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34:海と夏休み (5)

「おい」

 

「へ?」

 

「今のうちにこちらを片付けるぞ」

 

 叶斗が祠を指し示す。

 つい蒼と伊緒里の戦いに見とれていたけれど、なみという妖怪を止めなければならないのだ。

 

「もう一度封印するんですか?」

 

「いや。それでは同じ事の繰り返しだ。また封じを壊されるかもしれないからな」

 

 そう言うと叶斗は祠の前に仁王立ちになった。

 両手を合わせ拝むようなポーズになる。

 手の間には一枚のお札が挟まれていた。

 叶斗が早口に呪文を唱える。

 お札は燃え上がり、やがてぼんやりと人の姿を映し出した。

 

「かあさま。泣かないで。かあさま」

 

 ぼんやりとしているがそれが幼い子供であることはわかる。

 

「私の…愛しい子……?」

 

 ずっと泣いていたなみの声に今は驚きが満ちていた。

 祠からその子を抱き寄せようとするように白い腕がのびてきて、着物姿の女の人が現れた。

 見た目は二十代前半、想像していたより若くて可愛らしい印象だった。

 彼女が実体を伴わないのはろうそくの光が透けて見えることからもわかる。

 子供の幽霊と会えてなみの怒りと悲しみもきっと収まる、そう思った。

 それなのに、なみの手が届く寸前に子供の姿は霧散してしまった。

 風を切って飛来した銀色の針によって。

 

「いやあああぁぁぁ!!」

 

 なみの泣き叫ぶ声が洞窟内にこだました。

 針は祠にも突き刺さっている。

 そこからどす黒い妖気が流れ出して、祠は弾けるように四散した。

 実体となったなみの姿はさっきの可愛らしい女性とは一転して、恐ろしい形相。

 下半身は蛇の胴に似て鱗があって長い。

 青みががった灰色の鱗がろうそくの炎を映してキラキラと光って見えた。

 

「まどろっこしい事やってないで、さっさと調伏しておしまいよ。出来ないならあたしがやってやろうか」

 

 志芽乃が赤い唇を歪めて笑う。

 

「バカなことを!これほどまでに強い思いを抱いていれば容易に調伏などかなわないというのに」

 

 叶斗の指が印を結ぶ。

 志芽乃がなみに向かって針を構えるが

 

「あんたの相手はウチや!」

 

 伊緒里の繰り出す蹴りと雷撃を避けて志芽乃は再びなみから遠ざかった。

 

「さっきのあの子、あの幽霊をもう一度呼び出せないんですか?」

 

「言っておくがあれは幽霊ではないぞ。あの子供自身はとっくにいない。あれはこの場所に残っていた思いの断片だ。術でなんとか形を成せる程度にわずかに残っていたがもう…」

 

「じゃあどうすれば」

 

「とにかく、何とかして正気を取り戻させるしかないだろう」

 

 叶斗が指を揃えて九字を切る。

 

「また私からあの子を奪うのか!!」

 

 なみの雄叫びとも呼べる声が轟いた。

 なみを中心に水が湧き出たように見える。

 波紋が広がる。

 実体のない波はまるで本物のような水圧を持っていた。

 足をすくわれかけて、叶斗の張った護身結界に助けられる。

 

「僕はなみを止める。自分の身は自分で護れるな?」

 

「や、やってみます!」

 

 実際に術を使ってみるのは初めてだ。

 祈るような気持ちで唱える。

 何も起こらない。

 叶斗がため息をついて私を数歩下がらせた。

 

 

 

 

 こんな大事な時に私は役に立てずにいる。

 誰か叶斗の助けになれる人がいればと蒼に目を移せば鋭い刃と金属製の錫杖がギリギリと噛み合っていた。

 そのまま拮抗状態が続くかと思われたが刃が錫杖にわずかに食い込んだ。

 徐々に錫杖が切り込まれていく。

 

「妖を根絶やしにするつもりだと言ったな?」

 

「そうだ。妖怪など存在するべきではない」

 

「わざわざ封じられた妖を呼び覚ます理由もそれか?そのために人の世に混乱が起ころうとかまわないと?」

 

 しかしその時、突如として形勢は逆転した。

 葉杜が錫杖を大きく横に引いたのだ。

 

「何か勘違いしているようだな。封じを壊したのは我々ではない」

 

 刃の食い込んだ場所はそのままに、錫杖は二つにわかれた。

 

「我々は封じが壊されそうな場所に当たりを付けて来ただけだ」

 

 鞘から刀が引き抜かれるように現れた刃が光を弾いた。

 まさか仕込み杖のような造りになっていたなんて誰が想像できただろうか。

 一瞬反応が遅れた蒼の右肩を刃が貫いた。

 そのまま岩の壁に縫い付けられる形になる。

 日本刀が堅い音を立てて地面に転がった。

 

 

 

 

 その音を聞いたとほぼ同時に波動の第二波が訪れる。荒れ狂う力は――なみの悲しみは、叶斗ですら抑えきれないものだった。

 私も叶斗もさっきとは比べものにならない力に抗えず、波にさらわれるように流される。

 思いがけず叶斗が私をかばったが、二人折り重なったまま激しく岩の壁に叩きつけられた。


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