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23:夏祭りと天狗の長 (5)

 林の中はいまだ風が吹き荒れている。

 

「はーい。ここなら安全だよ」

 

 その人は木の陰に私を下ろした。

 

「あなたは…何者なんですか?」

 

 見た目は軟派なお兄さんだけどこの場にいて平然としている事が普通ではない。

 

「俺はねぇ」

 

「どうしてお前がいるんだ!」

 

 声に驚いて見れば叶斗が眉をよせて立っていた。

 一応吹き飛ばされた私を探しにきてくれたらしかった。

 

「これはこれは榊河のお坊ちゃん。大きくなって」

 

 相変わらず緊張感に欠ける笑み。

 叶斗の方は思い切り不機嫌そうだ。

 

「知り合い…ですか?」

 

「ん、まぁ榊河とは長ぁい付き合いなんだよねぇ」

 

「そんな事よりアレを何とかしろ!」

 

 荒れ狂う竜巻は勢いを増し、木陰から顔を出そうものなら目を開けていられない。

 それでなくとも蒼と天狗の少年の動きは速すぎて目では追いきれないのに。

 ふと、風が止んだ。

 二人は距離をとって地に降り立った。

 少年は片膝をついている。

 蒼は刀を鞘に納めたまま、なのに少年は明らかに疲弊していた。

 蒼とて無傷ではない。

 ズタズタになったスーツの袖。

 風の作り出す真空の刃に切り裂かれたのか腕には血のにじむ傷がいくつもある。

 けれどそれ以上に目を引いたのは左腕の所々にある鱗のような模様だった。

 手袋の裂け目からものぞくそれは手の甲、そして中指と薬指にまで続いているようでそこだけまがまがしさを放っている。

 

「呪いのせいで…風の眷属でありながら風を操ることすらできねぇわけだ…」

 

 少年は息を切らしながら口元に嘲笑を浮かべた。

 呪いという単語が引っ掛かる。

 それは蒼の左腕の鱗模様と関係があるのだろうか。

 

「琥珀様がなんて言おうとお前を長とは認めねぇ。オレらの長は琥珀様だ」

 

「もっともな意見だな」

 

 蒼は意外にも少年の言葉をあっさりと肯定した。

 

「琥珀にそう言ってやれ。俺は長になる気はない」

 

「へっそう言えばオレが引くとでも思ったか!けど、琥珀様は…あの人はきっとお前がいる限り長の座に着こうとしねぇ。だからお前には消えてもらう!!」

 

 少年は翼をはばたかせ、高みから飛びかかる。

 再び武器が合わさろうという瞬間だった。

 

「はい、ストーップ!二人ともそこまで!!」

 

 いつの間にか一緒に木陰にいたはずの軟派なお兄さんは少年と蒼の間に割って入っていた。

 片手で蒼の動きを制し、もう片手には扇子。

 繊細な造りの扇子に空中から打ち下ろされた一撃が嘘のように止められている。

 そのまま一振りすれば扇子が巻き起こした風に少年は数メートル先まで吹き飛んだ。

 

「どうしてお前がいる?」

 

 構えを解いた蒼の問いは叶斗がついさっき放った言葉と同じだった。

 とはいっても叶斗のように嫌悪感を露わにしてはいなかったが。

 

「冷たいなぁ。そろそろ戻ってくる気になったかと思って迎えに来たのに」

 

 刀をしまった蒼はいつものように一瞬のうちに子供の姿に戻っていた。

 

「琥珀…俺は里に戻るつもりはない。だからいい加減にお前が長になれ。お前を慕ってる者達に応えてやったらどうだ」

 

 それなのに大人の姿のままでいるような話し方をする。

 この軽いお兄さんこそ琥珀――天狗のえらい人だというのだから驚きだった。


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