21:夏祭りと天狗の長 (3)
「何があった!?」
ざわめく人混みに袴姿の神社関係者を見つける。
「突風が吹いたと思ったらこの有様で」
出店屋台のひさし部分が所々斬られたように裂けていた。
それも何軒も。
そして人々のざわめきの原因は他にあった。
「やだもぉ、何これー」
「やだ、あたしも!?」
女の子の浴衣のたもとが小さく裂けている。
他にも洋服が、スカートの裾が、ジーンズが突然何かに切り裂かれた事に多くの人が驚きを隠せずに立ち止まっている。
「ここは任せた」
「え…はい」
この場を神社の人に任せて叶斗が駆け出した時には蒼もすでにそちらの方向に足を向けていた。
二人はきっと何かの気配に気付いているのだろう。
私も後を追いかけるが人の間を縫って進むのは容易ではない。
二人を見失いそうだ。
被害を受けていない場所に出れば人の流れに押し流されてよけいに歩きづらい。
とうとう二人の後ろ姿は見えなくなってしまった。
探そうにも前に進むのがやっとだ。
「きゃっ!」
きょろきょろと辺りを見回しながら歩いていたせいで前を行く人にぶつかり転びかけた私をさっと伸びた腕が支えた。
「大丈夫?」
薄い色の瞳がこちらを見つめている。
整った顔立ちの、だけど軟派な印象を受ける男性だ。
金茶に染めた髪には意外と浴衣がよく似合っていた。
「ご、ごめんなさい」
あまり見つめられるのは恥ずかしくて目をそらす。
「一人で来たの?」
「と、友達とはぐれてしまって…」
「じゃあ俺と一緒にお祭り楽しまない?」
これはもしかしてナンパというやつなのだろうか。
いや、イズミじゃあるまいしこんなかっこいい人が私になんて…きっとからかわれているだけだ。
それより早く叶斗と蒼を追いかけなければ。
急いでいると告げるとその人はやっと腕を放した。
「気をつけてね」
魅力的な笑顔に見送られて再び人の波をかき分けて進む。
しかしこの人混みの中どうやって叶斗と蒼を探したものか。
途方に暮れ足を止めかけた時、一陣の風が吹き抜けた。
その風の吹いてくる方、行き過ぎる人の波の中で立ち止まる二人の後ろ姿を発見する。
視線の先には立派な木があった。
その枝に人影があるのが遠目になんとか見ることができる。
木の上の人影が大きく手を振ると突風が巻き起こり、風と共に悲鳴とざわめきが渡った。
風にさらされた出店の屋根や人の服には切り裂かれた跡が残されている。
私や叶斗や蒼の服も例外ではなく、いくつか切り傷が出来ていた。
鋭い切り口に反して皮膚は傷付いていない。
「おい!蒼って奴聞いてるか?聞こえてるならここまで来やがれ!」
若い男と思われる声は挑発的だった。
木の枝をひょいひょいと渡っていく。
「もしかして蒼くんのことじゃあ…」
「そうみたいだねぇ」
「あの頭の悪そうなのは知り合いか?」
「……」
心当たりがあるのかないのか蒼は黙り込んだ。
「とりあえず追うぞ!これ以上被害を広げるわけにはいかないからな」
「は、はい!」
また走り出す。
今度はすぐに人の波から反れたせいで二人を見失わずにすんだ。
神社を取り囲む林を進んで程なく、騒ぎの元凶たる人物はひときわ高い木の枝に立ちこちらを見下ろしていた。
「ん?なんだ?人間のガキか?オレぁ蒼ってヤツを待ってんだ。とっとと消えろ」
私達をガキと呼びシッシッと手を振ったその人物も私や叶斗とかわらない年に見える。
一房だけ長く伸ばされた後ろ髪がしっぽのように風にゆれた。
着ているものは着物と洋服を合わせたような不思議な物だ。
「蒼はぼくだよ」
蒼が一歩進み出る。
木の上の人物は怪訝そうに眉をひそめた。




