22:夏祭りと天狗の長 (4)
「お前が蒼?」
木の上の少年は値踏みをするような視線で蒼をねめつけた。
「ガキに用はねぇ。オレが探してんのは紺の翼に黒と臙脂の髪、金の瞳の男だ!」
突風が再び吹き抜ける。
手っ取り早く追い払うつもりなのだろう。
服にはまた切り裂かれた跡が増えた。
「調子に乗るなよ…」
隣で叶斗が低く怒りに満ちた声を発した。
彼のシャツにもズボンにもいくつもの切り裂かれた跡がある。
そのポケットから数枚お札を取り出すと木の上の少年めがけて投げつけた。
「ぅおっ!?あぶねぇ」
風を切る勢いで飛来した札をギリギリのところでかわして、別の枝に着地する。
「退魔の術を使いやがるのか。そっちがその気なら手加減しねぇぜ」
彼の手にはいつの間にか長い棒状の武器が握られている。
背丈よりも長いそれを片手に枝を蹴った。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前」
叶斗が早口で唱える。
「ナウマク、サマンダ、バサラダン、カン」
炎に戒められる寸前に少年は地を蹴った。
高く舞った彼の背には烏のような黒い翼が生えていた。
「やるな!けどこれで終わりだぁ」
落下のスピードで叶斗へと襲いかかる。
ギィンと金属の打ち合う音。
攻撃を受け止めたのは鞘に収まったままの日本刀だ。
「何ぃっ!?」
少年は目を見張った。
叶斗と自らの間に割って入ったスーツ姿の長髪の青年こそ彼の探していた人物に違いなかった。
「待ちかねたぜ」
先ほどまで幼い姿だった蒼が目の前の青年だということに気付いているのかいないのか、どちらにしろそんなことは大した問題ではないようだ。
少年と蒼は何度か打ち合い、そして距離を取った。
「一族を捨てたお前にのうのうと生きていられると迷惑なんだよォ!消えてもらうぜ!」
少年は空の一族、つまり天狗であるらしい。
蒼とは同族。
けれど蒼に良い感情を持っはいない。
蒼はただ黙って彼を見据えていた。
少年が身構える。
「オンキリキリ…」
蒼に挑みかかるより一瞬早く叶斗が唱え始めた。
「邪魔するな人間!!」
天狗の少年の腕の動きに風が反応する。
いや、今度はただの風ではない。
それは徐々に渦を巻き始めた。
「でかいのが来るぞ。護身結界を張っておけ」
叶斗はすでにみがまえている。
「え…え?」
護身結界は確か…。
実際に術を使うのは初めての上に一週間ブランクがある。
とっさに思い出すのは難しい。
慣れない手付きで印を結ぶも間に合わず。
「きゃあっ!」
「馬鹿!何やって…」
巻き起こった竜巻に体がふわりと浮き上がった。
みるみる叶斗の姿は遠ざかり。
風に切り裂かれながら宙を舞う体は何度も木の幹に叩きつけられそうになる。
木が近付いてくる。
今度こそぶつかる!
思わず目をつぶった。
けれど予想した衝撃はなく、誰かに受け止められた感触にゆっくりと目を開く。
叶斗か蒼を想像していた私の予想は外れた。
「危ない所だったね」
抱き抱えたままの私に笑顔を向けたのは余りにも意外な人物だった。
「あなたは!…どうして…」
「心配だったから追いかけてきたんだよ」
軽い口調は緊張感に欠けるが、その金茶の髪の男性は人混みで見せたのと同じ魅力的な笑顔でこちらを見つめていた。




