33:海と夏休み (4)
狭い入り口に反して洞窟内には広い空間が広がっていた。
かなり先まで続いているらしく中に足を踏み込んだところで一番奥までは見通せない。
「きゃぁ!」
突然冷たい物が首筋に降ってきて思わず後ずさったところで濡れた岩場に足を取られた。
その私を王子様のようにさっと支えたのは日頃王子ともてはやされている叶斗ではなく伊緒里だった。
「あ…ありがとうございます」
「安心し、ただの水や。せやけどこの先は気い引き締めていかんとあかんで」
「はいっ」
気合いを入れ直して奥へと進む。
何度か曲がり角を過ぎると外の明かりは届かなくなってそれでも少し闇に目が慣れて来た頃、薄明りに照らされたかなり広い空間へと辿り着いた。
「あれだな」
壁の小さな窪みにロウソクの炎が幻想的なまでに並んでいてその奥の小さな祠を浮かび上がらせている。
そこからかすかに声が聞こえていた。
か細い声は悲しい悔しいと繰り返す。
「まだ封じの力はかすかに残っている。今のうちにもう一度術を施すか、それとも…」
叶斗は何事が考え込んでいるようだ。
その時、突如として光を弾いて何かが飛来した。
私がそれに気付いた時にはすでにポシェットから抜き放たれた蒼の刀が全てたたき落としていた。
足元に落ちたのは無数の針。
私はそれに見覚えがあった。
「やはり、お前達か」
叶斗の声に答えるように暗闇から人影がぬっと現れた。
ぴったりとしたレザーの上下に身を包んだ、合宿中に山の中で出会った志芽乃というあの女性だった。
「おや、化け物だけじゃなく人間もいるのかい?それも子供ばかりじゃないか」
志芽乃は私達を値踏みするように眺める。
「ここに何の用だい?」
「なみを…そこで泣いとるのんを助けに来たにきまっとるやろ。どいてもらおか!」
相手は誰かなんて伊緒里には関係ないようだった。
たぶん突然攻撃をしかけられたことに腹を立てている。
「ふぅん。退かなかったらどうするつもりだい?」
「痛い目みるで!」
「ふふ。物足りなかったところさ。ちょっとはマシに相手になっておくれよ」
志芽乃が顔の横に針を持った右手を構える。
「どういう意味や?」
伊緒里も相手を見据えたまま、じりっと身構える。
「ここいらの妖怪は小物ばかりだったからさ」
「なんやて!?放っといても害のないもんを、なんでや!」
「妖怪だから退治した。それだけさ」
この辺りに住む妖怪達はすでに退治されてしまって、連絡が取れなかったのはそのせいだ。
あるいは無事で身を潜めている者もいるかもしれないけれど。
「叶斗…手加減せんでもええか?」
「いいぞ。二人の事は榊河に一任されている」
「よっしゃ!」
伊緒里が息巻いて叫ぶと同時に青紫色の稲妻が洞窟の天井と床を直線に結ぶ。
その通過点にいた志芽乃はすでに後ろへと身を引いていた。
伊緒里がそれを追って地を蹴る。
志芽乃が放った長い針と雷の光が空中でぶつかってはじけた。
「榊河と言ったか?」
別方向から声がかかる。
山の中で出会ったもう一人の修験者、葉杜が闇の中から姿を現した。
「術者のくせに妖どもとなれ合っている血筋か。そこの二人は見た顔だな。どうりで…」
叶斗に驚いた風はない。
気配に気付いていなかったのは私だけだった。
「我らはぬるいやり方に異を唱え寺を出た。お前達のような半端なやり方が妖怪どもを調子づかせるのだ。化け物は一匹残らず消えるがいい!」
錫杖が床を叩くとシャリンと高い音が響く。
それを中心に霊力の衝撃が放たれ、間髪入れずに間合いを詰めた葉杜の錫杖による一撃が振り下ろされた。
狙いは蒼。
一度打ち合って離れた蒼に追い討ちをかける。
蒼の小さな身体では受け止めた攻撃の勢いを殺しきれずに吹き飛ばされてしまった。
あわや壁にぶつかるかと思われたが器用に宙返りをして着地を決めた蒼に更に葉杜が追いすがる。
再び重い一撃がくれば壁に激突だ。
私は思わず目をつむった。
けれど再び蒼が吹き飛ばされることはなかった。
いつものように一瞬でスーツ姿の青年に変じた蒼の刀と怪訝そうな表情の葉杜の錫杖が打ち合わされ金属のぶつかる音が洞窟に反響する。
飛び退いたのは今度は葉杜の方だった。




