表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/100

37:海と夏休み (8)

 水しぶきが上がる。

 先に倒れたのは志芽乃だ。

 次いで倒れるかと思ったなみは地面に手を着いてかろうじて体を支えていた。

 なみが起こした洞窟の崩壊は収まっている。

 流れ込む海水も水かさを減らしていた。

 

「邪魔をするな。私は人間を許さない」

 

 蛇のような尾が弱々しく壁を叩く。

 

「もう止めろ!」

 

 叶斗が腹部を押さえながら立ち上がった。

 このままではなみの体がボロボロになるということは私にも想像がつく。

 怒りと悲しみを抱えたまま命を落とせばそれはあまりに寂しすぎる。

 叶斗が志芽乃と葉杜を止めたかった気持ちが少しわかった気がした。

 

「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前!」

 

 叶斗は九字を切って霊力を集中する。

 けれど次に術が唱えられるより早くなみが雄叫びを上げて幻の水が現実の水を揺らし波紋が広がった。

 全てを押し流す実体のない水だ。

 蒼が壁から日本刀を抜いて走った。

 爆風のような衝撃波は切り裂かれて威力を衰えさせたが、それでも最後の力を振り絞りなみが尾をくねらせて暴れる。

 崩れた岩が彼女自身をも傷つけていた。

 

「もうやめてっ!!!」

 

 なみに届くように必死で叫んだ。

 それと同時に不思議なことが起こった。

 洞窟内を光が満たす。

 私はそれが何かわからずにいたが、ただ雷のように鋭い光ではなくもっと穏やかなものに思えた。

 光の中にいくつもの人影が見える。

 どれも実体ではなく透けている。

 

「洞窟内に残る思念だ」

 

 私が問うよりも先に叶斗が言った。

 

「君の霊力に反応しているんだ」

 

「これ、私がやったの?」

 

 途切れ途切れに様々な記憶が再生されていく。

 声はなく映像だけが光の中に映し出されていった。

 

「あれは…!」

 

 叶斗が驚愕に目を見開く。

 その視線を追えば祠の前に立つ後ろ姿の人物が見えた。

 短い黒髪で、黒ずくめの服装、小柄だけれど体つきからして男性とおぼしきその人は炎のような赤い気を纏っている。

 もちろん実体ではないのだが叶斗も蒼もその人物を知っているようだ。

 

夜稀(よき)

 

 蒼の口から洩れたのはかつて榊河家に式神として仕え、そして今は戦うべき相手だと聞かされた妖怪の名だった。

 夜稀がなみの封印を壊したのだとその記憶が物語っていたのだ。

 しばらく再生される記憶を追う。

 見ていて気づいたのは再生されてたのは比較的新しい記憶だということだ。

 あのなみと暮らしていた子供の姿を探したのだが見当たらなかった。

 光が消える。

 そう思った時、新たに光を放ち始めた物を見つけた。

 地面に転がっていた貝から揺らめきながら光が立ち上り、人の形を成した。

 それは私が、そして何よりなみ自身が探し求めていたであろうあの子供の姿に他ならない。

 叶斗が見せたよりも幾分はっきりとした姿でその子はなみに微笑みかけた。

 

「愛しい子。そこにいたのね」

 

 なみも微笑みを返す。

 なみから急速に邪気のようなものが抜けていくのを感じた。

 その子はまるでなみを迎えに来たように見える。

 力尽きたかのように倒れ込んだ。

 

「なみさん!」

 

 子供の姿は消えてしまい、残されたのは横たわるなみの穏やかな表情だけ。

 やがて氷が溶けるようになみの体は水に溶けて消えてしまった。

 

「これで、よかったの?」

 

「きっと満足したんだろう。最後に子供を取り戻せたんだからな」

 

「あれも記憶?それともあの子の幽霊が迎えに来たんですか?」

 

「残念ながらあれはただの幻だ」

 

 幽霊でもなく記憶の中の存在ですらない、幻。

 霊力が満ちた洞窟で不思議な貝が見せたなみが望んだものだった。

 私達は本当の意味でなみを救うことはできなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ