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28:山寺と夏休み (4)

 視界はもやがかかったようにぼんやりとしていた。

 いくつかの影が動いているのが見える。

 

「おっしゃるとおりに人間の娘を連れてきました」

 

「どうか同朋をお助けください」

 

 どうか、どうか、と口々に言う声が聞こえる。

 どの声もおびえているような気配だ。

 いったい何に?

 その時ひときわ大きな影がむくりと起き上がった。

 

「人間の女をさらってこいと言ったが、仲間を返してやるとは言っておらんなぁ」

 

 地を揺るがす笑いがこだまする。

 

「たった二匹では足らん。もっと捕まえてくれば考えてやらんでもないぞ」

 

 徐々に意識がはっきりしてくると自分がびしょぬれのまま薄い膜のような物の中にいることがわかった。

 それは白くて、大きな風船のようにまん丸だ。

 イズミは一緒ではない。

 隣には同じような球体の影が見えるからきっと別に捕らわれているんだろう。

 うっすらとしか見えない外の様子が騒がしくなってきていた。

 

「…このあたりで人間が住んでいるのはあの寺だけでございます」

 

「おそろしや、我らの方が坊主に退治されてしまいます」

 

 下品な笑いの主に懇願する小柄な影達だったが吹き飛ばされてぎゃっとかぐえっとかうめき声を上げて次々に数を減らしていった。

 

(われ)が人間になど負けるか!」

 

 放り投げられた一匹が私のいる球体にぶつかっても膜は破れることはなかった。

 混乱に乗じて逃げ出したいところだが頑丈な膜を破ることは難しそうだ。

 

「水穂おねえちゃん、そこにいる?」

 

「蒼くん!?」

 

 くぐもって聞こえるが確かに蒼の声だった。

 ちょうど大きな影とは逆のの位置に人影が映っている。

 

「イズミおねえちゃんも一緒?」

 

「ううん。イズミはきっと別のところに…」

 

 声を潜めて返した。

 

「わかった」

 

 刃が膜を貫いて鋭い切っ先がほんの少しだけ覗いた。

 刀がすぅっと持ち上げられると膜は薄い紙みたいに切断されて外の世界がかいまみえる。

 あたりはまだ昼の明るさを留めているのがわかった。

 見つからないように注意をはらいながら這い出す。

 そこかしこに気を失って倒れている緑色の生き物がいた。

 人間の子供のような大きさで、顔にはクチバシ、頭にお皿。

 イズミの頭に降ってきたのと同じものに違いない。

 

「これって…」

 

「河童だよ」

 

 予想通りの言葉が返った。

「このへんは昔から河童の住処なんだ」

 

 言いながら蒼は隣の球体を切り開いている。

 白い球体はどういう造りか外からは中が透けては見えない。

 残念ながら中身はイズミではなかった。

 そこには数匹の河童がいた。

 襲いかかってくるのではという危険は感じなかった。

 そのひときわ小さな河童達は明らかに怯えていたからだ。

 まだ子供らしいその河童達を逃がしてやって更にいくつかの球体を開ければ全部で十数匹もの河童を助け出す事となった。

 

「イズミちゃん」

 

 最後の球体の中にやっとイズミを発見する。

 ぐったりと動かないが気を失っているだけのようだ。

 この状況で目を覚ませば逆にややこしくなりそうなのでそっと運び出そうとした時、ドシンドシンという轟音が鳴り響いた。

 それに併せて地面まで揺れている気がする。

 

「なんだぁ?さっきからちょこまかとしておると思えば」

 

 

 膜ごしには山のような影だったものの正体は巨大な蛙だった。

 こちらに向きを変えた蛙は遠目に見てもかなりグロテスクだ。

 ギョロリと濁った目玉に睨み付けられれば全身に鳥肌が立つ。

 蛙は口から大きな泡を吐き出した。

 それは頭上を越えて河童の子供たちを捕らえる。

 更に吐き出された泡が球体となって行く手を阻んだ。

 

「逃げられると思ったか」

 

 しゃがれた嫌な笑い声が近付いてくる。

 

「まずはお前達から喰らうとするか」

 

 周りはすっかり蛙が吐き出した白い球体に囲まれていた。

 私が一歩下がるのと蒼が一歩踏み出すのが同時だった。

 けれど蒼が姿を変じるまでもなく事態は終結を見せることとなる。

 突如、球体を割りつつ飛来した物があったのだ。

 それが錫杖というのだということは後で知ったけれど、僧の使う法具である杖がものすごい勢いで飛んできて巨大蛙の眉間に突き刺さり、瞬間、杖の先端の飾りが辺りを浄化するかのごとき澄んだ音を響かせた。


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