20:夏祭りと天狗の長 (2)
まだ日が落ちてもいないのに神社の周りには出店が軒を連ねている。
駅からの道のりからすでに多くの人で賑わいをみせていた。
そんな人々をしり目に私達が向かったのは本殿の裏手、関係者以外は立ち入らないであろう場所だった。
「あ、叶斗様、蒼様」
いつの間にか蒼まで様付けで呼ぶようになっている渚がこちらに気付いて手を振った。
奥からあやめも顔を覗かせこちらに笑みを向ける。
二人ともお神楽のための綺麗な衣装に身を包んでいた。
渚の声で何人かの巫女姿の女の子達がこちらを見てざわつき出す。
叶斗王子の名は他校にまで轟いているらしかった。
「これこれ、まだ準備は済んでいないでしょうに。じきに日が落ちますよ」
白髪交じりの髪を上品にまとめた和服の女性が少女達をたしなめれば、みんないそいそと自分の仕事に戻っていった。
「バタバタしていてすみませんねぇ。今年は三百年を記念する年ですからいつもより大げさになってしまって人手不足で。例年通り何事もなく執り行えるといいのですけど」
女性はそう言って柔らかく微笑む。
「妖達のことはこちらに任せておいてください」
「ええ、お願いしますね。あら、そちらの可愛らしいお嬢さんは叶斗さんの恋人かしら?」
「ち、違います!!」
「ほほほ、どうぞ楽しんでいらしてね」
叶斗はすかさず全力で否定したのだが女性には通じたのかどうか、足早に去っていってしまった。
「相変わらずマイペースな人だね」
そう言って笑いをこらえる蒼を叶斗は思い切り睨みつけた。
神社の境内と周辺の出店を一回りしてみれば蒼の言った通り妖怪達が多く集まって来ていることに気付く。
学校にもいるような小さいのから、私には判断が難しかったが人間に化けているのもいるようだ。
思い思いにはしゃぎ回り、人の姿のもの達は出店にも立ち寄る。
妖怪も人間もお祭りを楽しみたい気持ちは同じらしい。
「かなちゃん、あれやろうよ」
蒼が指差す先には今時めずらしい古風な射的屋があった。
「去年もやらなかったか?」
「うん。で、かなちゃん一発も当たらなかったよねー」
「あれはたまたまだ!」
「じゃあリベンジってことで」
結局蒼に乗せられ叶斗は射的の屋台に向かった。
「おじさん三人分ね」
「わ、私はいいから!」
丁重にお断りして二人を見守ることにした。
古めかしい銃に玉が込められる。
蒼の放った五発の玉のうち三発がタバコの箱サイズの的を捉えた。
叶斗はといえばすでに四発を外し、最後の一発が的のギリギリを通過する。
「オヤジ、もう一度だ」
意地になった叶斗だがやはり玉は当たらず…そして二十発目の玉が的をかすめた。
「おしいねお兄ちゃん。倒れないと点にならないんだよ」
店のおじさんは的を元に戻す。
「そっちの嬢ちゃんは三つ倒したから、ホレ、これだ」
「…ありがとー」
女の子と思われている事に微妙な笑顔になってしまった蒼がゲットした景品は駄菓子の詰め合わせだった。
それをこっそりと出店の影から伸びた小さな手に渡してやると、人には見えない妖怪達は嬉しそうにはしゃいで姿を消した。
「くそ。どうして当たらないんだ。いや、だいたい射的なんて出来なくても生きていく上で困るわけでもなし…」
叶斗がブツブツとつぶやいている。
「水穂。かき氷食べよ!」
「え、は、はい!」
蒼は私の手を引いて歩き出した。
「あの、遊んでいていいんでしょうか?」
人の波から離れて神社の境内の片隅、石段に腰をおろした私の手にはりんご飴が握られていた。
すでにかき氷を食べ終わった後である。
「いいのいいの。ただ歩き回っててもつまらないでしょ?」
「僕たちが来ているとわかっていて悪さをする奴なんてそうはいないからな」
「はあ…」
射的がリベンジだったことを考えればきっと毎年お祭りをそれなりに満喫しているのだろう。
陰陽術が活躍する事態なんて起きないんだ。
そんな感じでのんびりと会話をしていると、急に風が強くなった気がした。
続いて聞こえた悲鳴に似た声に蒼と叶斗がはじかれたように立ち上がる。
出店の並ぶ方向、祭りを楽しんでいた人々がにわかに騒がしくなった。




