25:山寺と夏休み (1)
緑の深い山道に木々のざわめきとともに川のせせらぎが聞こえてくる。
「頑張れっ!もうすぐだ」
最後尾を遅れぎみに歩く私にそう声をかけたのは清森学園三年桐組にして生徒会長、宇田照玄だった。
なぜこんな山の中にいるのかというと、毎年夏休みに希望者だけで行われる三泊四日の合宿に参加したからだ。
林間学校…といえば聞こえが良いが、お寺と山奥の生活を体験するのが目的の合宿で、参加者は10人もいない。
もちろん好き好んでで参加したわけではない。
「ミズホー!ハリアーップ!!」
照玄よりも更に前を歩いていたイズミが大きく手を振った。
夏休み直前、合宿の申し込み書を差し出すイズミの誘いをもちろん私は断った。
それでもイズミはねばった。
寺社仏閣にも興味津々の彼女は去年この合宿に参加できなかったのを悔やんでいて今年こそはと意気込んでいた。
おまけに人里離れた山奥だ、またオカルトネタを探し回るつもりに違いない。
そのせいで危ない目にあわないとも限らない。
前歴だってある。
一人でも参加すると言われればものすごく心配だった。
最近cafe Sakuraに赴くために誘いを断ってばかりいたという後ろめたさも手伝って結局は申し込みをする羽目になった。
そのことを叶斗に話せばきっと怒るだろうと思っていたのに意外とあっさりOKが出た。
精神を鍛えるのにちょうどいい、というのが彼の見解だった。
かくして決して乗り気ではないお寺修行が始まったのだ。
現在夕飯のための山菜採りの真っ最中。
実はお寺は生徒会長の実家なのだが、照玄自身はお坊さんというよりも爽やかな眼鏡の似合う優等生という雰囲気。
面倒見が良く先生の信頼もあつい評判の生徒会長として顔と名前は知っていたけど、家がお寺でまさかそこでお世話になろうとは思ってもみなかった。
「一休みしようか」
道なき道を山菜を摘みながら歩いて、いつしか清らかな流れの河辺に出た。
触れてみた水は冷たくて気持ちがいい。
「気持ちイイですね。ミズホ」
イズミは澄んだ水の流れに腕まで浸している。
「あ!魚がいマスよ!」
まるでそのまま川に入ってしまいそうなイズミから少し離れた所に私は腰掛けた。
光をはじく水面がきれいだ。
山歩きの疲れもあってしばらくぼうっとながめていたのだが視線を感じ振り返った。
けれど、イズミも、照玄も、そこにいた誰もこちらを向いてはいない。
気のせいだ。
川に向き直ればまた視線を感じる。
木々の間から。
見える範囲には何もいなかったけれど。
奥から何かがこちらを覗いているような気がしてならない。
「河童でもいたかい?」
声にギクリとした。
照玄だとわかって少しホッとする。
彼は桐組で、普段は寮で暮らしているから妖怪には慣れているはずだ。
けれど河童というのが冗談なのか本気なのかわからなくて返答に困ってしまった。
照玄はかまわず爽やかに笑った。
「もうすぐ出発するよ」
「は、はい」
お寺に戻るには来たのと同じだけまた歩かなければいけないと思うと少し憂鬱だった。




