24:夏祭りと天狗の長 (6)
蒼に代わりこの一見いい加減そうな琥珀という人が空の一族を束ねているらしい。
けれど一族の長とは違うようだった。
「まぁたそぉいうこと言う。迎えに来たってのは冗談だけど、あの里には蒼が必要なんだよ。長になれるのはお前だけなんだからね。俺はお前が戻ってくるまでいつまでだって待つつもりさ」
相変わらず軽い口調だ。
対して蒼は何か言いたげな表情ながら口を閉ざしたままだった。
「琥珀様、何故ですか!何故そんな奴…」
吹き飛ばされ地面に倒れ込んでいた少年はやっと上半身だけを起こした格好だ。
「いいかい?影雉。何度も言うけど俺はあくまでも長代理なの。蒼が不在の間だけ里を預かってるわけ。だからこれ以上馬鹿な事はするなよ」
一瞬――ほんの一瞬だがその声と表情が真剣実を帯びた。
「それにお前がいくら頑張っても蒼にはかなわないってのは解ったでしょ?」
そのことは身をもって感じたのか影雉という名らしい少年は悔しそうに視線を落とす。
ふいに背後から足音が聞こえた。
近付いて来るのは見慣れぬ人物。
巨漢で厳めしい顔のおじさんで、濃い紫がかった変わった髪の色をしていた。
服装は影雉のと似ている。
「兄貴」
影雉の呟きに怖い顔でジロりと睨みつけた。
「琥珀様。こやつは私が連れ帰り、きつく灸を据えておきます」
「ああ、頼んだよ壬紫」
「それから、こちらはどうされますか?」
先ほどから気になっていたのだがおじさんは手に大きなぬいぐるみを二つも無造作に持っていた。
あまりにも似合わない。
琥珀がそれを受け取ると壬紫は代わりに影雉を抱え上げ、翼を広げた。
次の瞬間には枝の間を縫って高く舞い上がっている。
最後に一別したその視線が彼自身も蒼に対して良い感情を持っているわけではないという印象を残した。
「いずれわかるさ」
それは二人が飛び去った夜空を見上げる琥珀の呟きだ。
神妙に空を睨んでいたかと思えば次の瞬間には満面の笑みでこちらを振り返った。
「はい、お近づきのしるしにどうぞ」
「……ありがとうございます」
手渡されたのはぬいぐるみのうちの一つ、巨大うさぎだ。
続いて残った大きなヒヨコを蒼に差し出した。
「もう一つは蒼のだよん」
「…毎回どうしてこういうものを持ってくるかなぁ?」
今度はいくぶん子供らしい口調で迷惑そうに蒼は呟いた。
「あれ?こういうの好きじゃなかった?これ当てるの大変だったんだから」
琥珀は蒼の反応を面白がっている様子だ。
どうやら出店の景品らしいそれを無理矢理に手渡して満足気だ。
しぶしぶ受け取った大きなぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた蒼は可愛らしく、琥珀の気持ちもわからないでもない。
そして琥珀はふと気付いたように。
「あ、ゴメンね。おぼっちゃまにはないんだ」
「いらん!それからその呼び方をやめろ!」
琥珀は態度を改めるどころかベェっと舌を出した。
叶斗は相当に腹が立っていると思われる。
握りしめた拳がわなわなと震えていた。
「…行くぞ…。神社側はまだ右往左往しているだろうからな」
絞り出すように言う。
彼は琥珀を無視する事に決めたようだった。
「あら、みなさんすごい格好ねぇ」
お神楽の準備が整い人が集まりだした本殿だが、裏手に回れば静まり返っている。
和装の女性は先ほどと変わらぬ笑顔で私達を迎えた。他に数人の神社関係者がそこにはいた。
「騒ぎの元凶はただの目立ちたがりでしたので追い払いました。もう戻っては来ないでしょう。ご安心ください」
叶斗の報告はそれだけだ。
「そうですか。ありがとうございます」
けれど誰もそれ以上は聞かなかった。
妖怪の事はこちらに一任されているということなのだろう。
逆に後のことは神社側に任せておけばいいらしかった。
幸い一般客にはけが人もなく、事態はなんとか収まりそうだという話だ。
ただ、私達三人はといえば服だけではなく所々に切り傷もある。
「どうぞ、こちらで怪我の手当てを」
そう言った袴姿の男性は先ほど見た顔だった。
「あ、そうだわ!」
突然女性が声を上げる。
何か楽しいことを思いついた、という表情に見えた。
「まだ何か?」
「うちの子の浴衣でよければ使ってくださいな。その格好のままではいられないでしょう?」
そうして有無を言わさず奥に連れ込まれたのだった。
水玉と蓮と金魚をあしらった素敵な浴衣を着せてもらったのはいいが履き慣れない下駄に苦戦する。
私とは違い、叶斗は黒地に白い縞の浴衣をさらりと着こなし、蒼はといえば可愛らしい花柄の浴衣と花の髪飾りに少々複雑そうだった。
「おかえり〜」
人の波から離れたところで琥珀が預けてあったウサギとヒヨコのぬいぐるみを振る。
「浴衣姿も可愛いね」
「えっ!?…いや、あの…ありがとうございます」
再びぬいぐるみを手渡しつつのその言葉に本気にしていいのか迷いつつも照れてしまう。
「蒼も可愛いよ」
「そりゃどうもっ」
蒼の顔には嬉しくないと書いてあった。
やっぱり私もからかわれたのかもしれない。
そんなふうに考えているとざわめきの向こうから笛の音が聞こえてきた。
「舞が始まるみたいだよ」
ここからじゃよく見えないなぁ、などとつぶやいたかと思うと琥珀はおもむろに私を抱え上げる。
「あのへんでいいかな」
私をお姫様だっこしたままで琥珀は器用に扇子を取り出し一仰ぎ。
「おい待て!」
叶斗の声は急激に遠ざかった。
巻き起こった風に叶斗が吹き飛ばされ、蒼も巨大ヒヨコと共に宙を舞っている。
それを追って琥珀が髪とよく似た色の翼を広げる。
ほんの数秒の浮遊感の後に大木の枝に下ろされた。
枝の上は意外と安定感があるけれど下を見ればけっこう高い。
叶斗と蒼が一段低い枝に引っ掛かって止まっていた。
文句を言いつつも難なく枝に登って腰掛ける。
「ほらここなら良く見える」
思わずしがみつく私を枝に座らせて琥珀は本殿前に作られた舞台を指差した。
ちょうどお神楽が始まったところで巫女姿の女の子達の手にした鈴の音が舞に合わせて辺りに響く。
その中にはあやめと渚の姿もある。
まるで空から見下ろしているような風景は神秘的で。
前に一つ目の妖怪が言っていたように空の一族は神に近い存在なのだとすれば蒼や琥珀とこうして神に奉納される舞を見ていることが信じがたい。
この時私はまだ、この後やってくる恐ろしい夏休みの事を想像すらしていなかった。
お待たせいたしました(って待ってくださっている方…いらっしゃるのでしょうか…ドキドキ)
更新が滞りがちで申し訳ありません。
読んでくださって本当にありがとうございます。
『夏祭りと天狗の長』もなんとかかんとか解決を向かえました。
微妙な終わり方で…。
次は夏休みに突入です。
まだまだ水穂は振り回されることでしょう。
気長に、よろしくお願いします。




