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29:山寺と夏休み (5)

 蛙は身を仰け反らせ、耳をふさぎたくなるような悲鳴を発した。

 わずかにいた無事な河童達もその声の恐ろしさに震え上がっている。

 蛙の体が文字通り崩れて形を消し、白い球体も溶けて消えた。

 静寂が訪れる。

 いや、それは一瞬だけだった。

 周りからも悲鳴が上がったのだ。

 何匹もの河童がのたうち回っている。

 その体には長い針が突き刺さっていた。

 

「あんたら、危ないところだったねぇ」

 

 ぴったりとした革の上下という出で立ちのものすごく色っぽい女性が梢から姿を現した。

 

「…だぁれ…?」

 

 蒼が怯えを含んだ声で問う。

 普通の子供ならばそういう反応をするかもしれない。

 

「あたしは流れもんの妖怪退治屋さぁ」

 

「どうして河童達まで…ヒドい」

 

 私達をさらった河童だが恨む気にはなれず、思わず呟いた私に女性は意外そうな顔をした。

 

「どうしてだって?妖怪だからに決まってるじゃないか。ねぇ、葉杜(はもり)

 

 続いて現れたのはこちらも革の服に身を包んだ30歳前後の男性。

 その人は蛙が消えた後の地面に突き刺さっていた錫杖を引き抜いた。

 シャランと音が響く。

 

「遊んでないで残りを片づけるぞ、志芽乃(しめの)!」

 

「あいよ!」

 

 葉杜という男性は錫杖を、志芽乃という女性は長い針を、それぞれ河童達に向かって構えた。

 

「!?」

 

 次の瞬間、辺りが白い霧に包まれ、数メートル先も見えなくなった。

 隣にいる蒼の姿だけが認識できる。

 その蒼は少年の姿ではなかった。

 

「水穂、こっちだ」

 

 (いざな)われるままに駆け出す。

 蒼の腕の中には気を失ったままのイズミ。

 霧に紛れて河童達も逃げ出せただろうか。

 しばらく進むと道が途切れていて、自分が切り立った崖の上にいた事をその時初めて知った。

 蒼は翼を出しはしなかったが私とイズミを抱えて難なく崖の下にたどり着いた。

 

「あの霧は蒼く…蒼さんが?」

 

「あの二人、関わらない方が良さそうだからな」

 

 蒼は私を地に立たせて言う。

 

「奴らは修験者のはしくれ。それもおそらく寺を破門された者達だ」

 

「シュゲンジャ?」

 

「ああ、人の世を捨て妖退治の法術を身につけるべく厳しい修行を積んだ者のことだ」

 

「それじゃあ同業者…ではないんですか?」

 

「常ならば敵ではないが、あの場で河童達にまで刃を向けたとなると話は別だ。あの二人には妖と人との秩序など関係ない、妖を根絶やしにしたいだけなのだろう」

 

 妖怪だから退治するのだと志芽乃という人は言っていた。

 妖怪の存在自体が悪であるかのように。

 

「放っておいたらまた妖怪が襲われるんじゃぁ…」

 

「そうかもしれない」

 

 言葉を濁す。

 

「だが人間(ひと)の事は人間(ひと)にしか…」

 

「ウ…ン…」

 

 蒼が話を打ち切ったのはイズミが目を覚ましそうな気配だったからだ。

 イズミがうっすら目を開く。

 

「What!?」

 

 叫ぶと同時にぱっちりと目が開いた。

 

「ダレですか!?タシカ滝で修行中で」

 

 状況も飲み込めていないだろうし、目を開けてみたら見知らぬ男性に抱き抱えられていたのだから驚くのも無理はない。

 

「あ…あの、その人は蒼くんの……蒼くんのお兄さん!」

 

 思わずそう言ってしまった。

 

「ミズホ!どうなってマスか?」

 

「えっと、イズミちゃん頭に石が降ってきて気を失って流された所を助けてもらったんだよ」

 

「そう…デスカ」

 

 イズミはほっとしたのかまたウトウトした後寝息をたて始めた。

 ちょうど木々の向こうに照玄の姿が見えた。

 

 

 

 

 寺に戻っても残りの生徒達は河童の事を騒ぎ立てることはなかった。

 誰にも見えてはいなかったらしい。

 岩が当たった頭は大丈夫かとか、流されたのに無事で良かったとか言われたので彼らが受けた説明は私がイズミにしたのと大してかわらないようだ。

 巨大な蛙の事を報告すると、住職は昔々悪事を働いて封印された妖怪なのだと言った。

 その封印が何者かによって解かれた。

 封印を解いたのが修験者の二人組かどうかはわからない。

 榊河がつかんでいたのは封印が解かれたかもしれないという情報だけだったと蒼が説明した。

 

「アレ?蒼クンとお兄サンは?」

 

 目を覚まして、イズミは開口一番そう言った。

 

「一足先に帰ったの」

 

「やはりお兄サンは蒼クンを連れ戻しに来たのデスネ。残念デース。せっかく蒼クンと仲良くなれたとこデシタ。それに美形のお兄サンともお近ヅキになりたかったデス」

 

 勝手に納得して勝手に悔しがる。

 

「ネ!また会わせてくれマスカ?」

 

「う…今度ね。今度」

 

 とは言ったが、今度が来ない事を切に祈る。

 またもやイズミを騙しているという後ろめたさと、ボロが出そうな不安がそうさせた。

 

「具合はどうだい?」

 

 廊下から声がかかる。

 

「山菜を採りに行くけれど、二人はもう少し休んでいるかい?」

 

「行きマス!もう平気デス!」

 

 照玄の言葉にイズミはきっぱりとそう答えた。

 

「無理しない方が…」

 

「何言ってマスカ、ミズホ!これ以上寝ていたらもったいないデス」

 

 イズミは元気だ。

 元気なのはいいことだが、正直私は休んでたかったのに。

 残り一日、しっかりと山寺生活を全うすることとなった。


執筆が遅くてすみません。

それでも読んでいただいてありがとうございます!


今回のお話は叶斗が出てこないという…。

次こそは活躍してほしいところです。


では…次もまだ夏休みは続きますのでよろしくお願いします。


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