3:王子と妖怪相談所(1)
「あの子、何だったんだろ…?」
「あのコ?」
教室で物思いにふけっているといつの間にかイズミが前の席に座って覗き込んでいた。
「…ううん、なんでもないの!」
慌ててごまかす。
イズミに話したらよけいに興味を持つに違いない。
あの少年だか少女だかは振り返った時にはもうおらず、イズミはそんな子がいたことに気付いてすらいないようだった。
幽霊だろうか。
…違う気がする。
あの子は嫌な感じはしなかったけれど開かずの間には近づかない方がよさそうだと思った。
「ミズホ、本当は開かずの間に何かあったのではないのデスカ?」
「な…ないない!何も変な所はなかったってば」
イズミのうたぐり深い視線に苦笑をもらす。
「そうですか?それはそうと」
イズミは気を取り直して制服のポケットを探る。
「新聞部のアンケートBOXにこんなものが入っていたのデス」
小さな紙に書かれていたのは何やら地図らしきもの。そして一カ所に赤い文字で『妖怪相談所』とあった。
その手書きの地図といい『妖怪相談所』というネーミングといいうさん臭いことこの上ない。
「重要なタレコミと思いまセンカ!?」
正直全く思わなかった。
ただのいたずらに違いない。
けれど私がそう口にするより早くイズミは喜々として語りだす。
「しかもこの地図によると場所はこのガッコウからそう遠くありマセン!」
確かに地図には覚えのある駅名も書かれている。
しかしそもそも妖怪相談所とは何なのか。妖怪が悩み事などを相談に来るとでもいうのだろうか。
「妖怪相談所!コレはきっと…」
まるで私の考えを読んだかのようにイズミが力説する。彼女が言うには『妖怪相談所』とは妖怪に悩まされる人達が相談に来る場所で、そこには多くの妖怪退治を生業にする人々が在籍しているらしい。
こういう場所は人知れず各地に存在しているのだそうな。
といわれても全く信憑性がなかった。
「明日は土曜日ですから行ってみマセンカ!?」
「あ、明日はバイトだから…」
「じゃあ明後日!」
「いやぁ…それもちょっと…」
そんな怪しげな場所絶対にゴメンだった。
期待の眼差しから目をそらし、ふと教室内が騒がしいことに気付く。
クラスメイト達が窓の外を覗き込んでいた。その多くは女子だ。
イズミも気付いてそちらを伺う。
他の教室からも黄色い声が聞こえてくる。
クラスメイトが口々に王子という言葉を口にした。
「王子?カナト王子ですか!?」
イズミが勢いよく窓の方へすっ飛んで行く。
こちらに向かって激しく手招きするので私も渋々席を立った。
ざわめきの中心に一人の男子生徒がいた。
校庭を歩くその人はアイドルもかくやという整った顔立ちで、いつものように澄ました無表情ながら王子と呼ぶに相応しい風格があった。
王子の名は榊河叶斗。この学園の理事長の孫にして二年の特待生クラス所属、頭脳明晰スポーツ万能、学園一の有名人だ。
「桐組なのにこんなとこ通るなんて珍しいデス!」
桐組というのは特待生クラスの名前で、各学年十数名しかいない特待生たちには特別カリキュラムが組まれ教室も別の校舎に用意されているほどの特別待遇のクラスなのだ。
ちなみにここは梅組。あと桜組、桃組、藤組、椿組、椚組と少々かわったクラス名となっている。
「でもイズミちゃんが王子のファンだなんて意外…。いつもは人間の男になんて興味ないって感じなのに」
「あたりまえデス。普通の男なんて興味ありマセン」
イズミは通り過ぎる王子から目を離さずに言う。
「カナト王子は特別デス。私の掴んだ情報にヨレバ何を隠そう彼は陰陽師の末裔なのデス」
なぜかうっとりとするイズミ。
またもや怪しい情報だが、そのおかげで『妖怪相談所』の事はすっかり飛んでしまったらしいのでありがたく聞き流しておこう。
しばらく忘れていてくれるよう机の上の地図をそっと自分のポケットに隠した。
次の日私は朝からバイトに勤しんでいた。
洋菓子工場での仕事で淡々とした流れ作業が続くがスイーツ好きの私はそれなりに気に入っている職場だ。
夜7時。
バイトが終わり疲れた体でバスに揺られる。
今日はラッキーなことに売り物にならないクッキーを貰ったから帰ったらイズミと食べようと思っていたのだが。
寮のイズミの部屋はノックをしても返事がない。
帰るまで待とうと隣の自室でベッドに横になる。
うっかりそのまま眠り込んでしまった。
気がつけば朝。
食堂に行く前にいつものようにイズミの部屋をノックするがやっぱりいない。
仕方なく一人で朝食を食べに向かった。
いくら休日でもイズミが朝まで帰らないことは今までなかったので少し心配になる。
また一人で怪しい情報を追い掛けてるのでは…。
その心配は夕刻になって現実のものとなった。
携帯が鳴る。
メールの着信音だった。
イズミからのメールだ。
ホッとする。
何度か電話をかけたので連絡をくれたのだろうと思った。
けれど内容は平穏とは程遠い。
『秘密兵器が手に入ったのでもう一度開かずの間を調べてみることにします。帰ったら報告するので楽しみにしていてくださいね。』
添付された写真でイズミがウィンクしていた。
その髪が黒い。
どうやら秘密兵器は黒髪のカツラのようだ。
更に私はあることに気付き目を見開いた。
メールの送信時刻は昨日の夕方になってい
た。
イズミは昨日あの教室に行ってまだ帰っていないということだ。
胸騒ぎがする。
私は寮を飛び出した。




