見せないままに夏休みは終わりに差し掛かっていた。

 イギリスから戻ったイズミと共に宿題にラストスパートをかけていた私の身に思いもよらない事が降りかかろうとは。

 新学期はもう目前に迫ったその日、寮の食堂にある掲示板に人だかりを見つけた。

 

「何でショウ?何かオモシロイものでも貼ってあるのでショウか?」

 

 その人の集まりように興味をそそられたイズミはさっそく掲示板を見に行ってしまう。

 朝食を食べてからでいいや、そう思った私はテーブルの方に足を向けた

 

「あ、矢野さん!」

 

 声を掛けてきたのは寮で暮らす中では数少ないクラスメイトだ。

 

「教えてくれればいいのにー。寂しくなるなぁ」

 

「え…?何のこと?」

 

「何の事って、もう寮中みんな知ってるよ」

 

「ミズホ!!どうしてですか!?」

 

 今度は掲示板を見に行ったはずのイズミが泣き出さんばかりの形相で私にすがりついた。

 

「な、何?どうしたの!?」

 

「何って、アレに決まっていマス」

 

 イズミが指し示した先は掲示板。

 まさか何か私に関する事が書いてあるのだろうか。

 おそるおそる近づけば、自然と人だかりが分かれて道が出来た。

 すごく視線を感じる。

 

『クラス編入通知

 以下の者は二学期より桐組への編入を認める。

 二年梅組 矢野水穂』

 

「えええぇぇぇーー!!!」

 

 私の悲鳴にも似た叫びが寮中にこだましたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 清森学園の一般生徒は誰でも特待生クラスである桐組への編入を希望することができる。

 ただし編入は成績や素行が相当良くなくてはならず、認められることは極めて難しいというのは学園の常識だった。

 だから本当に編入希望を提出する生徒なんてほとんどいない。

 今まで編入を認められた人がいるのかどうかもわからないし、ましてや私は希望を出した覚えもない。

 それに二学期からという中途半端な時期だ。

 誰の仕業かは想像が付くけれどあまりに無理矢理すぎる。

 当の本人に何の連絡もないことに少々腹が立つと同時にそれほどまで切羽詰まった状況なのだからと諦めも感じていた。

 

「ミズホ、これ。ハッピーバースデーです」

 

 寮を引っ越す日、イズミにリボンのかかった箱を手渡され今日が誕生日だということに初めて気づく。

 

「ミズホが上を目指すというナラ止めまセン。でも私のコト忘れないでくだサイ。遊びに来てくだサイネ」

 

 イズミは目に涙を浮かべながら見送ってくれた。

 通知が張り出されて二日後のことである。

 昨日は同学年の子達がささやかな送別会を開いてくれた。

 二学期からという中途半端さは桐組編入のインパクトには勝てないらしく、またそれほどまでに『桐組』というのは特別だった。

 だからみんなの好奇の目は致し方ない。

 それより私はイズミが心配で、メールをするからと何度も繰り返した。

 放っておけばまた危険なことに首を突っ込みそうな気がするのだ。

 彼女の暴走を止めてくれる人が現れるよう祈りたい。

 

 

 

 

 桐組になるからにはもちろん住む場所はあのマンションである。

 以前朔良が寮代わりなのだと言っていた。

 学校の用意した車に荷物と共に乗り込んでからだんだんと不安になる。

 これからは今まで以上に叶斗や蒼と顔を合わせる時間が増えるわけだけど…蒼はともかく叶斗とうまくやっていけるだろうか。

 といっても同じマンションに住むだけで、四六時中一緒というわけでもないんだからと自分に言い聞かせつつ私は足取り重くcafe Sakuraの入り口にたどり着いた。

 ドアベルがいつものように小気味良い音を鳴り響かせる。

 

「おっ来た来た!!」

 

 そこには知った顔が揃っていた。

 楓太がこちらに手を振っている。

 あやめに渚、それに生徒会長の照玄の姿もあった。

 マスターの朔良が優しく微笑む。

 

「さあさあ、座って下さい。今日の主役は水穂さんなんですよ」

 

 更に店内には他にも高校生と思われる人達が数人。

 テーブルの上をご馳走が賑わしていた。

 

「ここにいるのはみんなこの寮に住む桐組の一、ニ、三年生だ。君の編入を歓迎するよ」

 

 照玄の言葉とみんなの歓迎ムードに私はひとまず胸を撫で下ろした。

 しかし肝心の叶斗の姿も、蒼の姿も見えない。

 

「叶斗さんと蒼さんなら今し方荷物が届いたのでご自宅の方ですよ」

 

 私が二人を探しているのに気付いて朔良が言う。

 

「女の子は何かと物いりだからと八重様が色々手配なさったようで」

 

 女の子は何かと物いりだから…。

 何気なく聞いた言葉を反芻する。

 女の子?

 それって…。

 そこへ叶斗がうんざりした表情で現れた。

 

「お祖母様(ばあさま)にも困ったものだ」

 

「八重様はもう一人孫ができたみたいで喜んでいらっしゃるのではないですか?」

 

 朔良は何故だか嬉しそうだ。

 

「だからって何故僕が大量の荷物を片付けなければならないんだ」

 

「素敵なお部屋になっているでしょうねぇ」

 

「おい!聞いてないだろ!」

 

「あのぉ…その部屋ってもしかして…」

 

「水穂さんのお部屋ですよ」

 

 やっぱり。

 叶斗宅の一室が私に与えられた新たな家だった。


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