38:海と夏休み (9)
人間のせいでなみのような辛い思いをする妖怪がいるのは悲しい。
妖怪と人間の間に立つということがどういう事か今初めてわかった気がする。
人間も妖怪もこれ以上悲しい思いをしなくていいようにすること。
そのために、私にも何かできるのならば。
今まで仕方なく協力していた気持ちがあったけれど、彼らの力になりたいという思いが芽生えていた。
「平気か?水穂」
蒼の声になみの消えてしまった位置から視線を戻す。
「私はもう平気…です。それより榊河君が」
「ああ。叶斗、痛むか?」
「大したことはない。それに…そろそろ来る頃だろ」
何が来るというのだろうか。
その時、小さな鈴の音が聞こえてきた。
暗闇から二匹の黒い猫が飛び出す。
二匹とも尻尾が二又に分かれているところが普通の猫と違うことを示している。
猫達はニャーと一声鳴くとまばたきの間に人間の姿へと変わった。
「あ!あなたたちは!!」
見覚えのある大きな瞳の双子は今度はナース服に身を包んでいる。
「ある時はカフェのウェイトレス」
「またある時は海の家の店員」
『はたしてその実態は!?』
「美由でーす」
「美弥でーす」
「本業は白衣の天使なんでぇ」
「怪我をした皆さんをお迎えに上がりましたぁ」
彼女らの指し示す方向には、いつの間にやら車が停まっていた。
それが救急車の形をしているのに真っ黒なこと、洞窟内に車が入ってこれたこと。
何から驚いていいのかわからなくなってしまう。
美由と美弥は黒い救急車のドアを開くと担架を取り出した。
「叶斗さん、どうぞ」
叶斗が一番怪我がひどいと判断したようだ。
「僕はいい。伊緒里を乗せてやれ」
「本当にいいんですかぁ?」
「もしかして肋骨折れてるかもしれないですよぉ?」
それでも叶斗は応急処置が済むと自力で救急車に向かった。
次に双子のナースは救急箱を持って蒼の方へ。
手袋を取って確かめると刀で刺された左手の傷はすっかりふさがっていたが、右肩の傷を見て困った表情になる。
「うーん、血が止まりません。病院まで押さえててくださいねぇ」
双子の片方が言った。
どちらが美由か美弥かは見分けがつかないけれど一人が私の方にやって来る。
「水穂さんは見たところ大きな怪我はないようですけど、痛いところないですかぁ?」
「大丈夫です」
「そうですか。では手伝ってもらえますかぁ?」
「この針を抜いてほしいのですぅ」
もう一人が伊緒里のそばで刺さった針を指し示した。
近づいて見れば針は深く刺さっていて痛そうで躊躇する。
でも針を抜けるのは人間だけで、叶斗が動けない今は私しかいない。
「わかりました。い…いきます!」
針は抵抗もなく体から抜け出た。
抜くときに伊緒里の体が痙攣したようにぴくりと動いて、さすがに痛そうだったけれど傷口からの出血は少ない。
すぐに大きめの絆創膏のようなものが張り付けられた。
「……う…ん……あかん、やっぱり力入らん」
針を抜いたことで目を覚ました伊緒里だが、やはり力が入らず担架に乗せられ運ばれて行く。
「蒼…ちゃん」
蒼の横を通り過ぎる時、そちらに手を伸ばした。
「どうした?」
「さっき水使っとったやろ?何ともないん?」
「心配するな。休んでいろ」
蒼は優しくなだめるように言う。
怪我の事以上に伊緒里は何かを心配しているように見えた。
「ささ、水穂さんと蒼さんも救急車にどうぞぉ」
全員が乗り込むとドアが閉まる。
「あの人達はいいんですか!?」
志芽乃と葉杜はまだ倒れたままだった。
「大丈夫ですぅ。連絡がいってるはずですから」
「修験者達がすぐに連れ戻しに来るはずですぅ」
「そうなんですか」
少しほっとする。
「あんな奴らを破門したのが間違いだ。戻ったらしっかりと首輪でも付けてつないでおけと抗議文でも送ってやる」
叶斗の声には怒りとも呆れともつかないものがにじんでいた。
救急車が走り出す。
運転席に人はいない。
どう考えても普通ではないこの車が向かう先が普通の病院ではないだろうという事は容易に想像ができた。
読んでくださってありがとうございます。
なぜかかなり長くなってしまったこの『海と夏休み』もやっとひと段落しました。
とはいえ次のお話にそのまま続きますので気になりましたら読んでいただければ嬉しく思います。
では、また。




